意思疎通
パリパリという音と共に、サクの拳から火花が散った。 意を決したカイルは、ガンクに向かって剣を構えながら駆け寄った。 それを見ながら、ガンクは目を見開いて笑った。
「ハハハッ! 忘れたのか? 俺の糸は、普通の剣やナイフじゃ切れねえんだよ! この女の腕が折れ曲がる前にあきらめろ!」
だがカイルは、ガンクに向かって走り続けながらにやりと笑った。 そして不意に飛び上がると、その足元をかすめるように後方からナイフが飛んできて、ガンクの太ももに深々と刺さった。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
激痛に襲われてガンクの体が崩れ、拍子にヤツハを縛り付けていた糸が弛んだ。
「ヤツハ!」
カイルは、着地と共にその勢いでヤツハの体を抱えてその場を離れた。
「なっ! なんだあっ!」
冷や汗を流すガンクが自分の足を見ながら驚きの声を上げると、離れた所に悠然と立っていたシリウが指先で眼鏡を上げながら
「誰も、糸を切るなんて言っていないでしょう?」
と静かに言った。
「ナイスだ、シリウ!」
カイルはウインクして笑った。 ヤツハは腕の痛みに顔を歪めている。
ガンクは悔しげに睨んだが、立つことはできないままだった。 ガンクの足元に、血が伝い落ちている。 彼の仲間たちはそれぞれに傷を負い、倒れたり膝を付いたりしている。 結局ラディンやシリウたちに歯が立たなかったのだ。
「くそおっ! どいつもこいつも俺をバカにしやがってえぇ!」
叫ぶガンクに影が落ちた。
「っ!」
見上げたガンクの体が、鈍い音と共に宙を舞った。
「があぁっ!」
殴り飛ばされたガンクの前に、パリパリと火花を散らしながら拳を握ったサクが睨んでいた。
「オレがお前を好きになれなかったのは、その暗い性格だ! なんでも人の性にすんな! 弱点があるなら自分で乗り越えなきゃ、誰も振り向いてなんかくれねえんだぞ!」
睨みながら言うサクを、ヤツハはカイルの腕に支えられながらじっと見つめていた。 足と頬の痛みに耐えながらゆっくりと起き上がったガンクは振り返り、サクたちを見回した。
「俺だってやってきたさ。 でもどうしても伸びなかった……お前らが笑いながら遊んでる間だって、訓練してたんだ! なんで……なんでだよ! 俺はずっと弱いままだ!」
地面に拳を叩きつけるガンクに、サクたちは言葉を失った。
目の前の男は、自分で精一杯のことをした末に挫折した。 だが今の実力は、ソラール兵士養成学校に在籍していたときよりも格段に上がっていた。 それは全て、憎しみから生まれたものだったのか? そうだとしたら、なんと現実は厳しく悲しいものなのか。
皆が見守るなか、カイルが口を開いた。
「ガンク、お前だけじゃない。 ここにいる皆も、何かを抱えて生きてる。 誰かを憎みながら生きてるやつもいるし、人の命を背負って生きてるやつもいる!」
シリウはそっとカイルを見た。
「だけど、憎しみからは何も生まれない。 ただ虚しいだけだ。 お前だって、ガラオルと行動して、少しは分かってたんじゃないのか?」
ガンクは俯いたまま拳を握っていた。 カイルはヤツハの肩を抱いたままガンクを見つめた。
「ガンク、その実力はあの頃と比べて確実に上がっている。 それが憎しみで出来ているというなら、憎しみが消えたとき、お前は弱くなるのか?」
ガンクはカイルを見上げた。
「人を傷付け続ければ、その時は気持ちが晴れるだろうが、結局は何も変わらない。 俺たちは、そんなことよりも、自分と向き合って乗り越えてきた」
ガンクは唇を噛んで黙っていた。
「あなたはただ、少し道を間違えただけ……」
ヤツハはカイルに支えられながら、少し微笑んでみせた。
「ただ目の前が見えなくて、どうしたらいいのか分からなくて、そんな時に出会った、巨大な力を持ったガラオルに近づいた。 何かを掴めると思ったから。 それで、何か分かった?」
まだ痛む腕をさすりながら優しい口調で言い、ヤツハはガンクの答えを待った。 ガンクは悔しそうに俯いて首を横に振った。
戦意を喪失したガンクを見て、それが答えだと受け取ったサクたちは、そこから立ち去ることにした。
ソウリンを助けに行かなくてはならない。
「急ごう!」
サクはシリウとラディンの肩を叩いて促した。
「はい」
「ああ」
二人はサクの後を行き、カイルとヤツハも後ろ髪をひかれながらもきびすを返した。
ガンクは追いかけてくることもなかった。 時折吹く風に髪をなびかせ、震えるように立ち尽くし、俯いたままだった。 あの足では、しばらくまともには動けないだろう。
「ヤツハ、大丈夫か?」
サクがヤツハの腕を見つめて声をかけた。 ヤツハはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、大丈夫よ。 それより、あの人、大丈夫かしら?」
そっと振り向き、もう見えなくなったガンクを気遣った。 サクは途端に不機嫌な顔をした。
「あんなやつでも、なんとか生きてきたんだ。 また向かってきたら、何度でもぶっ飛ばしてやる!」
拳を握って合わせるサクに、シリウはクスリと笑った。
「よく一発だけで我慢しましたね」
するとサクはふん、と鼻をならし
「どうせ止めるんだろ?」
とヤツハを見た。 ヤツハは無言で微笑んだ。
「意志疎通、してるんですねぇ」
シリウは、分かっていた風に頷いた。
「あんたらだって、だろ?」
ラディンが言った。
「タイミングを外せば、あのナイフはカイルに刺さってたんだぜ」
シリウの投げたナイフが、カイルの飛び上がった足元をくぐったタイミングの良さを思い出しながら、ラディンは明らかにふてくされた表情をしていた。 今回まるで出番のなかったことにも不満だったようだ。 シリウとカイルは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「さあ、急ぐぜ! あいつの性で、無駄足を踏んじまった!」
サクが腕を振り回した。
「そうですね! 急ぎましょう!」
「ガラオルのアジト、あいつに聞けばよかったかな?」
はたと思いついたように言うサクに、ラディンが言った。
「あいつが口を割るわけねーだろ?」
「そーだな! ホントあのハゲ、使えねーな!」
「こらこら……」
シリウが小さく突っ込み、カイルとヤツハは思わず吹き出した。