ガンク再襲来!
「まさか、ソウリンをさらったのがアイツだったとはな……探す手間が省けたと思えばいいのか……?」
「でもどうして……?」
「とにかく皆に知らせよう!」
「そうね!」
全速力でカイルとヤツハがソウリンの家に戻ると、三人の男たちは瓦礫の中で埃まみれになっていた。 すでに村人たちは誰も居なかった。 同じ村に住む者が襲われさらわれたというのに、皆本当に呆れるほど無関心である。 戻ってきた二人に気付いたサクが
「ヤツハ、カイル! 運ばれたって子供は、ラタクだったのか?」
と顔を上げた。 ヤツハは頷いた。
「ラタクは大丈夫! 怪我はしてるけど、意識もはっきりしてる!」
「そうか!」
サクは笑顔を見せた。 ラディンとシリウも安心して微笑んだ。 だが二人はにこりともせずに、サクたちに続けて言った。
「皆聞いてくれ! ソウリンをさらったのは、ガラオルだ!」
「「「!」」」
三人の空気が一気に張り詰めた。
「まさか……」
ラディンが目を丸くした。
「なんでソウリンをさらうんだよ?」
サクも納得いかない様子で拳を握った。
「この家だけを襲ったということは、最初からここを狙ってきたに違いありません。 そのソウリンという方は、一体何者なのですか?」
シリウが皆に尋ねたが、誰も答えることが出来なかった。
「オレとラタクの病気を診てくれたから医者のような……でも不思議な力も持っていたし。 オレたちもよくわかんねーんだ」
サクは腕を組んで悩んでいる。 それを見たヤツハが慌てて言った。
「そんなこと、どうだっていいわよ! ソウリンは、初めて会ったあたしたちに良くしてくれた! その事実は本物よ!」
サクが我に返り、顔を上げた。
「そうだな! シリウ、オレたちはソウリンを助けなきゃなんねーんだ! 命の恩人なんだよ!」
シリウは
「そうですか」
と納得して頷いた。 そしてカイルが続けた。
「ラタクが、あいつらの会話の中で『東の洞窟』と言っていたらしい。 とにかく行ってみないか?」
「そうだな! 少しでも手がかりがあるなら、動く価値はある!」
ラディンが勢い良く瓦礫の山から下りて、自身の埃を払った。
「ああ! 行ってみよう!」
サクもラディンの横に立って顔を見合わせた。 その後ろからシリウも二人の肩を叩いて言った。
「急ぎましょう!」
その時、一行の前にたちはだかる影が現れた。
「久しぶりだなあ、お前ら!」
その声は、以前にも戦ったことのあるガンクだった。
ガンクは二、三人の仲間を連れて、一行の前に立っていた。 仲間たちはフードを被って顔は分からないが、口元は楽しそうににやけていた。
「ああ、カイル! 生きてたのか。 元気そうじゃねーか?」
ガンクはカイルの姿を見ると、長い舌を出してにやけた。
「もう少しで腕がちぎれるところだったのになあ!」
惜しかった、とばかりに空を仰ぎ見た。 カイルは身を低くして剣の鞘を握り、唇を噛んでガンクを睨み付けた。
「おお、怖い怖い! まあ、そんな顔もこれで最後にしてやるけどな!」
仲間たちも舌なめずりをして楽しそうに身を屈めた。 すると黙って聞いていたサクが一言叫んだ。
「黙れハゲ!」
「はっ……!」
ガンクはピタリと止まり、目を見開いた。 そしてそれは、みるみるうちにしかめっ面へと変わった。
「それは言うなって……」
ガンクの体が浮いた。
「言っただろうがぁっっ!」
次の瞬間、サクの体が吹き飛ばされた。
「グッ!」
ガンクの拳は、しっかりとサクの頬を捉えていた。
「サク!」
地面を転がり、倒れるサクの前に、ガンクが仁王立ちになった。
「俺がどれだけその言葉に傷つき、苦しめられてきたか、お前に分かるか!」
サクはじっと睨みながらガンクの言葉を聞いていた。
「俺は悔しかった! てめえらは、平気で人の嫌がることを言いやがる。 そして笑う! どれだけ俺が悩んでるかも知らねえで、てめえらは散々バカにして見下した! だから俺は、絶対にてめえらを許さねえ! 憎しみだけで俺は今まで生きてきたんだ!」
吐き捨てるように言うガンクに、サクはあろうことか笑っていた。 それを見て、ガンクは再び激昂した。
「てめえ!」
目を剥きだして、ガンクは拳を振り上げた。
「!」
サクはその拳を腕でガードした。 一瞬の静寂の後、サクはゆっくりと腕の間から顔を覗かせた。
「おいハゲ! お前の気持ちはよぉく分かった。 いじめたことは謝る。 ごめん!」
「って、言ってしまっていますけどね……」
シリウが呆れたように小さく呟いた。
ガンクはいきなり謝られ、意表を突かれたように拳を下げ、サクの前から飛び退いた。
「ふん! お前が何回謝ろうと、俺の気持ちは治まらねえ! 治まるわけがねえ!」
サクは起き上がって言った。
「じゃあ、どうしたいんだ?」
意外に静かな口調のサクに、ガンクは肩をびくつかせて動揺した。
「っく! ……ヌクヌクと楽しく生きてきたお前なんかに、俺の気持ちなんて分かってたまるかよっ!」
ガンクは戸惑う気持ちを振り払うかのように腕を広げた。
手のひらから無数の糸が吹き出し、サクに襲い掛かった。 それを合図に、ガンクの両脇にいた仲間たちも襲い掛かってきた。 シリウは
「穏やかではありませんねえ」
と静かに言いながら剣を抜き、ラディンとカイルもそれに続いて応戦した。 それなりに訓練を受けてきたのか、ガンクの仲間たちもそれなりに実力の持ち主だった。 ソウリン家の瓦礫の周りで、剣のぶつかりあう音が響き渡った。
その時
「きゃあっ!」
と言う声に振り向いた先には、ガンクの糸が左腕に絡まったヤツハがいた。 必死にもがくヤツハの腕に絡み付く糸はますますきつくなり、切ろうとするナイフの切っ先も受け付けない。
「ヤツハ!」
助けに向かおうとするカイルの前に、ガンクの仲間が立ちはだかった。
「くそっ! 邪魔だっ!」
剣で振り払うカイルの前を、ヤツハが転がるように引きずられていった。
「ヤツハ!」
「くうっ……!」
身動きが取れずどうしようもないヤツハは、唇を噛んで耐えていた。 ヤツハの体が止まると、その顔のすぐ側にはボロボロに汚れた靴があった。
「!」
ヤツハの髪の毛をつかみ、無理矢理に起こしたのは、ガンクだった。
「てめぇっ!」
ヤツハの泥だらけの顔を自分に近づけるガンクに、サクの怒りは沸騰寸前だった。
「そう怒るなよ。 俺はな、お前らが仲良くいちゃついてるのも気に入らなかったんだ」
ガンクは長い舌を出してにやけた。
「さて、どう料理しようか?」
ガンクは鼻先をヤツハの頬に近づけた。
「!」
瞬間、弾かれたように顔を離したガンク。
「お前……ツバなんか飛ばしやがって! やっぱり気に入らねえ!」
「!」
ヤツハは空いている右手に持ったナイフを、ガンクに突き付けた。
「あんたになんか、気に入られなくて結構! 相変わらず性格悪いわね! だから友達出来ないのよ!」
切っ先を首下に突き付けられて動けないガンクは、じっとヤツハを睨んでいた。
「この糸を外しなさい!」
ヤツハは血の気が失せた腕を見せて要求したが、ガンクはふっと笑った。 次の瞬間
「! なっ!」
ヤツハのナイフは足元に落ちた。
「くっ!」
「気丈な女は苦手だ」
ガンクは長い舌を出して笑った。 ヤツハは、ナイフを持っていた腕をいつの間にか忍び寄っていた糸で後ろにねじ上げられ、苦痛の表情を浮かべていた。
「ヤツハ! 今助けるから!」
カイルが邪魔をする男を弾き飛ばして駆け寄ろうとすると、ガンクは余計にヤツハの腕を締め付けた。
「っあああっ!」
苦痛の声を上げるヤツハに、思わずカイルの足が止まり、それを見てガンクは嬉しそうに笑った。 シリウとラディンもガンクの仲間たちに動きを妨げられている。 視線だけを追いながら、悔しそうに唇を噛んでいた。
サクの怒りはとうとう爆発した。
「てめえ……ガンクゥゥゥ!」