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彼の昔話

 昔々、とってもかわいい聡明な、すくなくともそれっぽい王子様が居たんだ。


 彼は、歌うように語る。


 その王子様はね、とっても強い力を持っていたんだ。

 ほんとうに強い力でね。

 そう言う力っていうのはとっても扱いづらかったりするんだよね。

 王子様はね、とっても子供だったのに、とっても強い力を持って生まれちゃったんだ。

 その結果、何が起きたかわかるかい?


 彼は、笑顔でそう問いかけた。


 王様も、王妃様も、みーんな殺しちゃったんだ。


 なのに、内容はとても残酷。

 どうしてあんな内容を、笑顔で語れるのだろう。

 乃亜は背筋が凍る思いだった。

 死体の写真なんて怖くない。

 最も恐ろしいのは、生きているものだと、本能で知っている。


「僕はね、8歳で、一族の大半を殺し、傷つけ、国を滅ぼしたんだ」


 そんなことを語る奏の顔は、やはり笑っていた。


「お前、『玉兎ぎょくと』の王子だったのか」


 至って冷静な声で、類がそう問いかける。


「さすが類。国が滅んだ原因は秘密にされていたはずなんだけど、人の口に戸はたてられないからねえ」


「『玉兎』の狂王子……」


 稜が呟くのが聞こえる。

 乃亜は詳しく知らないが、この国の皇族や貴族の間では噂になっていた。


 玉兎。

 人口数百万人ほどの小さな国――だった。

 今は帝国に併合されているその国は、6年ほど前に虐殺事件があった。

 表向きは帝国への併合に反対する者たちによる犯行であるとされたが、実際は幼い王子による凶行だと、まことしやかに囁かれていた。

 それが、玉兎の狂王子。


「よくそんなのを、先帝陛下は拾ってきたね」


 長く伸びた焦げ茶色の髪。薄い紫色の瞳をした和央彼方わお かなたが、呆れ顔で言う。

 彼はこの国の皇位継承権第2位の王子であり、宮廷魔術師である和央優未の息子だ。

 彼方も魔術師であるため、騎士である乃亜たちと共に過ごすことはあまりなかった。

 今、奏の部屋には乃亜と彼方、それに類と稜がいた。


 話がある。


 奏に呼ばれてきて、語られたのは彼の昔話だった。


「で、なんで俺たちにそんな話をした」


 相変わらず部屋の入り口横に背をもたれて座っている類が、目を細めて言う。

 奏は笑みを浮かべたまま、ノートパソコンのモニターを見せる。

 そこに映されていたのは、古神教の教祖の、ぼんやりとした写真だった。


「こいつ……っていうのも変だけど、知っているんだ」

「……え?」


 同じ言葉が、四人の口から洩れる。


「この人、僕の腹違いの兄なんだ。

 妾腹の子ってやつ? 王位継承権はなかったんだけど、宮殿で暮らしてた。

 僕、この人のお母さん、殺してるんだよね」


 相変わらずの明るい声。

 この人、病んでる。

 こんなの帝や静馬には見せられない。


「僕のこと、相当恨んでるんだよね。

 殺してやるって言われた気がする。

 だから僕言ったんだ。

 『君に、僕が殺せるって? 笑わせてくれるね』って」


「それ、8歳で言ったのか」


 そう言った類の目はなんだか楽しそうだった。

 あ、ここにも病んでいる人がいる。


「類。僕は普通の子じゃなかったからねえ。

 まあ、そもそも一族殺したのも、叔父にそそのかされたんだよね。

 妾腹の子である雪華を、王に据えようと、僕を殺したがっているって吹き込まれてさ。

 だから雪華、殺しとけばよかった」


 そういった奏の声は、心底残念そうだった。


「……やっぱ、お前って狂ってるんだね」


 クッションを抱きしめて彼方が言う。

 そう言う割には、皇族の皇子様たちはいたって冷静だった。

 目の前にいるのはマッドサイエンティストで、大量殺人鬼。

 なんでこんなに冷静なのか考えて、乃亜はすぐに悟る。

 彼らは別に奏が怖くないのだ。


 奏は強い。

 乃亜はSWORDの直感としてそれがわかる。

 たぶん乃亜よりもずっと。

 けれど類や稜。それに彼方と比べたらどうかと言われたら、たぶん大差がないんじゃないかと思う。

 ――やだ、こいつら。

 乃亜は、近くにいる稜の顔を見やる。

 彼の表情は変わらない。こんな話を聞いても涼しい顔をしていられるとは。

 稜は、この中では比較的まともな方だと思っていたが、やはり普通じゃないらしい。


「何、企んでるの?」


 稜が静かに言った。


「あぁ、稜にはわかっているんだね。

 そう、彼は僕を恨んでるんだよ。どういうことかわかるかい?」


 心底奏は楽しそうだ。

 彼が何を考えているのか、乃亜にもわかる。


「餌に、なるってこと?」


 そう乃亜が言うと、奏は頷く。


「絶好の餌だよねえ。僕は。だって、彼は僕を恨んでる。心の底からね」


「でも、どうやるんだ? お前、その顔をどこかにさらすのか?」


 類の問いににやりとそうは笑う。


「ちょっと彼らの前に現れてあげればいいだけじゃない。

 彼らの関連施設はいくらでもあるだろう?

 ああ、でも教祖がいつどこに現れるかはわからないのか。僕はとうに死んだことになっているしねえ」


 顎に手を当てて、奏は目を細める。

 乃亜の目には、悪だくみをしている顔にしか見えない。

 とんでもないところに来てしまったものだと思う。

 乃亜が育った村は田舎で、まあ、電気は通っているし、上下水道も完備されているけれど。


 のどかで、こんな変な人はいなかった。

 妖魔たちが出入りするけれど、彼らよりも奏や類のほうがよほど怖いと思う。

 だって、彼らは乃亜と大して年齢が変わらない。

 なのに。

 どこか彼らは壊れている。


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