愛の強さ
「ラディン……」
シリウは、さっき自分で倒した木に寂しげに座っているラディンへと近づいた。
「それ以上近づくな」
背中を向けたまま静かに言うラディンに従って、シリウは無言でその場に立ち止まった。 ラディンは腕を組み、俯いたままで言った。
「シリウ、カイルのことをどう思ってる?」
するとシリウは躊躇なく答えた。
「愛しています」
その言葉に、ラディンはフッと自虐的に笑った。
「すげーな、あんたたちは!」
「?」
「ずっと見てても、まるで俺の入る隙がねえ。 だから、諦めることにする!」
腕を解いてだらりと下げると空を仰ぎ、これ見よがしにため息をついた。 シリウはそれを見ながら、静かに言った。
「ラディン、僕はカイルのことを愛しているし、死ぬまで守りぬこうと思っています。 でも、もしかしたらこの術を使うことになった時、それも叶わないかも知れません」
「!」
ラディンは驚いて振り返った。 シリウは静かに真っすぐラディンを見つめていた。
「もし、そうなったら――」
シリウの言葉は、ラディンによって遮られた。 ラディンの両手が、瞬間的にシリウの胸ぐらを掴んでいたのだ。
「シリウ、それで『後悔しない』とよく言えるな!」
睨み付けるラディンに抗う事もなく、彼を真っすぐに見つめて、シリウは言った。
「僕は懺悔をしなければなりません。 勿論、こんな僕が人を愛することなど、許されるとは思っていません。 ですが、カイルは別です。 初めて会った時、僕はカイルに同じものを感じました……」
シリウは、カイルを初めて見た日のことを思い出していた。
その日は快晴で、抜けるような青空が広がっていた。
いつものように図書室で読書をしていたシリウは、ふいに何かを感じ、そんな青空に吸い込まれるように屋上へと向かった。 そこで、一人の少年と出会った。
それがカイルだった。
次の瞬間、シリウは違和感を感じた。
それはそこに彼が居るという事実があるにも関わらず、その体から発する雰囲気が彼の存在を消し、どこか冷たい空気さえ漂わせていたからだ。 何人も拒絶するような無言の威圧を受けて、シリウはそれ以上近寄ることが出来ずに、そっとその場を立ち去った。
透き通った気持ちの良い青空の下で、それを見ようともせずに俯き考えこむ姿は、一目見ただけでシリウを引き込んだ。
それはある意味、一目ぼれに近かったのかもしれない。
それからシリウは、ことあるごとにカイルを気にするようになった。
すでに出会っていたサクの明るさや、ヤツハの天真爛漫な姿とは正反対なカイルの風貌や仕草に、勝手に自分を重ねていた。
あの少年はきっと、決して人前では言えない秘密を抱えているのだと、シリウは直感的に感じていた。 そして同時に、彼を助けたいと思うようになっていた。 まるでそれは、自分が救われたいと願うように。
その後、サクもカイルに対して興味を示すようになり、それに便乗して仲間への勧誘に成功し、一緒に行動をするようになり、カイルの過去を知ったことで、その思いは強く固まった。 そして自分の家族に対する懺悔よりも、命を懸けて愛する人や仲間を守る道を選んだ。
今は、仲間達ももちろんだが、カイルの笑顔を無くさないことを励みに、そして心の支えにしていた。
「僕はこの命を懸けて、カイルを……仲間たちを守りたい」
「……!」
ラディンは突き放すように手を離した。
「俺は、そのやり方には賛成出来ねえ! 好きな奴がいるなら生きることだ! 生きて傍にいてこそ、お互いが幸せになれるんだ! 死んだら悲しみしか残らねえ!」
「……」
シリウは何も答えずに眼鏡を直して、そっと襟を正した。 ラディンはシリウを後にして小屋へ足を向けた。 そして振り向くと
「シリウ、ひとつ言っておく。 もう二度と、カイルを泣かすな!」
と念を押すように指を差すと、シリウを残して小屋の扉を開いた。
「ラディン!」
慌ててカイルが駆け寄り、ラディンの表情から何があったかを見つけようとした。 ラディンは、そんな突き刺すようなカイルの瞳を避けるように、親指で外を差した。
「シリウと話してこいよ」
「?」
ラディンはそのまま小屋の奥へ入ろうとした。 カイルは落ち着いた様子のラディンに安心しながら、その肩ごしに
「ありがとう、ラディン」
と小さく言って、外へと駆けていった。
「はぁあ!」
これ見よがしにため息のような声を出してあぐらをかくラディンを、ヤツハが見守っていた。 それに気付いたラディンは、苦笑した。
「シリウは強いよ……俺は全然適わねえ!」
ヤツハはただ、優しく微笑んでみせた。
「シリウ!」
カイルの声に振り返り、シリウは切ない視線を送った。
「カイル、なぜあんなことを……? 僕はあなたを傷つけたというのに……」
微笑みながら近づいたカイルはシリウの前まで来ると、さっきラディンに殴られて腫れている口の端に薬を塗った。
「!」
染みる痛みに顔をしかめたシリウを小さく笑い
「俺は、故郷を出て初めて、仲間を信じることを覚えた。 それを教えてくれたのは、シリウだ。 だから俺は、あんたを疑いたくないんだ。 それが得体の知れないものであっても、俺は、シリウを信じなくちゃって思ってる」
シリウは少し驚いた顔でカイルの話を聞いていたが、やがて穏やかに微笑んだ。 そしてカイルを引き寄せると、力一杯抱き締めた。
「っ! 痛いよ……!」
もがくカイルに構わず抱き締めるシリウ。 その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
シリウはカイルの耳元でかすれた声を出した。
「ありがとう、カイル……」
「礼を言うのはこっちだよ…… たくさん助けてくれたから、今度はお返ししなきゃ」
カイルは優しく答えながらシリウの背中に腕を回して、そっと抱きしめた。 そんな二人を夜の静けさが包んでいた。




