優希と夏音のバレンタイン
今日は朝から学校に来たくなかった。
「夏音先輩! これ、受け取ってください!」
「おー、サンキューな」
名前も知らない後輩から本日十五個目の『贈り物』を手渡される。うんざりした顔を隠すのは大変だ。
『贈り物』の中身はきっとチョコレート。それも手作りで不格好な、誰かの好意が詰まった面倒な代物。
ちなみに十五個目といっても、手渡された数で十五個なので朝学校についてから下駄箱に投函された分と、机の上にこんもりと盛られた山の分を加えれば軽く三倍位の量にはなる。
毎年恒例となったチョコレート騒動。
このはた迷惑なイベントの名前はバレンタイン。本来は何処かの司祭の命日だとかなんだとか聞いたことがあるが、一体何がどうなってチョコレートなんかを送り付ける日になったのか。私にとっては迷惑この上ない。
「どうしよっかなー……これ」
「おー、今年も嫌味なくらいすげー量だな。ねーちゃん宛のチョコレート」
「……なんだよ、龍騎」
後ろから茶化すように声をかけてくる、むかつくくらい私にソックリな双子の弟が、滅入る私の前に置かれたチョコの小山────部室の机に設けられた私の名札付き仮設段ボール箱を見て「うおっ」と軽くショックを受けていた。その拍子に持っていた紙袋が揺れたけど、あれは何だろう。嫌な予感しかしない。
私が所属する部活は野球部。男女共に部員が試合できる人数ギリギリな為コーチも監督も部室すら共同の少人数チーム。ただし、指導者がいいからか全国有数の強豪校。
特にイケメンが揃ってるわけでもなく、モテる要素なんて数少ない。
「ねーちゃんさー、本当になんなの? なんでねーちゃんが学年のイケメン達よりチョコ貰ってんの? 意味不明だわ」
「知らね。つかくれなんて頼んでねーし。はー、今日マジで休めば良かったわ」
「休んだとしても担任からゆ〇パックで直送されてただろうけどな。去年みたいに」
「……」
去年の悪夢が思い出される。
一週間前からコツコツ積み重ねた「私ちょっと風邪気味なんです」な演技と、大事をとって三日前から学校を休んでやったのに、バレンタイン翌日の休日には担任から私宛に大量のチョコレートとラブレターが段ボール箱まるまる一つ分直送された。あいつら私を虫歯にする気か。
「はあ……俺は一個も貰ってねーっつーのに。それどころかねーちゃんに渡して! なんて頼まれる始末だよ。顔は同じ筈なんだけど、何が違うのかね」
やれやれ、なんて言いながら持っていた紙袋を私に突き出す。ああ、やはりあれは私宛だったか。というかお前一個もなしか。私と同じ顔してるくせに。
「ねーちゃんさあ、なんで女なんかに生まれてきたんだよ。野球も上手いし、モテるし。マジでもったいねーって」
やることは終わったとでも言うように、弟は私に背を向けて練習着に着替えだした。それを見て練習開始時刻を思い出した私も便乗して着替え始める。ちなみにお互いの体なんぞ一卵性の双子ともなればもう気にすらならないな。顔だけでなく弟とは体付きもそっくりだから。
「……ほんと、なんでだろうな」
いつも思うことだけど、男子はずるい。
男子は男子ってだけで未来にたくさんの可能性が生まれる。
どんなに鍛えても、どんなに練習を積み重ねたって、最終的な筋肉量や身体の素質は男子の方が野球に秀でている。
女子がどんなに血反吐を吐く練習をしたとしても、男子が少し努力をすればすぐに追い抜かれる。
今は同じような私と弟の体でも、一、二年もすれば筋肉量にはっきりと差が付いてくるだろう。今は私が龍騎の倍くらいの筋トレをこなしているのと、龍騎が筋肉のつきにくい体をしている理由で五十歩百歩なだけだから。
「お前ら男はいいよなー、楽でさ」
「はあ? それはお互い様だろ? 女子だって十分楽だ。力仕事は俺ら男の仕事だし、なんだかんだ言ってコーチも監督も甘いしな」
それも嫌だった。
女子だからってことだけで手加減されるのとか、練習量が減らされるのとか。それは甘さじゃなくて、私達を軽んじているってことだと思うから。
「はー……。で、チョコどうしよ」
「そこに戻るのな……。持って帰るのも大変だろ、これ」
「それは別にいいんだよ……大変なのはその後、食うことだ」
「そりゃ羨ましい悩みなことで。永遠に爆発しろこのクソリア充」
「非リアの妬みほど愚かで醜いものはないな。一生童貞拗らしとけ愚弟魔法使い」
「そうだな、ほんとに魔法使いになった暁にはねーちゃんが世界中の悪意と不幸に襲われることを真っ先願ってや────「夏音!!!」……え?」
悪意漂う(というかほぼただの悪態)雑談をしながら着替えていた私達姉弟の前に、目立つ金髪を携えた、蒼い瞳を輝かせる少女が飛び込んできた。
「やっと見つけた! 本当に探したんだよ? なのに夏音ホームルーム終わってすぐにどっか行っちゃ……」
そしてすぐに私達を見て固まった。
「うわわ、龍騎君!?」黒いシャツを手に持ち上半身裸のままフリーズする我が弟を見て、ようやく声を発した金髪碧眼の少女は、我に返ったかのように慌ただしく部室兼更衣室を飛び出していった。
「……優希姉ぇが来るって知ってたな? ねーちゃん」
「まあな」
しれっとそう言ってやると、我が弟は目を向いて吠えてきた。勿論両方とも着替えているので、後ろを向いて。
「なんでそういう大切なことを言わねえんだよ! 俺、美少女に裸見られたんだけど!?」
キレるところはそこか、と心の中でツッコミを入れてみる。というかキモイぞ弟よ。
「はいはい。いいから優希が焦れったくなって再突撃してくる前に着替えて早く逝け。いや、もう逝ね」
「字が違うとかそういう次元以前のこと言いやがった!?」
ブツブツいいながら弟は手にしていたシャツと練習用のユニフォームに着替えると、そのまま道具を持って部室を出ていった。
私はその間に着替えを終え、貰ったチョコレート類を鞄から取り出してまだ余裕のある段ボール箱に突っ込み、ガムテープで封をした。帰りにでもコンビニに寄って自宅に送っておこう、ゆ〇パックで。
そんな現実逃避を終えたあたりで、先程部室を飛び出した少女────もとい、綾瀬優希が扉を少し開けて聞いてきた。
「……着替え、終わった?」
「ああ、入ってきていいぞ」そう言ってやると、がちゃりと控えめな音を出して優希が入ってきた。
「で、何?」
「何って……確信犯でしょう、夏音」
何時もは白い頬を紅潮させて、モジモジと後ろ手に『何か』を隠すところを見れば、この後何を言われて何を渡されるのかは明確だ。だからこの聞き方はもちろん確信犯。
「べつに? 用がないなら部活あるからもう行くけど」などと言ってやれば、ユニフォームの裾をきゅっと掴まれて、「……待って、夏音」なんて小さな声で呼び止められる。
やばい、柄にもなくドキドキしてきた。
「……なんだよ」クルッと振り向いて優希の方を見つめれば、優希はその蒼い目に薄らと涙を浮かべて、後ろに隠していた可愛らしい箱を私に突き出した。
「……夏音女の子にたくさんモテるし、チョコなんて『頼んでない』かもしれないけど……でも、わたしが渡したいだけだから。受け取らなくても、いいから」
「!」
────こいつ、聞いてたのか。
「……はあ」
「っ…………!?」
溜息をつき、突き出された可愛い小箱をスルーしてそれを持つ手の首を掴み、そのまま抱きしめる。急なことに驚きを隠せない優希の頭にフリーの左手を添え、軽く撫でてやると優希が「な、なにするの……」なんて弱々しく呟いた。
「……その通り、私はチョコレートくれなんて頼んでない。つーか好きでもないやつにチョコレートもらっても嬉しくねぇ。そんな甘いもん好きじゃねえしな」
毎年短期間でキロ単位消費していればそうもなる。虫歯にだってなるし、この時期は甘いものなんて見たくもない。
「……やっぱり「でも」────え?」
「お前のは、嬉しい。だから、貰っとく。さんきゅーな、優希」
ひょい、とピンク色のリボンでラッピングされた小箱を受け取り、同時に優希を離す。改めて顔を見てみれば、その雪のように白い顔は真っ赤に色付いていた。
「じゃ、そろそろ部活だからいくな」
「う、うん」
「今日は遅くなるから待ってなくていいから。というか最近暗くなるの早いから早く帰れよ、優希」
「わ、分かってるって」
「────優希」
「っ……」びくり、と優希の小柄な肩が跳ねた。
いいからさ、もうさ、離してくれよ、優希。部活があるだよ、私。
言外にそう言って困ったように優希を見下ろすと、優希は寂しそうで、不安そうな目で訴えてきた。
「…………」
「………………………………はぁぁぁぁぁ……」
盛大に溜息をつく。
こいつはずるい。
濡れた瞳とか、しょんぼりと下がった眉とか、どうしてこう、私の胸を高鳴らせるようなことをするかな、こいつは。
いやいや、高鳴る胸ってなんだよ胸って。なんで高鳴ってんだよ私の胸高鳴る程無いくせにいや関係ないかつーかあーもー可愛いな優希可愛いよ優希だからそんな目で見るな分かったからいや何がってもう全部可愛いからあぁぁぁぁぁっ!
私がこういう時どうすればいいのか瞬時にわかる紳士な優男だったら良かったのだが、生憎現実の私は女で捻くれたガキなもので。
「……チョコレート、一緒に食おうぜ、優希」
「……うん、夏音」
だからこんな遠回しな優しさしかあげられない。けどそれはそれでいいのかもしれない。
その証拠に、ゆっくりと優希が袖から手を離してくれた。代わりに手を恋人つなぎで掴まれたけど。汗かくから辞めてほしい、なんて言えるはずもなく。
私達の関係が変わる前の最後の冬────小箱に付けられたアイラブユーのシールの意味や、高鳴る胸の理由なんて知らない二人が過ごしたバレンタインデーは、少し苦い生チョコレートのようにゆっくりと溶けていくのだった。
「で、夏音。結局幾つ貰ったの?」
「……数えてない」
「大体でいいから言って」
「……そこの段ボール一箱分」
「……うっわ……」
「おい、その目やめろ」
「今日だけでこれって……大変よ、夏音」
「はあ? 何言ってんだよ」
「今年は去年と違って明日は金曜日、平日だから。今日渡せなかった子、きっといるだろうし」
「 」
「ホワイトデー、大変ね」
「人事みたいに言いやがって……」
先程までの態度とは一変、イタズラな笑顔でふふ、と笑った彼女に、私は今からホワイトデーに色々な意味でお返ししてやろう、と心に決めるのだった。
こんな未熟な小説に最後までお目を通していただいてありがとうございます。ゆーすけともうします。
今回のお話はゆーすけが長編小説を書くにあたり、途中で挫折してしまわないために『途中で投げてもまあ短編小説だしいっか☆』と大分投げやりな気持ちで書いたものです。その為物語に出てくる彼女達に細かい設定はありませんし、名前もクラスメイトから貰ったものを文字ったものですゲフンゲフン。
長編小説を書く為にまずは書きたい内容、その内容の為に必要なキャラクター、世界観、あらすじ、起承転結etcetc、多種多様な設定を作っていくわけですが、ゆーすけはその設定を作り上げるだけで満足してしまうのです。
企画書だけ出来ても意味がないのは重々承知しているのですが、それを消化する技量が無いので溜まっていくばかりなんですねー……ハハハドーシヨ。
と、いうわけで、ゆーすけの当分の目標は『在り来りでもしっかりしたお話を作る』ことに決め、それが短編小説であろうが長編小説であろうがしっかりと完結させられるように頑張りたいと思います。
長文失礼しました。またしばらくは無いと思いますが会う機会があればまたどうぞ宜しくお願いします。