古い記憶
屋根まで飛んでは消えていくシャボン玉。
日の光を反射して、きらきらと輝いている。
それを追いかける幼い子たち。
おかしな機械から次々と生まれるシャボン玉。その機械のそばにいる飄々とした少年から、黒い髪に蒼い瞳をした少年――美弦は目を離せないでいた。
美弦は今年で16になる。
今は帝国に併合された玉兎の出身だ。
国であった虐殺事件で両親を失い、この施設に拾われた。その時美弦は10歳だった。
白衣を着た、少し美弦よりも年下と思われるあの少年。なのに身長は美弦と大差なさそうだ。175くらいだろう。
焦げ茶色の髪。サングラスをかけて目の色は見えない。けれどちらりと見えた瞳の色は、薄い紫色をしていた。
見間違えもしない。
あれは、彼だ。
なんで彼が、ここにいる?
そう思うと体の奥でふつふつと煮えたぎるものがあった。
美弦は今でも憶えていた。
血にまみれた彼が、美弦を見てにっこりと笑ったのを。
あの日、宮殿で何人が死んだんだろう。
美弦は詳しく知らない。
けれどそれが原因で、国は帝国に併合された。
玉兎という名前はかろうじて残ってはいるけれど、あの日、国は滅んだと美弦は思っている。
そして、あいつはあの国を滅ぼした張本人だ。
大量殺人鬼が、なんでこんなところで。しかも皇族と共にいるのか美弦には謎で仕方なかった。
彼は処刑されたと聞いていた。
8歳の子供を処刑するのかと疑問を抱いたけれど、でもそうあってほしいという願望もあり、美弦はそれを信じていた。
なのに。なのに今、彼がいる。
生きて、笑っている。
それが美弦には許せなかった。
「美弦」
この孤児院で、年長者の一人である阿由葉が声をかけてくる。
彼女はつい先ほどまで、あの男と話をしていた。
「彼の名前、なんていうの」
そう聞くと、彼女は険しい顔をして答えた。
「紅月奏ですって」
「紅い月……なに、その皮肉な名前」
美弦がそう言うと、阿由葉は、そうね、と苦笑する。
玉兎は月に住む兎の神話から名づけられている。その国で虐殺事件を起こし、血まみれになった狂王子が紅い月と名乗るとは、何の冗談だろうか。
そして、阿由葉も美弦と同じく玉兎の出身であり、虐殺事件で家族を失った。
「あの方は知ってるのかな」
美弦がそう呟くと、阿由葉は肩をすくめた。
「さあ」
そこで会話が終わる。
小さな子供たちが駆け寄ってきて、ふたりの手を引っ張る。
「あそぼーよ、みつる兄ちゃん!」
「あゆお姉ちゃんもあっち行こう!」
「わかったから、そんなにひっぱんないでよ」
美弦は彼らに笑いかけ、広場へと出ていった。




