さよなら紅き日よ
肌寒くなってきた中、街にかぼちゃのモニュメントや仮装した人物が増え、かすかにだが熱気が取り戻される。
雑食お雑煮文化の日本では年々ハロウィンの活気が増しているようで、街を歩けば頭の中身をくりぬかれたかと疑うような格好の人物と遭遇することも多くなってきた。
「トリックオアトリート!」
私の知り合いの羽間こころもそのひとりである。
揺れる乙女である。自分に揺れる。可能性に揺れる。進路に揺れる。青春に揺れる。短くまとめた髪が元気に跳ねる。そんな高校三年生にとって、こういったハメをはずせるイベントはとても貴重でいとおしいものらしく、インクジェットプリンターで印刷したかぼちゃお面をかぶってこちらに向かって手を差し出してくる。
この街中で、いくらか人のいない公園とはいえ本格的な仮装もいるのにそれは逆に恥ずかしくないのだろうか。
「女子高生にいたずらか悪くないね」
私、地獄に入るのを拒否された、した、ダメ男、歩く姿はリックのドム、永遠のフリーター弥生皐月も街の雰囲気に浮かされてそう答え、お面をつっつく。私は仮装しなくてもオークなので仮装いらずである。便利。女騎士は前に出て来い。
「うぇひ、変態」
こころがそういって距離をとりはじめる。私の剣先が届かない間合いを完全に読みきっているため、こちらは先に手が出せない合間。
じりじりとお互いの攻防を開始する。
「24時までにトリックすれば無罪か?」
私はここのに問いかける。JKリフレ。
「24時までにトリートされれば私の勝ちだよ」
ここのが私から密林ギフトカードハロウィン仕様を奪い取ればここのの勝ちである。カードは私の懐に納まっている。
そんなくだらない勝負をしているところに、ふと猟師のコスプレをした集団が通りかかる。
「ジャックランタン……」
「うぇひ?」
猟師たちはこころの仮面をみやるとこちらに声をかけてくる。
「お前はジャックランタンの眷属か?」
「いいえ、違います。ウェヒ」
こころは指をそろえて首をかしげる。
そういうと猟師のコスプレ集団は続けて問いを投げかけてくる。
私は集団の威圧感に圧されてただ立ちすくんでいる。
「死を望むわけではないのだな?」
「……今は割りと楽しいから結構です!」
「そうか、邪魔をしたな」
猟師の集団はそう言うなり去っていった。良く出来た人魂を背後に浮かべながら。ただ中空に。
……
「今のはワイルドハント……」
私はオカルト知識を動員しつつ、こころに何か変調はないかと駆け寄る。
「ワイルドハント?」
「昔のハロウィンだと地域によっては死者が家に帰ってきたり、オーディンの遊びに付き合わされたりしたんだ。ハロウィンのお化けの中でも特別にたちの悪い奴、悪霊の類のほう、それがワイルドハント、見たら死ぬ系の悪霊」
「うぇ、怖い」
こころはぞっとした様子で猟師の集団が消えた空を見ている。まだかすかに猟師たちが見ているような気がしてくる。
「とりあえず、私の持ってたお守りあげる。ないよりもましでしょ」
「ありがて」
私は無防備になるけど、とりあえず家にある趣味で買ったアメジストでも触ればいいだろう。どうせ私だしどうなってもいいし、と考えていた。
「でもなんで、私たちの前にあんなのが出るんだろ」
……すこしの沈黙が空間を支配する。
理由はわからなくて当然だよね。
そう私が返そうとしたときに、こころがこう返してくる。
「進路に悩んで、悩みすぎて、投げやりになってたからかな、うぇひ」
「……うーん、そういわれると私もダメ人間としてやけっぱちな人生送ってるしな」
お互いに考え込んでしまう。
そうしていると更なる来客が訪れる。
「トリックオアトリート!」
見てみるとランタンを抱え、マントを被ったかぼちゃの霊が居た。近くにいるだけなのにほのかに温かみを感じる。
「またなんか出た!」
こころがお面をはずして出てきたかぼちゃを見つめる。
「でもこれ……は良く出来た浮いてるジャックランタン?」
私とこころは声をそろえて出てきたものに問いかける。
「そう、おいらは憂いてるジャックランタン! 存在的に浮いてはない。物理的に浮いてる。本物のランタン」
「おーすげー、本物か、ってことはあれ? 悪い人? ずるっこで賢い人?」
私は元ネタの地獄に入れない魂、入らなかった魂のランタンであるとして問いかける。
「賢い人かな、てへ」
ジャックランタンは照れながらも言う。
「最近のハロウィンは楽しい側面ばかり強調されて、憂いも死も魂への畏敬も何もないからワイルドハントもおいらもそれを感じてる君たちに惹かれてきたってところかな」
ランタンが瞳を輝かせながらこちらを見据えてくる。それは魂の瞬きのようである。
「じゃ、じゃあ教えて! 私は今の苦しみをどうすればいいの!」
こころはそれに魅入られてたずねていく。今の自分をどうすればいいかを。
「君は賢いからわかっているはずだ、逃げてもいい。怯えるのは人間らしくていとおしい行動で他者は許してくれるからどんどん怯えていい。助けてもらっていい。それが許されるのが少女という時代だとおいら思う。だからどんどんやりたいことを、やるべきことをやっていって、いったさきでもつづけていくといい。その繰り返しでいい。君の周りにはたくさんの助けてくれる人がいるはずだほ」
ジャックランタンはこころに対して答える。
「私も、このどうしようもない自分をどうすればいい」
……
空白。
「がんばれ、わかってるだろ」
「おおい、そこのかぼちゃおばけぇ、なんとかいってくださいよぉ」
「わかった」
「おお!」
かぼちゃ様のお声に私は歓喜する!
「こころちゃん、弥生から密林ギフトカードぬいておいたからあげる」
「うぇほ!」
私が懐を確認すると、確かに密林ギフトカードはなくなっていた。シーズンの通り懐が寒い。
思いっきり叫んでやった。
「くたばれ、くそかぼちゃ、くそハロウィン!!」
「言われなくてもくたばってる」
ジャックランタンはそういって消えた。
時刻は0:23分だった。
「消えちゃったね、ジャックランタン」
こころが私に向けて寂しそうに呟いてくる。
「……お祭も1分過ぎればこんなものだからな、むなしいものさ」
私がそう答える。街の騒々しさも消えた気がするから不思議なものだ。
「人生もそんな感じなのかな」
過ぎた時間は戻ってこないし、輝きも消えていく気がする感覚を味わったことのある私は、そうかもしれない、という言葉を飲み込んで今を生きるこころにあえてこういう。
「私はそうは思わない、じゃないと、お前にくれてやったカードの意味がないだろ、全部が全部、歯車みたいに、ピタゴラスイッチみたいに連綿と繋がってうごいているはずなんだ、無意味なものなんてないはずなんだ、私だって意味があるはずなんだ」
「人生は変えれゆ?」
こころはさらに問いかけてくる。やめてほしい。私にそんなことをの意味を問うのは。
「かえれゆよ、どこからでも、考え方次第で、その人次第で」
わからない。わからないけど、私はそう思うことにしてるし、そう実践して見せないと、希望なんてないとしか伝えられないじゃないか……
「さぁ、高校生がうろついていい時間じゃないし、帰ろう、送るし」
私がそういうと、こころが狼だ狼だと騒ぎ立てる。
「……そんな度胸があれば、私だって変われてるさ……」
変わりたい、んだけどね……なぁ、ランタン。
わかってる。けど。それは。
ごらんいただきありがとりーと