懐かない爬虫類の飼い方
相変わらず、作者にカメに対する知識はありません…。
「爬虫類は懐かない」のご主人サマ視点。
たぶん、読んでいないと分からない。
―――――生き物を飼い始めた。………凶暴で太々しい、ピンクのカメを。
◇◇◇
それは、ほんの気まぐれに過ぎなかった。
いつも通り、魔法薬に必要なものを買いに行った時だった。
店主に買ったものを包んでもらっている間何気なしに店内を見渡していると、ソレは目に飛び込んできた。
「…なんだ、これは」
淡いピンクと白の水玉模様。
サイズはかなり小さく、直径5㎝と言ったところか。
「卵、か…?」
そんな私の言葉に店主が気づき、声を掛けて来た。
「珍しい色の卵でしょう?それはカメの卵なんですよ」
「…カメ………」
………カメの卵とはこんな色だったか?魔物か何かだと思ったんだが。
「“万年ガメ”という種類のカメなんです。まあ、“万年”は言い過ぎですが、軽く2~3千年は生きますよ」
「……随分と、寿命の長いカメだな」
それは本当にカメなのか?……魔物ではなく?
「買って行かれますか?お安くしておきますよ」
正直、怪し過ぎて買う気はしなかった。
可愛らしい色合いをしているが、中から凶悪な魔物が出てきてもおかしくない気がする。
何より、生き物など飼うつもりはない。懐かれでもしたら情が湧いてしまう。
………死んだ時が辛いからな。
「このカメは懐かないうえに凶暴なので、人気がないんですよね」
店主が独り言のように呟いた。
………………。
おい、お前は私にそんなものを勧めたのか。
「全く懐かないのか?」
「はい、爬虫類は基本的に懐きませんよ。一応、飼い主になら少しくらいは馴れますが」
懐かないペット、か…。
その言葉に何となく興味を引かれてしまい、視線の先にあるカメの卵を見つめる。
「コレはもうすぐ孵化なんですが、このまま売れないと、世話も大変なので処分することになってしまうんですよ」
「………………」
「可哀想ですが、こちらも商売ですしね。可哀想ですが」
「……………………はぁ」
…どうやら、すでに情は湧いてしまっていたようだ。
◇◇◇
私が“卵を買って帰る”と言った時の店主は、まさに“してやったり”と言わんばかりの顔をしていた。
…商売上手なヤツだ。
しばらく、あの店に行くのは控えよう。次は何を買わされるか分からない。
「もうすぐ孵化だと言っていたな…」
買ってしまった卵を見やる。
“とても長生きな凶暴で懐かないカメ”など、一体どうすれば良いんだ。
やはり買うべきではなかったか。
しかし、私が見捨てるとこのカメは………。
そんな今更な葛藤をしていると、目の前の卵が動き出した。
………っ!?
まさか、もう孵化するのか!?
“もうすぐ”って、いくらなんでもすぐ過ぎるだろうっ。
もう卵にはかなりのヒビが入っており、今にもカメが出て来そうだった。
『ピキピキ、パリン』
そんな、何故か割れるような音とともに、ソレは勢いよく顔を出した。
「きゅうーっ!」
「……………ピ、ピンク?」
…カメって、こんな色だったか?
それが、カメ――リリィを初めて見た時に思ったことだった。
リリィはピンクだ………いや、正確には甲羅はチェリーピンクで、身体はサーモンピンクのカメだ。
私の知っているカメは、緑や黄土色といった保護色のような色をしたものが多いのだが、この“万年ガメ”は違ったらしい。
…それにしても、カメとは思えない色合いだが。
実際に調べてみた“万年ガメ”の生態は、珍妙極まりなかった。
というか、調べた今でも“本当にカメなのか”という疑問が尽きない…。
まずは、その寿命だ。やはり2~3千年は生きるらしい。………千年は割と大きな誤差ではないだろうか。
本の注釈には“現在発見されている個体が少ないため、正確な寿命は不明”と書いてあった。
……………。
信憑性が一気になくなる一文だな。
気を取り直し、身体の色についても調べてみたが、これも“個体差があり、エメラルドグリーンやアクアマリン、ワインレッドなどとてもカラフル”と書いてあるだけだった。
…………………。
こんな不確かなことしか書けないなら、本にするなと言いたい。
本当に、何故出版した。しかも自費で。
一体作者は何がしたかったんだ。
全く役に立たなかった本の最後のページには“まだ調査中の生物であり、不確かな情報が多いのでご注意ください”というあとがきがあった。
………“不確かな情報”どころか、これはもう誤報だろう。
注意事項は一番初めに書いておけ。
そんな、正体――いや、この場合は生態なのか?――不明のカメを飼い始めて2年が過ぎた。
………少々甘やかして育てたのがいけなかったのか、主人を顎で使うような太々しいカメになった。
いや、たぶん太々しいのは元々の性格だろう。凶暴なのも。
「リリィ、どうした?」
視界にピンクの影がチラつき、足元へと近づいて来ていたカメに声を掛ける。
………何度見ても思うが、珍妙な色だな。物凄く目立つんだが。
「きゅうっ」
私の問いかけに、見た目に似合わない可愛らしい鳴き声が返ってくる。
いや、“色”には合っているのか?
まあ、どんな鳴き声であっても何を言っているのかは分からないのだが。
しかし、だてに2年も世話をしている訳ではない。
コイツが私のもとに擦り寄って来るのは、腹が減ったときくらいだ。
…ゲンキンなヤツだ。
ひょっとしたら、私のことは“食事係”程度にしか思っていないのかもしれない。
「ああ、すまない。食事の時間だったな」
時計を見ると13時を過ぎていた。
これでは、リリィが催促に来るはずだ。
食事の用意をするために調理場へと向かうことにした。尤も、実際に調理したりはしないが。
「これにするか」
冷蔵室にあった、リリィの好物である魚肉のすり身を皿に盛る。
普通のカメがこんなモノを食べるのかは知らないが、リリィはコレが好きだった。
………つくづく変わったカメだな。
というか、リリィの食の好みはどことなく人間くさい。
…酒のつまみ的なモノも好きなので、むしろオッサンくさいのかもしれないが。
オッサンくさいカメ………。
本当に何なんだろうな、アイツは。
◇◇◇
要望通りの食事を準備してやったというのに、顎を撫でただけで噛み付かれそうになってしまった。
アイツ、私の指を噛み切ろうとしていなかったか…?
歯はないはずなのに、何故“ガチガチ”などという音がするんだ。
アイツの顎の力は一体どうなってる…。
卵から孵った当初に比べるとだいぶ落ち着いたが、凶暴なのは変わらないな。
あの店主が言っていた通り、リリィは本当に懐かないカメだった。
………懐かないのに、時折見せるマヌケな姿を可愛らしいと思ってしまうあたり、私も意外とペット馬鹿なのかもしれない。
まあ、基本的には太々しいヤツなのだが。
「きゅっきゅっきゅうっ!きゅうっ!」
庭の方から、何やら変な音が聞こえてきた。
………………。
………リリィの鼻歌か。
庭は仕事部屋であるこの書斎のすぐ裏手にあるため、リリィの鳴き声や鼻歌が良く聞こえる。
この鼻歌を初めて聞いたときは、誰かが“窓拭き”でもしているのかと思った。
…カメが鼻歌を歌うとは驚きだが。しかもビミョーに上手い。
普段のリリィの主な生活範囲は居間なのだが、日課である日光浴をしに勝手に庭へと出て行っている。
いや、まあリリィのために邸中の扉や段差をなくした訳だが。
この仕事部屋の窓からも庭の様子が見えるため、今のところアイツの好きにさせていた。
特に危険もないだろう。
ちなみに、私の邸はかなり広いはずなのだが、何故か足が異様に速いリリィは邸中を好き勝手に歩き回っている。
カメとはあんなに速く動けるものなのか…。
わずか10㎝程度の大きさのくせに、物凄い移動距離だ。
「………ん?」
何となく庭の方が騒がしい気がして、仕事の手を止めた。
「リリィ…?」
あのカメは、日光浴中はだいたい転寝をしているので庭で騒ぐことなどまずない。
………カメが騒ぐような生き物なのかは、この際措いておく。
何かあったのか?
とりあえず、窓から庭の方を見やった。
「……っ!?」
視線の先で、私のカメは犬に蹴られながらくるくると回っていた。
「リリィ、もう大丈夫だ」
すぐに庭へと駆けつけ、何とか無事にリリィを救出することができた。
まあ、大型犬といっても所詮は犬だ。
魔法で少し威嚇すればすぐに逃げて行った。………犬相手に“攻撃魔法”を使うのはやり過ぎだったかもしれないが。
しかし、庭で放し飼いにするのは危険だな。
結界でも張るべきか………いや、守護魔法をかける方が確実だろう。
襲われたショックからか、いつになく大人しいリリィを連れて仕事部屋へと戻ることにした。
◇◇◇
仕事部屋に戻った後。
今後のリリィの安全のために守護魔法をかけていたのだが、何故か突然暴れ出したリリィによって魔法陣が書き換えられてしまったらしい。
眩い光に包まれ、次に目を開けると………リリィが人間の姿になっていた。
「リリィなのか?」
鏡の前に立ち、自分の姿を見ながら首を傾げているピンクの髪の少女に声を掛ける。
………いい加減、呼んでいることに気付いて欲しい。
しかし、あのチェリーピンクは甲羅の色が反映されているのか?
カメにとって、甲羅は髪にあたるのか…。
「そうですよ。てか、これって魔法の失敗か何かですか?」
……………。
やはり、リリィなのか…。
踏み荒らされてしまった魔法陣を見る。
「…たぶん、お前が魔法陣を踏み荒らした所為で呪文が書き換わったんだろう」
私がそう言うと、リリィは渋面を作った。
…………………。
おい、何故お前がそんな顔をするんだ。
踏み荒らしたのは自分だろうが。
…いや、カメに言っても仕方がないか。
人間の言葉は理解できているようだが、どの程度の知能があるのかは分からない。
まあ、裸であることに対して羞恥心を感じていない様子からして、思考能力はカメの時と変わらないのだろう。
「はぁ…。元に戻せるかは分からんな」
上着を掛けてやりながら、思わずそう呟いてしまった。
そもそも、リリィにかかった魔法がどんなものなのかも分からない。
…変身?いや、変態なのか?
「ありがと。…てか、カメに戻さなくて良いよ。折角人間になれたんだもん」
「…人間になりたかったのか?」
あれだけ、悠々自適なカメ生活を送っていたのにか?
リリィの言葉を不思議に思い首を傾げていると、何やら物騒な気配を感じた。
…まるで、噛み付かれる前のような。
「…?どうした?」
「……………別に」
“別に”と言いながらも、リリィは考え込むように黙ってしまった。
何となく“碌でもないことを考えていそうだ”と感じるのは何故だろう。
「う~ん」
「おい、リリィ」
「ウルサイ。ちょっと黙っててください」
………人間の姿になっても、コイツは全く変わっていないようだ。
飼い主に対して“ウルサイ”はないんじゃないか?
お前は一体何様なんだ、カメ様か。
「………よしっ!」
どうやら考え事は終わったらしい。
…その“名案っ!”と言わんばかりの顔には不安しか抱けないんだが。
「何が“よし”なんだ?」
「いえ、こっちの話です。…ええっと、私はご主人サマが大好きなので、ご主人サマと同じ人間になってたくさんお話とかしたかったんです。だから、このまま人間の姿でいさせてください」
……………。
………随分と酷い案を採用したんだな。
せめて、もう少し感情を込めて言えなかったのか?
しかも、言い終わった後のリリィの顔はドヤ顔だった。………何故だ。
とりあえず、コイツに掛ける言葉は一つしか浮かばなかった。
「………胡散臭い」
そう言った瞬間、リリィから繰り出されたローキックは私の脛を正確に抉った。
…っ、本当に凶暴な奴だなっ!!
◇◇◇
「オズウェルー、ごーはーんっ!」
もう聞き慣れてしまったその声は、カメであった時と変わらず可愛らしい。
…口から出てくる言葉は基本的に太々しいが。
「もうできる。………少しくらい手伝ったらどうなんだ…」
「無理。私、元カメで今幼児だもん」
「………………」
結局、リリィは人間の姿で暮らすことになった。
魔法の解き方が分からなかった――何せ、滅茶苦茶に踏み荒らされていた――のもあるが、何よりリリィ自身が“絶対カメには戻らない”と言い張ったことが理由だ。
………何故そこまで人間でいたいのかは、聞いても答えなかった。
たぶん“人間の食べ物の方が美味しい”とか、食い意地の張った理由だろう。
アイツは意地汚いから。
まあ、人間になったからといって何かが変わった訳ではない。
リリィは凶暴で太々しくピンクなままだ。
食事の好みもどことなくオッサンくさい………これについては見た目が可愛い少女である分、残念さが増した気がする。
生態も専門家――あのいい加減な本の作者なので、かなり不安はあるが――に調べてもらったのだが、カメの時とそれ程違いはないらしい。
寿命についても、2~3千年は確実にあると言われた。………だから、千年の誤差は大きいと思うんだが。
「オズーっ!!ご・は・ん!!」
「………人間らしく、静かに待ていろ」
はぁ……。
カメのままの方が良かったか…?
だが、こんな騒々しい生活も悪くない。…たぶん。
とりあえず、私とあのカメの付き合いはまだまだ続くようだ。
*本編に出てこなかった設定。というか、人物紹介。
オズウェル・ドゥルイット
リリィのご主人サマ。
魔術師であり、人の身では考えられない程の魔力を持っている人。そのため、寿命はかなり長い。
たぶんリリィと変わらないくらい生きれる。
物凄い美形。まさに、傾国の美貌!!
実はすでに500歳を越えており、現在は辺境の地に隠居中。
永い時を生きるゆえの孤独に、昔は苦しんでいた。今はわりとドライな人付き合いをしている。
本当は生き物を飼うと別れが辛いので、飼いたくなかった。…店主にまんまと買わされたけど。
リリィに振り回されることが嫌いではない。
何だかんだと文句を言いつつ、甘やかしてしまうダメな飼い主。