乙女ゲームにリアリティはいりません
名字に「藤」という漢字が入っている子は、大体クラスに五人はいた。
「佐藤」の名字を持つ私も、そのうちの一人。
昔は、普通すぎるこの名字があまり好きではなかった。もっとかっこいい、珍しい名字に憧れたこともあった。
でも、かっこいい名字はその分いろいろ大変らしい。「はんこ」とかも特注だって言ってた。私のは百均製、デザインも豊富。
だから、ある程度の年齢になった私は、自分の名字が嫌いではなくなっていた。
だけど……。
「おはよう佐藤さん、今日も可愛いね」
「おはようございます、近藤先輩」
「佐藤ー、辞書貸してー」
「また?工藤くん、最近よく忘れるね?」
「佐藤センパーイ、部活行こー」
「わかったよ、藤田くん」
「気を付けて帰れよ、佐藤」
「はい、藤本先生」
現在、私は本日発売のゲームをプレイ中です。『藤色の君を抱きしめて』という乙女ゲー。
簡単に言うと、三年間で①自分のステータスをあげる。②相手に好意を抱かせる。③イベントをこなす。というゲーム。
キャラも格好良いし、声優さんも文句なし。
攻略人数も隠しキャラを含めて十人くらいで、ENDの種類も多いらしい。
値段の割に良い作品だと思われた。
ある点以外は。
主人公の名字が、「佐藤」「伊藤」「加藤」の内から選択って、どういうことですか。
ゲームタイトルと絡めてあるにしては、選ばれた名字が地味過ぎやしませんか。
私、本名が「佐藤」だから余計にそう感じるよ。
乙女ゲー主人公なんだから、「藤堂」とか「神藤」とかでもいいじゃないか。
『主人公や攻略キャラを身近に感じるため、ありふれた名字を採用』したそうだが、
先輩は「遠藤」「安藤」「近藤」
同級生は「工藤」「須藤」「江藤」
後輩は「藤野」「藤井」「藤田」
先生が「藤本」「藤木」 ……攻略キャラ、「藤」の付く名字しかいないんだけど。
明らかに作為を感じる、紛らわしい統一性ですよ。
携帯用ゲーム機の画面への挑戦ですか。見えにくいよ。
「一緒に帰らないか、佐藤」
(よっしゃー!遠藤先輩と放課後デートッ!!)
「はい!安藤先輩、嬉しいです」
(あれ?眼鏡先輩の名前、間違えてた?)
「佐藤ー、辞書サンキュ」
(幼馴染みは、江藤くんだったよね)
「今度、何かおごってね。工藤くん」
(……)
……私、キャラの名前が覚えられません。