ガラオルの執念
「ガンク! 待てよ!」
いち早くサクが気付いて、去ろうとするガンクに声をかけた。 ガンクは足を庇いながら歩きかけていたが、立ち止まるとゆっくり振り返った。
「なんだよ……? もう用は無いだろ?」
少し複雑な顔で見るガンクに、サクはとびきりの笑顔を見せた。
「ありがとうな!」
「くっ!」
ガンクは動揺したように後ずさりした。
「か……勘違いするなよ! 俺は別に、お前らを助けに来たわけじゃねえ!」
それでもサクや他の仲間たちは微笑んでいた。 まるで仲間として受け入れたかのように。
「つっ……次に会う時は、覚えてろよ!」
少し顔を赤らめたガンクは、言い捨てるようにきびすを返した。 その背中に
「ああ、楽しみにしてるぜ!」
とサクが声をかけた。 それに答えぬまま、ガンクの姿は消えて居なくなった。
その時、ガンクの糸の効力が無くなったガラオルの巨体が、大きな音を立てて倒れた。
「うわおっ!」
驚いて飛び跳ねたラディンを皆が笑った。 笑い声は、すっかり掘り起こされ茶色い丘を吹く海風に吹かれていった。 穏やかな時が流れる中
「ところで、ソウリンって一体、何者なんだ?」
サクの言葉に、皆の目がソウリンに向けられた。 ソウリンは穏やかな表情で皆を見ていた。 その体は土にまみれてはいたが、どこも怪我などはしておらず、ただ静かに腰を下ろしていた。
「僕の推測ですが……」
まだカイルに身をゆだねたまま、シリウが口を開いた。
「あなたが、そうなのではないですか?」
「? どういうことだよ、シリウ?」
理解出来ていないのは他の面々もそうだった。 不思議そうな顔でシリウとソウリンを見比べている。 ソウリンは無言でにこりと微笑んだ。
「何故、気付いたのですかな?」
「あんなに短気で腕力に物を言わせるようなガラオルが、あなたに傷ひとつ付けなかったのが、気になっていました」
「だから、なんなんだよ!」
シリウの言葉を理解できないサクが、苛立ちながら地団駄を踏んだ。
すると、ソウリンは静かに立ち上がって目を閉じた。 やがてその身体が静かな光に包まれ、輝きはじめた。
「……ソウリン?」
ヤツハが強い光に後ずさりをした。 その背中をサクが支え、ラディンも微動だにせず、驚きの表情を隠せないカイルの腕の中で、シリウは静かにその光を見つめていた。
やがて光が収まると、ソウリンの姿はさっきまでとは打って変わっていた。
「その姿は……まさか!」
カイルが目を丸くした。
ソウリンの姿は、老人の姿から、大きな鳥の姿へと変わっていた。
「ヴァンドル……バード……?」
ラディンがかすれた声を出した。
「で……でもっ!」
サクは懐からラーニャが描いた絵を取り出した。
「このヴァンドル・バードは……」
ラーニャの絵の中に描かれていたヴァンドル・バードは、燃えるように真っ赤な羽根をはばたかせている。 だが今のソウリンの姿は、同じような鳥の姿をしていながら、その羽根は何色も交じらぬ真っ白な色をしていた。 一辺の濁りもない艶のある白い羽毛が、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。
「きっと太陽の光などを浴びたことで、見る人によっては赤く見えたりしたのでしょう。 あなたは、ヴァンドル・バードですね?」
静かに言うシリウに
「いかにも」
と頷いた。
その声はもはや声というより、頭のなかに直接響いてくる音だった。 以前アルコドで出会ったコダマのソレと同じだった。 ラディンは初めて経験する不思議な声に、複雑な表情で耳をほじっていた。
「そうだったのか!」
いきなりサクの明るい声が響き渡った。 やっと会えたヴァンドル・バードに、驚きよりも嬉しさが勝っていた。
「ヴァンドル・バードはやっぱり本当にいたんだ!」
はち切れそうな笑顔で言うサクに、ソウリン、いやヴァンドル・バードはゆっくりと頷いた。
「私は人の目に触れることを許されぬ身。 だが、助けてくれた手前、正体を明かさぬわけにはいかないからのう……」
金色の交じる黄色いくちばしを揺らし、ヴァンドル・バードはまるで笑っているようだった。 サクはゆっくりと近寄った。 サクより少し高い位の背丈で、ヴァンドル・バードは優しく見下ろしていた。
「ヴァンドル・バード、オレ――」
サクはずっと心に温めていた自分の願いを口にしようとした。
その時
「うがああああ!」
不意に背後からうめき声と共に大きな影が立ち上がった。 魂を抜き取られ、肉の塊となっていたはずのガラオルの巨体が、あろうことか白目を剥いたままで起き上がり、その振り回した拳で油断していたラディンを薙ぎ倒した。
「うああっ!」
吹き飛ばされ転がったラディンを助ける間もなく、ガラオルの巨体は一直線にヴァンドル・バードへと襲い掛かった。 その鋭い爪が、ヴァンドル・バードを襲う。 一番近くにいるサクでさえ、そのスピードとすっかり油断していた気の緩みで、全く動けずにいた。
「がっ!」
だが、ヴァンドル・バードは無傷だった。
シリウが自分の身を挺して、ヴァンドル・バードに被さる形でかばったのだ。
「シリウっ!」
カイルは、突然腕の中から消えたシリウがヴァンドル・バードの前にいることに驚いていた。
「ぐっ……はぁっ!」
ヴァンドル・バードの頬をかすめるように、シリウの口から鮮血が吐き出された。 白い羽毛に、赤い斑点が生まれた。
「シリウっ!」
カイルはシリウへと駆け寄り、再び振り下ろされようとするガラオルの腕を蹴り上げた。 その横で、拳に雷をまとったサクが力を込めた。 ラディンもすぐに立ち上がり、ガラオルを睨み付けた。
「「この! 死にぞこないがあっ!」」
二人は同時に拳をガラオルへと叩きつけた。 唸るように体を歪めたガラオルの巨体は吹き飛び、破壊され、辺りに肉片が飛び散った。
「いやあああぁぁ!」
ヤツハの悲鳴が響いた。