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面白くなりそうだ

 青陽殿の離れに作られた奏専用の研究所は、二階建てになっている。

 一階は機械や実験器具が置かれた研究室や書斎で、二階がプライベートな部屋……寝室やリビングルームなどがある。


 硫黄の匂いをまとわりつかせた奏は、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、大きなクッションに体を沈めて座っていた。

 彼の傍らには、無造作にノートパソコンが置かれている。

 壁には床から天井まである本棚がずらっと並んでいる。

 本が散らかってるかと思いきや、意外と片付いている。


 部屋の中央にはカーペットに、座布団や大きなクッションが置かれ、帝たちは思い思いに座っていた。

 あからさま不機嫌な顔をした類だけは、入口横の本棚に背をもたれ座っている。


「僕はあんまり事件について知らないんだけど、何か面白い情報でもあるのかい?」

「人の足跡のほかに、もう一種類足跡があったらしい」


 帝の言葉に、奏の眉が動く。


「へえ。その言い方だと、人の物じゃないみたいだね」

 言いながら、奏はノートパソコンを開いた。

 ノートパソコンのキーボードとマウスをカチカチと叩く音が聞こえる。


「人間とは違う何かって話だけど、何の足跡かは教えてもらえなくて。写真も見せてもらってないんだ」

 稜が言うと、奏が顔を上げた。

 目が光っているように見えたのは気のせいか。

 何かをたくらんでいるのは間違いないが、いったい何なのか見当もつかなかった。


「たしかに二種類の足跡っていうのは気になるねえ。よし、できた」

 言って、得意げな顔をしながらノートパソコンの画面を帝たちに向けた。

 そこに映し出されていたのは、『皇族テロ事件』と言う文字だった。

 事件の捜査資料らしい。


「これってもしかして」

 八剣が目をしばたかせて、隣に座る稜に顔を向ける。稜は笑って、


「ハッキングだね」

 と答える。

 皇族に対するテロ事件は機密扱いで、開示されている情報は非常に限られている。

 詳しい情報は捜査官以外見られないはずである。


「一度やってみたかったんだよねー。さすがに理由なくやったら怒られちゃうし」


 満面の笑みを浮かべる奏をよそに、帝はノートパソコンに手を伸ばし、勝手に操作しはじめた。

 稜の母親が殺される前に、犠牲になった皇族は二人。

 以前の2人は爆破テロで、数年前の事件だ。

 今回の事件に類似した通り魔事件が、何件か起きているらしい。


「あ、帝ちょっと待って。事件の内容からして結構えぐい写真が」

 そんな奏の言葉を遮るように、玄関から乱暴にドアが開く音が聞こえる。

 この書斎は、玄関を入ってすぐそばにある。

 廊下を歩く音がしたかとおもうと、勢いよくドアが開かれた。


「げ……」

 ドア横にいた類が、慌てた様子で身を引く。

 現れたのは類の母親である姿月流伽しづき るかだった。

 普段はパンツスーツ姿だが、今はジーパンにパーカーといったラフな格好をしている。

 彼女は無言で奏に近づくと、思い切り拳で彼を殴りつけた。


「……!」

 よほど痛いのか、奏は両手で頭を抱えている。

 なにが起きたのか呆然とする帝らをよそに、流伽は静かに告げた。


「この馬鹿が。ハッキングとか何考えている」


「あはは。思ったより早かったですね、長官殿」


 いつもの笑みを浮かべて、奏は流伽を見上げる。

 流伽は警察機構のトップ、警察長官だ。その前は、近衛騎士団長だった。

 そんな彼女が放つ威圧感は、その場にいるものを黙らせる効果があるが、奏だけはへらへらとしている。


「ふざけてんのか、この馬鹿」

 言いながら、流伽はもう一度、拳を振り下ろす。

 ゴツン、といういい音が響く。

 奏は頭をさすりながら、痛いなあ、と繰り返す。


「この馬鹿。ハッキングが犯罪であることくらい知っているだろうが」

「一度やってみたかったんですよお。だって、理由もなくやったら怒られるかなあと」


「理由があろうとなかろうと、犯罪は犯罪だ」

「もしかして僕を捕まえる気とかあったりとかします?」


「お前を閉じ込めておける場所などあるものか。そんなものを作る方が税金の無駄だ」 


 言い合う二人をよそに、帝はパソコンの操作を続けた。

 皇族の話よりも、類似しているという通り魔事件のほうが気になった。そんな報告受けていない。

 襲われたのは3人。

 性別も年齢もバラバラで、3人とも何か鋭い刃物で斬られたような跡があったらしい。傷口も似ているが、1人目はただ腹を一撃だったのに、2人目は腕まで切り取られ、3人目は首を斬られていたらしい。

 被害者の画像がモザイクなしに表示されると、背後で八剣の呻く声が聞こえる。


「綺麗な切り口ねえ」

 乃亜が感心したように言う。

 いったいどんな刃物で切れば、こんなにきれいに切れるのだろうか。


「鋭い刃物としか書かれてないから、凶器は確定してないんだろうね。刀傷とは違うようだし」

 稜が言う。


「なんで君たち平気なの」


 蒼い顔をした八剣に、静馬がきょとんとした顔をする。


「べつに、なんても思わねーよ? ひどい事件だな、とかは思うけど、写真だしな」


「……僕普通の人類でいいや……」


 呻いて、八剣は部屋の隅へと逃げた。

 代わりに類が近づいてくる。


「なあ、2人目のところ。目撃者がいるって書かれてなかったか?」


 類に言われ、帝は画面をスクロールする。

 事件の概要が書かれている部分に目撃者がいる旨が書かれていた。

 そして、目撃者は犯人は獣のようだったと語ったという。


「獣って……」

「っていうかなんで素知らぬ顔してそれを見てるんだお前たち」


 言いながら、流伽がノートパソコンをさっと取り上げる。

 彼女は全員の顔をみわたし、険しい顔で言った。


「子供が口出す問題じゃない」

 子供。

 そう言われるとやりたくなるのがこの年頃だが、反論は許さない、といった威圧感が流伽にはあった。


「そう言うこと言われると、がぜん関わりたくなっちゃうのが子供心ってやつ?」

 人の神経を逆なでするような声を出す奏を無視し、流伽は続けた。


「何もするなとは言わない。正直、この件について、我らはそう簡単に手を出せない事情がある」

 意外な言葉に、帝は目を見開く。


「どういうこと」

 流伽はパソコンを抱え、奏に背を向けてその場に座り込んだ。


「うわ、ちょっと、僕を無視する気満々?」

 そんな抗議の声を無視して、流伽は険しい顔のまま言った。


「古神教。我々を狙ったテロの犯人はあいつらだという噂は知っているだろう。

 こいつらには他にも噂がある」

「噂って?」

「こいつらは魔物と取引をし、その力を得ているっていうな。確証はないし、得ている、というのがどんな意味かも分からん」

 言いながら、彼女は首を振った。


「ってことは、犯人は魔物だと思ってるってことですか?」

 乃亜の問いに、流伽は否定も肯定もしなかった。

 ただ重い沈黙だけが流れる。

 それを破ったのはいつもと同じ、人の神経を逆なでするような声だった。


「ねーねー、長官。古神教の教祖って何者なの?」


「お前、知らないのか?」


「興味なかったから。調べようと思ったこともない」


 あっけらかん、と奏が答える。

 流伽はパソコンを開くと、カタカタと操作し始めた。

 そして、画面を皆の方に向ける。

 古神教の教祖は三代目であると言われている。

 いつもフードと仮面をかぶり、その顔は不明であるとされている。

 若い男であると言われているが、経歴などは不明だ。教団に育てられた孤児の一人ではないか、というのが有力だ。

 画面に映し出されていたのは古神教の衣装を着た、男の姿だった。

 淡い青のローブに、白抜きで十字架が描かれている。

 不鮮明な写真でわかり辛いが、二十歳前後だろう。長めの焦げ茶色の髪を、無造作に後ろで縛っているようだ。


「これが教祖だ。扇雪華おうぎ せつか

「なんだって?」


 皆を押しのけて、奏が画面に顔を近づける。

 そして、にやりと笑った。


「面白くなりそうだ」


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