シリウは元気です♪
「少し、数が多いようですねぇ……」
困りがちに呟いたのは、シリウだった。
一人きりの山の奥で身構えるシリウの前には、大群となって押し寄せる蛇の群れがあった。 地面をうごめく何十匹という蛇は、シリウに向かって一斉に襲い掛かった。
「蒼炎花!」
シリウが両手を広げて上げると、蒼い炎で出来た壁がせり上がった。 飛び込んだ蛇の体は蒼い炎に包まれて焦げ、パタパタと落ちていく。 だがその中の何匹かが、壁を擦り抜けてシリウへと飛び掛かっていった。 シリウは、次に来るであろう激痛の覚悟をして腕を目の前で交差させた。
「爆拳刀刹!」
「仙剣突刃!」
シリウの背後から気の弾と断ち筋が走り、シリウに襲い掛かった蛇の体を打ち落とした。
「っ?」
驚いて振り向くシリウに
「よそ見するんじゃねえよ!」
と、シリウの肩口に噛み付きかかった蛇を叩き落としたラディンが笑った。
「っ? み……皆さん?」
驚くシリウを横目に、ヤツハが両手をクロスさせた。
「今はごちゃごちゃ言ってないで、ここを抜け出すことを考えるの! 皆、息を止めて! 百花眠眠!」
ヤツハが広げた両手から紫色の花びらが飛び散り、包まれた蛇の動きが止まった。
「さあ、今のうちに!」
カイルの声に、一同はその場から走り去った。
「なんであんな危ない目にあってたんだよ?」
「そうよ! シリウらしくないわ!」
「俺たちが来なかったら、どうなってたんだよ!」
サク、ヤツハ、ラディンに責められながら、シリウはたじろぎながらも苦笑しながら、まあまあ、と落ち着かせようとしている。
「久しぶりの再会なんだし、皆ちょっと落ち着けよ」
カイルが苦笑いで言うと、はっと我に返った三人は、シリウの顔を見つめ直して笑顔になった。
「そうじゃん! 久しぶりだな! シリウ!」
とサクが嬉しそうにシリウの肩を叩き
「全然変わってないわね!」
とヤツハも嬉しそうに微笑んだ。 シリウは一旦息を呑んで落ち着くと
「皆さん、お久しぶりですね。 まさかこんなところで会えるとは思っていませんでした」
と微笑んだ。 それは、別れる前と何ら変わり無い笑顔だった。
「……」
シリウとカイルは、無言で微笑みあった。 その様子を、ラディンは静かに見ていた。
「この近くに、しばらく使わせてもらっている山小屋があるんです」
シリウの案内で、一同は山小屋へと招かれた。 小さな一軒の小屋の中は、眠るための布と、シリウの物であろう本が何冊かある他は何もなかった。
窓から差し込む陽の光が、木の床で揺れている。
サクたちはそこで円陣になり、それぞれの近況を話した。
「僕はハアヤの村で、貴重な修行が出来ました。 皆さんには、ここから手紙を出そうかと思っていたところです」
穏やかに話すシリウ。 やがてお互いの状況がわかると
「とりあえず、そのラタクという少年をゴロナゴへと送り届けることが先決のようですね」
とシリウが言った。
「「いや、その前に!」」
サクとラディンが同時に立ち上がった。
「?」
「どうした?」
ヤツハとカイルが見上げる前で、サクとラディンは
「「シリウ! 俺と勝負しろ!」」
と戦線布告した。
「ふ、二人とも何言ってるの?」
ヤツハとカイルは驚いた顔をしていたが、シリウは戸惑いも見せずに微笑んだ。
「サク、ラディン、これまでの間に、あなたたちに何があったのか分かりませんが、僕たちにはやるべきことがあります」
「それは分かってる!」
「分かってて言ってるんだ!」
息巻く二人を見上げ、シリウは少し表情を堅くした。
「ガラオルについて……」
「「「「!」」」」
部屋の空気が一変した。 シリウは静かに続けた。
「少し情報を手に入れました」
立っていたサクとラディンも座りなおし、皆はシリウの言葉を待った。
「ガラオルは今、ヴァンドル・バードを狙っているようです」
「なんだって!」
サクが声を上げた。 シリウは静かに頷いた。
「ヴァンドル・バードについては、まだ本当に存在すると確証があるわけではありません。 でも、もしかするとガラオルはその能力を欲しがっているかも知れない……という話です」
「居る!」
皆の視線がサクに集中した。
「ヴァンドル・バードは必ずいるんだ! ラーニャだって見た! こうして絵だって残ってる!」
サクは懐から、ラーニャが描いた絵を取り出した。 彼はいつも、ラーニャが描いたヴァンドル・バードの絵を大切に持っていた。 その自信に満ちた言葉は、何故か皆の心を納得させた。 何より、ガラオルについて、そんな微々たる情報でさえも無駄には出来ない。
一行は、朝を待ってここを出てとりあえずはソウリンの家へ向かい、ラタクをゴロナゴへ送り届けることにした。
その夜、雑魚寝をしている仲間たちの隙間を縫って外に抜け出したシリウとカイルは、林の中へ駈けていった。 暗がりの中、後ろから誰も来ないのを確かめた二人は、強く抱きしめあった。
「やっと会えた……!」
涙を浮かべて言うカイルを抱きしめ
「僕もです! ずっと会いたかった!」
そして見つめ合うと、深くキスを交わした。
その頃、ソウリンはソファで寝息をたてるラタクを置いて、そっと外に出ようとした。 するとソウリンの袖が引っ張られた。 振り向くと、ソファから起きだしたラタクが厳しい顔をしてソウリンを見上げていた。
「どこに行くんだよ?」
厳しい顔をしていたと見えたが、実は眠気に目をしばたかせているだけのラタクに、ソウリンはしゃがんでラタクを優しく見つめた。
「ちょっと出かけてくるが、すぐ戻るよ。 ラタクはゆっくり眠っていなさい」
「駄目だ! オレ、カイル兄ちゃんから頼まれたんだ! ソウリンを守ってやれって! オレも行く!」
ラタクは懸命に眠気と戦いながら、ソウリンの袖を掴んでいた。 ソウリンはその手にそっと触れ
「私は充分に休んだから、もう大丈夫。 それより、ラタクには頼みたいことがある」
「?」
ソウリンは家の中を仰ぎ見た。
「ラタク。 この家の中には、私の命の次に大切な物がたくさんある。 私が帰ってくるまで、守っていてくれないか? 」
「……」
ラタクは優しく見つめるソウリンを見つめ返し、少し考えていたが、やがて大きく頷いた。
「分かった! オレにまかせとけ!」
「頼もしい返事だ。 頼んだよ」
ソウリンは微笑んで頷き、家を後にした。
しばらく歩いた所の家に近づくと、その扉をノックした。 真夜中だというのに、家の窓からはぼんやりと明かりがもれている。 やがて扉が静かに開くと、中から初老の男が顔を出した。
「なんだ。 ソウリンか」
しわがれた声の男は、少し不機嫌な顔をした。
「ああ。 私だ。 ちょっと話があるのだが……入れてくれんか?」
ソウリンは静かに言った。 男は一層眉をしかめて不機嫌さを顕にしたが、渋々に扉を大きく開いた。
「こんな夜中に何のようだ? 何も出すものはないぞ」
つっけんどんに言う男の前を素通りして、ソウリンは部屋の椅子にゆっくりと座った。 そして男を見据えると、静かに言った。
「ゼド・シャーマン。 シリウという男を知っているだろう?」
ゼドと呼ばれた男は、あぁ、と何かを思い出した顔をしたが、たいして顔色も変えず
「それが何か?」
と答えた。 ソウリンはひとつため息をついた。
「そのシリウに、何をした?」
するとゼドはにやりと笑った。
「分かっていてここに来たのだろう?」
「あの術は、禁じられているはずだ! しかも相手はまだ若い。 彼が再び現れたら、ここに来させる。 ゼド、彼に掛けた術を解いてやってくれ!」
ゼドは黙ってソウリンを見下ろしていた。
「頼む!」
ソウリンは立ち上がって頭を下げた。
「何故そこまでするのだ。 お前にとっては関係ない男だろう?」
ソウリンはゆっくりと顔を上げた。
「シリウという男には、何か重いものを背負った悲哀と、それをすべて背負い続けるという覚悟を感じた。 それになお、試練を与えるというのか?」
「全ては彼が決めたことだ。 わしは言われたままに施しただけのこと」
ゼドは冷たく言った。 そしてソウリンを横目に、チラリと見ると
「まあ、お前とは長い付き合いだ。 そのお前がそこまで言うなら、考えよう」
と息をついた。 そして、だが、と前置きをしてから
「彼の覚悟を無下にすることになるがな」
ゼドはそれでもまるで関係ないというように冷たく言い、ソウリンのために扉を開けた。
「良かった……私にもまだ、出来る事があるようだ……」
ソウリンは独り言の様に呟いた。