慰問先で
「ほーら、いくよー!」
白衣にサングラスをかけた奏が、シャボン玉機のスイッチを入れた。
大量のシャボン玉が噴出されると、子供たちが歓声を上げそれを追いかけていく。
冬の晴れた空に、きらきらとシャボン玉が舞っては消えていく。
子供たちはシャボン玉を追いかけて、庭を駆け回っている。
皇族の公務には、孤児院や学校、介護施設などの慰問がある。
子供である帝らも、何度か行ったことがある。
こういった公務は数か月前には決められていて、月に二度はどこかに慰問するのが常だった。
慰問先に公営、私設は関係ない。
その中に古神教系の施設も含まれている。
古神教系の孤児院「ののさまの家」の慰問に訪れたのは、八剣とその母である胡蝶愛美だった。
それに奏と乃亜、静馬もついてきた。
朝海舞が亡くなってからも、それは続けられていたが子供たちの活動は自粛していた。
あれから2か月が過ぎた。
少し離れた場所で、静馬が1,2歳と思われる子供たちを高い高い……というか放り投げて遊んでいて、それをはらはらと見つめる大人たちがいる。
奏がついて行きたい、と言い出したのは少し意外だった。
一歩も宮殿の外から出たがらないのに、珍しい事だ。
その理由を、静馬と八剣は知らない。
科学者を自称するだけはあり、彼は様々な機械や工作品を持ってきていた。
八剣が何をするのか尋ねたら、奏はにやりと笑った。
「子供たちが喜ぶことだよ」
たしかにシャボン玉機への子供たちの食いつきはすごい。
奏は他にも紙筒と輪ゴムで作ったロケットや、コマと言った簡単に遊べるものまで持ってきていて、あっという間に子供たちに囲まれている。
なにも特別なことができない八剣は、絵本を読んだりと自分なりにできることをしていた。
暗殺事件から二か月と言うこともあり、警備をどうするかは揉めたらしい。
八剣は詳しい話を知らないけれど、乃亜や静馬が一緒に来たのは護衛という側面が強いのだろう。
見るからに護衛を強化しています、という印象は与えないし、何と言っても彼らは子供なので八剣のそばにいても誰も不思議に思わない。
「あの方は?」
たぶん施設でも年長者であろう、10代後半と思われる少女が八剣にそう聞いてきた。
焦げ茶色の長い髪を後ろで一つ縛りにした、黒い瞳の少女だ。
「えーと……君は」
「あぁ、すみません。
私は、阿由葉と言います」
「僕は八剣です。
あれは、ただの変な人です」
そう言うと、阿由葉は怪訝な顔をする。
彼女は一重の瞳を細くし、首をかしげた。
「変な……人?」
「はい、変な人と言う以外表現のしようがないです」
「あの……お名前はなんていう方なんですか」
そう言われて、少女が何を聞きたいのか初めて気が付いた。
八剣は、はっとして、
「すみません。あれは、奏さんです」
「奏?」
「はい。紅月奏さん」
「この国の方ですか」
「さあ。僕は詳しくないけど。何か、気になります?」
すると、少女は笑って首を横に振った。
「いいえ。知り合いに似ているような気がしただけです」
そこへ小さな子供たちがやってくる。
「お兄ちゃんもこっちおいでよ!」
「ほら、あゆ姉もー!」
子供たちに引っ張られ、八剣と阿由葉は奏へと近づいた。
シャボン玉マシーンから次から次へとうまれるシャボン玉。
奏はその傍で子供たちにヨーヨーやコマを見せて、一緒になって遊んでいた。
「白衣のお兄ちゃんすっごいね」
子供の一人がそう言うと、奏はにっこりと笑う。
「そうなんだよ、僕はすごいんだよ」
奏は謙遜もせずそんなことを言った。
さすが奏だなって八剣は思う。
彼は思ったことをそのまま口にする。
彼なら子供のお世辞もすべて真に受けるだろう。
「夜までいられたら、花火やるんだけどねー。さすがに怒られてさ」
「えー? 花火見たかったー」
「私もー」
幼い子たちは不満な声を上げる。
花火とか聞くと、ろくなことが思い浮かばない。
奏は調合間違えたとか言って、庭に大きな焦げ跡をたくさん作り、庭師やメイドたちによく怒られているのだから。
「でもさ、夜って外出ちゃいけないじゃない」
「あぁ、そっかー。
花火できないや」
「なんで夜出ちゃいけないの?」
そう八剣が言うと、子供たちは顔を見合わせる。
「危ないからって」
「誘拐されるからって」
「変な声聞こえるよな」
7,8歳くらいと思われる男の子が言うと、他の子たちも頷く。
「そういえば、犬みたいな声聞くよね」
「犬?」
奏が興味を持ったらしい。
ずいっと、身を乗り出して、どういうやつ? と言った。
「そうそう。まん丸の月の夜だけ、犬の声がすごいの! きっとこーんなおっきな犬だよ」
小さな女の子が両手を上げて、その大きさを表している。
「きっともふもふだよ!」
また別の子が言う。
「もふもふ……」
そう言って、阿由葉が苦笑する。
「貴方たち、変なこといって殿下たちを困らせないの」
すると、子供たちははーい、と返事をした。




