森の中
これを書いたのはえーと……ずいぶんと前の話。
夕暮れの中、乾いた風が吹く。
枝が揺れ、葉が舞い散る。
秋も半ば。日々寒さがましている。
そんな森の中を、少女が走っていた。
肩まで伸びた黒い髪をなびかせて、手には抜き身の刀を握っている。
白いジャケットに、黒い膝丈のスカート。オーバーニーのソックスに革靴という、どこかの学生のような感じの服装には、刀は不似合いだった。
少女はあるものを追いかけていた。
異界からの侵入者。異形の者。人類の天敵と称されるもの―魔物。
人を喰うわけではなく、ただ殺すもの。
人類への制裁か。はたまた一部のカルト教団が唱えるように自らの世界を取り戻そうとしているのか。
彼らとの意思の疎通は今のところ困難なため、目的は依然としてしれない。
少女が追いかけている魔物は小物ではあるが、生かして帰すわけには行かなかった。何と言っても、自分を見られてしまった。
ここは魔物の支配する地域と人類の住む地域の境界。
そこには広大な荒野と森が隣接している。
森は人類側。荒野は魔物側。
昔はこの森も魔物の領域だった。だが人類は徐々に勢力を拡大し、森から魔物を追いやった。
そして現在、荒野が戦いの舞台となっていた。
4年前の大戦以降、小競り合いの繰り返しで大きな戦いは起こっていない。
それだけ大戦の痛手は大きかったのだ。魔物側にとっても、人類側にとっても。
人類側最大の勢力である十六夜帝国は皇帝を失い、戦力の3分の2を失った。
戦力の回復は急務であるが、まだ半分にも回復していない。
魔物側はどうか? それは少女にはわからない。だがたぶん、人類側と大差はないだろう。
少女と魔物の距離はちじまり、木々の間に徐々に姿が見え始める。
褐色の肌。大きさとしては大柄な子供くらいか。
最も一般的な魔物―ホブゴブリン。
きっと偵察に現れたのだろう。この季節に…秋も深まる時期に…魔物が現れるのは珍しかった。
冬場に魔物が現れるということはほとんどない。
爬虫類と同じで変温動物なのかなんなのか。それとも別の何かの影響か。
少女が見つけたとき、この魔物は鬼―オーガ―と一緒にいた。
少女がオーガの相手をしている間にホブゴブリンは逃げてしまった。
オーガは多少てこずりはしたものの狩ることができた。
あとあれを狩るだけだ。とにかく森を出る前に狩らなければ。
少女は一気に加速した。
木々の枝をとび、魔物の前に立つ。
ホブゴブリンが止まる。
そして、迷いもなく襲い掛かってきた。
鋭い爪を余裕で交わすと、持っていた刀で一撃を加える。確かな手ごたえ。
腕を落とされてもなお、闘争心を失わないホブゴブリンはさらに一撃を加えようとする。
ホブゴブリンなどに傷を負わされるはずはない。
少女は刀を振るった。
「ギャッ!!」
短い悲鳴と共に、魔物は地面に伏した。
少女は刀を鞘にしまい、森の奥を見つめた。
この森を抜けると魔物たちの世界。
少女はまだ戦場に出ることは許されていなかった。15歳の成人まであと3年。それまでこのような行為すら本来は禁止されている。
しかし少女にはじっとしていることができなかった。偵察と、科学者である紅月奏(くづき そう)の実験台を買って出て、ここまで来た。
少女の名は十六夜月夜。第8代十六夜帝国皇帝 彩夜帝である。
帝である自分が、宮廷に閉じこもっていられようか? 答えは否。
帝は帝国を守る剣。戦場において前線に立って戦うことを運命付けられていた。
少女はその場を離れ走り出した。
早く帰らなければ。パーティーに主役がいないと騒ぎになってしまう。