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古神教

 古神教。

 およそ50年前に生まれた宗教団体だ。

 瞬く間に信者を増やし、今では一大勢力となっている。

 社会福祉に力を入れており、孤児院の運営のほか病院の運営もやっている。

 郊外に土地を持ち、農業や酪農を行い収穫物で食料を賄っているらしい。他に、商人や貴族の支援も相当にあるという。


 だがその裏でいつまでも消えない噂がある。

 帝国に対するテロ行為。

 それに近隣諸国で時折おこる騒動の裏には、彼らがいるという。

 表向きは土地に古くからいる神々を信仰し、自然とともにというのを第一義としている。


 彼らは魔物達を古き神々と信じ、魔物との対話を訴えているという。

 故に、魔物と戦い勢力を拡大しつづける帝国を敵対視している。

 どんなに黒い噂が流れても、彼らは信者を、支持者を増やしつづけている。

 だから帝国は、古神教に対して手を出せずにいた。




 休日開かれる市は毎週地区を変える。

 今日は宮殿から歩いて20分程離れた地区で開かれていた。

 一般的な住宅街の一画にある大きな公園が、その会場となっていた。

 休日の昼下がり。天気もいいので、公園内は多くの人で賑わっていた。

 遊具で遊ぶ子供たちの喚声や、売り子たちの声が公園内に響いている。


 ファーのついた黒いコート。黒のパンツに厚底のブーツ。首にはゴツい十字のネックレスにサングラスをした奏は悪目立ちしていた。

 同じ年頃から20歳前後の女性たちが、彼を見てはキャッキャと騒いでいる。

 彼の横にはげんなりした顔の静馬と、深々と帽子を被った乃亜が立っていた。

 二人ともジーパンにコートといういでたちだ。


「いやあ、僕は何を着てもかっこいい」


 そんなことを恥ずかしげもなく言ってしまう奏の神経は、どうなっているのかと思う。

 奏は少女たちの視線などどこ吹く風で、人の波をかきわけて早足で歩いていく。

 売り子たちの呼び声と時折ふく、冬の乾いた風が耳を掠めていく。


「暖かい鍋はいかがですかー?」


「あげもちに唐揚げはいかが?」


 食べ物のにおいが、鼻と胃を刺激する。

 お昼は食べてきたが、どうにも食欲をそそる匂いに心惹かれる。

 奏は途中で足を止め、


「お姉さん、唐揚げください」


 とにこやかな笑顔を見せる。

 中年と思われる女性は、お姉さんと言われたことに気をよくしたのか唐揚げを大盛りにしてくれた。


「顔がいいって、武器よね……」


 そう呟いて、乃亜は唐揚げを串にさし、口の中に放り込んだ。


「神は二物を与えないって嘘だって思う」


 静馬も奏から唐揚げをもらいながら言った。


「顔がいいのは正義。なーんてね」


 ふざけた口調でそう言って、奏は足取り軽く公園を進んでいく。

 公園の中央広場の一角に、目的のものを見つけた。

 白いテントの下に、10代そこそこから後半くらいと思われる少年少女たちが通り掛かる人たちに声をかけていた。テントには「ののさまの家」と書かれている。


「いらっしゃいませー!」

「焼き菓子はいかがですかー?」


 熟年の女性たちや、若い女の子たちが足を止め、手芸品やお菓子を手にしているのが見える。

 募金箱が置かれており、時折小銭を入れていく人がいた。

 責任者と思われる大人の姿も見えるが、中心になっているのは10代後半と思われる少年少女のようだった。


「いたって普通のひとたちよねえ」


 乃亜の呟きに静馬は頷く。


「正直、妖魔の可能性もすてきれないんだよねえ」


 腕を組み、静馬達を振り返りながら奏が言う。

 凪島の北部、残月ざんげつという小さな国がある。

 国、というには小さすぎるかもしれない。

 残月はひとつの城郭だ。

 吸血妖魔達の国である。


 名前の通り、人の血を糧として生きる、元、人類の敵。

 初代彩夜帝が、どうやったのかわからないが協定を結び、帝国領内となっている。

 妖魔は普段人の姿をしているが、獣に姿を変えられるという。


「それはないと思いますよ~?」


 静馬が言い、乃亜も頷く。


「私たち、残月のすぐ近くにある街に暮らしてて、妖魔達と交流ありましたけど。

 やらないとおもいますよ? 人類と敵対したところでデメリットしかないですし」


「確か、妖魔達って契約で縛られているんだっけ?」


「詳しくは知らないけど、そんな話ですね。初代の帝様がどんな契約したのか知りませんけど」


「っていうことは、君達妖魔達と接触あったのかい?」


 奏が、はしゃいだ声で言う。

 見えないが、きっと目は輝いてるだろう。


「普通に買い物来ますし、友達になることも……」


 それを聞いて、奏は乃亜にぐいっと顔を近づけた。

 驚いて乃亜は目を見開く。


「妖魔の友達とかいたのかい?」


 言われて、乃亜は何度か頷いて、


「え、あ、うん。ユリアーネとか、一至かずしはよくきてたし、私たちとも仲良かったけど……」


「ほんとに? ほんとに?」


 はしゃいだ声で、奏は繰り返した。

 まずいことを言った。そう乃亜は思ったが、時すでに遅かった。

 その後に来たのは質問攻めだった。

 妖魔たちは何を買うのかとか、あの妖魔たちは吸血妖魔だときくけど、食事はどうしているのかだとか。


「そ、そ、奏さん。それは帰ってから話すから、ね」


 乃亜から奏を引きはがしながら、静馬が言う。

 奏はさっと静馬のほうを向き、約束だよ! と弾んだ声で言った。


「うーん。行きたいなぁ。残月。君たちの家族もその町にまだ住んでいるのかい?」


「えぇ。まあ……」


 そう言って、乃亜はちらっと静馬を見る。


「俺、両親いないっすよ。だから俺、ずっと乃亜ん家で育ったんです」


 乃亜の視線の意味を悟りつつ、平静に静馬は応えた。

 両親の記憶などほぼない。

 それくらい幼いころに両親は死んだ。


「へえ。君も孤児なんだ」


 さらりという奏に、乃亜がちょっと! と声を上げる。

 彼は涼しい顔をして乃亜を見た。


「僕も両親はいないよ。だから『君も』って言ったじゃない」


「あ……」


 乃亜はそう言って、言葉を飲み込む。

 奏は口元に笑みを浮かべ、


「まあ、僕の場合ちょっと事情が違うけれどね」


 と呟いた。


「まあ、その話題はまた後にして、あの人たちだよねえ。問題は」


「奏さんは、あの子たちを疑ってるんですか?」


 静馬の言葉に、奏は笑顔で頷いた。


「孤児なんてちょうどいいからねえ。

 いなくなっても騒ぐ親族はいない。

 それに子供なら、受け入れるんじゃないかなって思って」


 言葉の意味が分からず、乃亜と静馬は顔を見合わせる。

 奏はにやにや笑ってふたりに問いかけた。


憑代よりしろってわかるかい?」


「え?」


「何かしらの方法で、魔物を人間に憑けることができたらどうなると思う?」


「ちょっと待って。だって、魔物でしょ?

 この世ならざるものとはいえ、あいつら実体あるでしょ?

 どうやってそんなこと……」


「僕たちの前に現れるときは確かにそうだねえ。でも、あいつら死ぬとどうなる? 消えるでしょ?」


「あ……」


「死ぬと消える。ってことはここで実体を保つためには何かしらのエネルギーが必要なんじゃないかなあ。ってことは、実体がないやつらもいるんじゃないかと思うんでよねえ。

 そういうのを人間に憑けることができたら、どうなるかなって思って」


 いつもと同じ、いたずらっ子のような笑顔で言う奏が、なんだか恐ろしく感じた。

 人間に魔物を憑ける……そんな発想をし、しかもそれを笑顔で語る。

 普通の感覚しか持たない静馬たちでは思いもつかない方法だが、可能性はあるように思える。


 魔物は実体がない。という説は確かに存在する。

 奏の言うとおり、魔物は死ぬと跡形もなく消えてしまうものが多いという。

 だから魔物について研究するには生け捕りにするしかない。

 その研究施設が、魔物との領域の境にあるという噂がある。

 詳しくは知らないが、その研究結果に基づいて兵器の開発が進められているという。


 魔物の目的は謎に包まれている。

 人をみればただ殺す。

 そんな存在でしかない。

 それを人間に憑けたら、その人間はどうなるのだろうか。

 魔物の力が得られるというのか。

 現実問題、そううまくいくだろうか。


「ねえ、奏。あなたって何者なの?」


 乃亜の声が、心なしか震えているように聞こえる。

 奏はいつもと変わらない笑みのまま、


「僕は僕だよ」

 とだけ答えた。

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