過去と向き合うということ
数十分後、サクたち一行は再びソウリンの家の前にたどり着いていた。
「……結局ここなのか?」
ラディンが腰に手を当てて首を傾げた。
「とにかく、聞いてみましょう!」
ヤツハの言葉にサクたちも頷き、ソウリンの家の扉を叩いた。 すぐに扉は開き、ソウリンが顔を出した。
「おや。 あなたたちでしたか。 シリウという方には会えましたかな?」
さっきと変わらない優しい笑顔で迎え入れたソウリンに、ヤツハは事情を話した。
話を聞きおわったソウリンはしばらく黙っていた。 何か思い悩んでいる様子のソウリンに、業を煮やしたサクが尋ねた。
「じいさん、オレたちを助けてくれ! もう頼れるところがねえんだ! じいさんなら何か助けてくれるんだろ? 金は少ししか持ってないけど、拾い集めてでも必ず払うしさ!」
必死なサクの様子を見ていたカイルが、ついに口を開いた。
「ソウリン、あんたがどんな力を持ってるか知らないが、今俺たちはあんたを頼るしかないんだ。 頼む、力を貸してくれ!」
ソウリンはサクとカイルの顔を見つめ、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「私の『力』というのは少々やっかいでな。 まず人の心を読み、過去をたどる。 そして【捜し人】の気を見つけ、居所を探ることが出来るというものなのだ」
「それ、やってくれ!」
サクが立候補するように身を乗り出した。 するとヤツハがカイルの肩を抱いた。
「サク! カイルの方が、シリウへの想いは強いわよ!」
「っ! ヤツハ……!」
カイルは動揺した表情でヤツハを見、ソウリンを見た。 ソウリンは座って机に両肘をついたたままじっとカイルを見つめた。 心の奥まで見透かされそうな瞳に、カイルはたじろいだ。
「お主、この見知らぬ老人に、心を開くことが出来るか?」
静かに言うソウリンに、カイルは答えられずにいた。
「心を開くということは、自分の過去を全て思い出すことにもなる。 その覚悟があるか?」
「過去を……?」
カイルの脳裏に、マチが倒れる最期の瞬間が思い出された。 自分を生かす為に自らを犠牲にして、それでも強く輝く眼差し……カイルが一番思い出したくない場面が脳裏に浮かび、思わず後退りした。
「言ったじゃろ? 私の『力』は人の過去を読むと。 すべてさらけだせる覚悟がなければ、何の効果もない。 勿論、私が知った情報を誰かに漏らすことはない。 それだけは保障しよう」
ソウリンは静かに話した。 髪の毛で顔の半分が隠れていたが、カイルの顔はあきらかに蒼白だった。
「カイ……ル?」
ヤツハが心配して肩を抱いた。 それを見て、サクがソウリンに言った。
「シリウを思う気持ちは、カイルに負けねえ! オレを使ってくれ!」
ソウリンは深い輝きを秘めた瞳でサクを見つめた。 サクはそれをはねのけるほどの輝きを湛えた瞳でソウリンを見つめた。
「カイル、大丈夫?」
椅子に座ってうずくまり、顔を覆っているカイルの背中に手を置いて、ヤツハが声をかけた。
「すまない……俺が腑甲斐ないばかりに……」
顔を上げられずに言うカイルの横に座り、ヤツハは優しく言った。
「気にしなくていいわよ。 カイルは人一倍警戒心が強いんだもの、仕方ないわ。 それに、思い出したくない過去だってある」
カイルは少しだけ顔を上げた。
「サクは……」
呟くカイルに、ヤツハは笑った。
「大丈夫よ! サクには楽しい思い出しか無いんだから! 心配するだけ無駄よ!」
カイルはチラッとヤツハを見た。 ヤツハが頷いて微笑むと、カイルも少しだけ微笑み返した。
「兄ちゃん、強いけど弱ぇんだな!」
二人が顔を上げると、ラタクが仁王立ちで腕を組んでいた。
「ラタク?」
ラタクはすすん、と鼻をすすりながら
「オレも両親を流族に殺されたけど、思い出したくない過去じゃねえ! 思い出すたびに、オレも絶対強くなって、流族をやっつけてやるんだって思うんだ!」
と言い、自慢げに胸を張った。 カイルはそんなラタクを見つめ、微笑んだ。
「ラタクは強いな!」
カイルはラタクの頭をぐっと撫でてその肩を引き寄せると、強く抱き締めた。
「っ!」
反射的に逃れたラタクは
「や、やめろっ! おっ……オレはもう子供じゃねえっ!」
と慌てた。
「あははっ」
カイルとヤツハは顔を見合わせて笑った。
その様子を、ラディンは壁にもたれたまま静かに見つめていた。
一方サクは、ソウリンと共に別の部屋にいた。
黒いカーテンに壁を覆われ、光も音さえも遮断された部屋に通されたサクは、不安そうに周りを見回した。
「さ、ここに」
と言われるがまま、中央の椅子に座ったサクの前にソウリンが立った。 膝が触れそうに近くに立っているソウリンからは、威圧感などは一切感じず、むしろ空気のように気配を消しているようだった。
「では、始めるぞ」
見下ろすソウリンが優しく微笑むと、サクは大きく頷いた。
「頼む!」
ソウリンの手がその額に触れ、サクは目を閉じた。
「シリウの事を思い浮かべなさい。 ありったけの想い出を」
――
十数分が経っただろうか。 サクが部屋に戻ってきた。
「サク!」
ヤツハとカイルは立ち上がり、ラディンとラタクが急いでサクに近づいた。
「サク、大丈夫か?」
ラディンの問いに、サクは前を見つめたまま小さく頷いた。 だがその顔からはいつもの明るさが消えていた。
「サク……?」
ヤツハが異変を感じて心配そうに声をかけると、サクは無言で外へ続く扉へと近付き、手を掛けた。
「どこに行くの?」
慌てるヤツハに、サクは
「修行してくる!」
と振り返らずに言うと、そのまま走りだした。
「ちょっ! サクっ!」
するとその脇を擦り抜けるようにラディンが走って行った。
「ラディンっ?」
驚くヤツハに、ラディンも振り返らずに答えた。
「俺も付き合うぜ!」
ヤツハの腰の辺りに風を起こし、ラタクも二人のあとを追って行った。
「! ラタクまで?」
三人はあっという間に暗やみの中へと姿を消した。
「皆、一体どうしちゃったのよ!」
呆れるヤツハに、カイルが言った。
「すぐ戻ってくるさ。 それより、シリウの居場所を聞かなきゃ!」
「……そうね!」
後ろ髪をひかれながら、ヤツハもカイルの後を追ってソウリンの部屋に入っていった。
「ソウリン! シリウの居場所は分かったのか?」
部屋に入るなり尋ねるカイルの前には、椅子に座って額に手を当てるソウリンがいた。
「少しだけ時間が必要のようじゃ……これは……」
「どうしたんだ?」
近づこうとするカイルの腕をつかんだヤツハが
「待って、ソウリンも苦戦してるみたい!」
ソウリンは額に汗をにじませ、きつく目を瞑っていた。
「必ず居場所は突き止めよう。 もう少し待ってくれ……」
ソウリンの言葉に、二人は部屋を出るしかなかった。 カイルは呟いた。
「シリウに何かあったんだ?」
「考えすぎよ! ソウリンも頑張ってくれているんだし、今は待つしかないわ……」
二人は閉ざされた扉を見た。
「やっぱり俺が心を開けなかったから……」
ヤツハは悔しそうに呟くカイルの頭を叩いて
「バカね! 自分を責めたって良いことなんて無いわよ!」
と叱った。
「ヤツハ……」
「信じるの! 皆、自分と戦いながら今を生きてる! カイルだって、立派に戦ってきた! 後悔するなら、もっと先にしたらいいのよ! 今は後悔するときじゃないわ!」
「……そうだね、焦りすぎてたのかもしれない。 ごめん、ヤツハ」
カイルが頭を垂れると、ヤツハは首を横に振って微笑んだ。
「いいの。 あたしもえらそうなことを言ってごめんなさい」
ヤツハは苦笑いした。
それからしばらくの間、二人は短くも長いとも分からぬ時間を過ごしていた。




