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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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食中毒注意報★

 やがて日が落ちて辺りが真っ暗になると、サクたちは岩壁に洞穴を見つけて、その中で一晩を過ごすことにした。 サクとラディンはラタクを挟んで寝息をたてている。 洞穴の外で見張り番をするカイルは、満天の星空を見上げていた。

「綺麗だね……」

 不意な言葉に驚いて見ると、ヤツハが横に立って夜空を見上げていた。

「寝てろよ。 明日も早いんだ」

 カイルが見上げて言うと、ヤツハは微笑みながらカイルの横に座った。

「カイルだって、胸が躍って眠れないんでしょ?」

 からかうヤツハに頬を膨らませ

「そんなんじゃ……」

 と言葉を濁すカイルに、ヤツハは静かに笑った。

「シリウに会うの、何年ぶりかなぁ?」

 ヤツハが夜空を見上げて思い出を探った。 カイルもまた、シリウと過ごした日々を思い出していた。 辛い思い出もあったが、楽しくて有意義な旅もした。 乗り越えられたのは、いつも冷静なシリウのおかげでもあった。

「元気かなぁ?」

 ヤツハの呟きに、カイルは夜空を見上げたまま頷いた。

「元気でやってるさ。 あいつは、一人でなんでもやっちゃう奴だし」

 二人は笑った。

「そうね、あたしが初めて会った時から、自立した人だったわ」

 ヤツハは思い出し笑いをした。

「いつも、暴走するサクを優しく見つめてた。 それが時々、なんだか羨ましそうに見えるときがあったの。 理由は聞けなかったけど、シリウの過去に関係あるのかもしれないって、なんとなく思ってた」

 カイルは、キトから聞いた断片的なシリウの過去の話を思い出した。

 シリウの家族はもういないということ、キトの食事の誘いには一度も応じたことがなかったということ。

『シリウのこと、もっと知りたい……』

 自分の過去の話や秘密は知っているくせに、シリウは自分のことを明かさなかった。 それが今となっては、カイルの胸にモヤモヤと残るものとなっていた。 ヤツハはカイルの横顔を見ながら笑った。

「なんだよ?」

 カイルが頬を膨らませると、ヤツハは指先でそれを潰し

「とにかく、休んだほうがいいわよ」

 と微笑んだ。

「そうだぞ!」

「きゃっ!」

「!」

 突然背後から声をかけられて驚いた二人が振り返ると、ラディンが立っていた。

 まだ眠そうに頭をがしがしかきむしりながら、大きなあくびをした。

「イチャイチャと話してんじゃねーよ。 見張りは俺がしておくから、あんたらはもう寝ろ!」

 ラディンは洞穴から出ると、大きく伸びをした。

「んー! よく寝た…… ! すげー星空だな!」

 ラディンは目を丸くして空を見上げた。 そして振り返ると、ヤツハとカイルに微笑んだ。

「明日はいよいよハアヤ村だ。 気ぃ引き締めて行くぞ!」

 ヤツハとカイルは立ち上がって頷いた。

「たいていのことは、驚かないつもりだけどね」

 ヤツハがからかい交じりに笑い、そしてラディンに

「ありがとう!」

 と、洞穴の中へと入っていった。 カイルも後を追おうとすると、ラディンが呼び止めた。 振り返るカイルの前で、再び夜空を見上げているラディンがそのままの格好で言った。

「あれから俺、星空を見るようになったんだ。 大切な思い出が詰まってるから」

 カイルはそんなラディンを見つめ、ラディンと別れた日の事を思い出した。 あの日も、ちょうどこんな風に星空が綺麗な夜だった。 フッと笑うと

「ああ」

 とだけ言って洞穴の奥へと入って行った。 ラディンはそっとカイルの背中を見送った。

「……シリウ……か……」

 一言呟くと、また眩しそうに夜空を見上げた。

 静かな空気が辺りを包み、時折聞こえる虫や鳥の声が遠く響いていた。

 

 

 翌朝、どんよりした雲が覆う空の下を、五人は賑わしく歩いていた。

「雨が降りだす前に、ハアヤ村に着けるかしら?」

 心配するヤツハに、ラディンは髪をかきあげ空を見上げながら言った。

「多分着けるとは思う。 何事もなければな」

 ヤツハ、カイル、ラディンの冷たい視線の先には、あちこち寄り道をしながらフラフラと歩くサクとラタクの姿があった。 昨晩サクが話したヴァンドル・バードの話に盛り上がり、サクとラタクはすっかり意気投合し、一緒に探す旅に出るなどと言いだすほどに仲良くなったのだ。

「ちょっと、あんたたち! まっすぐ歩けないの? ハアヤ村まで急ぐのよ! 雨が降りそうなの!」

 道端でしゃがんで何かしている二人の背中にヤツハがあきれ顔で言うと、二人は同じように顔を上げた。 すると二人の口から何かがのぞいている。

「! 何食べてんだっ!」

 カイルが驚いて言うと、サクとラタクはにんまりと笑いながらそれをモグモグと食べはじめた。

「これ、うんめえぞ!」

 満面の笑みで言うサクに、ヤツハが慌てた。

「だから一体何を食べてるのよっ?」

 するとラタクがサクと同じように笑顔で言った。

「オレんち裏が山だったから、よく茸とか木の実を採って食ってたんだ!」

「だからって……」

 心配するヤツハたちの前で、突然サクとラタクが笑いはじめた。

「! どうしたんだよ?」

 ラディンが二人の異変に気付いた。

 サクとラタクは笑いが止まらない。

 楽しいことがあったわけでもないのに、腹を抱えて笑い転げている。 ヤツハもすっかり動揺してしまった。

「どうしよう! やっぱりへんな物を食べちゃったのよ!」

 すると、ラディンがラタクの首根っこを掴んだ。

「ったく! 足手まといにならないって言ったのは嘘かよ? 今からゴロナゴへ帰す!」

 と怒ると、ラタクは首根っこを捕まれたまま笑いながら

「なんだよぉ! わははは! 連れていってくれるって、わははは! 言ったじゃねーか! あっははは!」

 と、怒っているようだった。

「笑いながら怒るんじゃねーよ!」

 ラディンと笑うラタクの言い争いの横で、笑い続けるサクの肩を揺らしながら

「サク! しっかりしなさいっ!」

 と叫ぶヤツハ。 その様子を見ながら、カイルはキレたように

「二人とも放って行くぞ!」

 と先に進もうとしている。

 そんな時だった。

 

「どうしたのですか?」

 

 不意に声をかけられ、ヤツハとラディン、カイルは我に返った。

 声の主は、年配の男だった。 全身をあまり清潔そうでないローブで纏い、ひとりポツンと立っている。

「こんなところで、一体どうなされたのかな?」

 優しく問う男に、ヤツハが震える声で言った。

「何かへんな物を食べてしまったみたいで……急に笑いだして……」

 男はゆっくりとサクに近づこうとしたが、カイルがその前にたちはだかった。 懐に手を忍ばせて、ナイフを構えている。

「それより、あんたは誰だ?」

 男は驚く素振りもなくカイルを見つめると、フードを下ろした。 真っ白な長い白髪が眩しく、人の良さそうな優しい笑顔を浮かべ、男は静かに言った。

「私はソウリンという者。 この辺りにすむただの老人じゃ。 心配は要らん。 少しその少年を診させてもらっても良いかな?」

「……」

 カイルはヤツハを見た。 ヤツハは懇願するように頷いた。

「変な真似をしたら、ただじゃおかないからな」

 警告して、カイルは後退りをして道を開けた。 だが懐から手を抜くことはなかった。 ソウリンは笑い続けるサクの前にしゃがみ、じっとその顔を見つめた。

「おー、じーさん、誰だ? わははは!」

「ふむ、これはサナタケじゃな」

「サナタケ?」

 ヤツハが心配そうに繰り返すと、ソウリンは微笑みながら頷いた。

「ワライタケの一種じゃ。 大丈夫。 しばらく放っておけば、じきに治るじゃろ。 しかし……」

 ソウリンは空を見上げた。 曇天が暗さを増してきている。 今にも降り出しそうな空を仰ぎ

「この辺りに雨宿りが出来る場所はない。 よかったら、私の家に寄りますかな?」

 ソウリンと同じように空を仰いだ三人は顔を見合わせた。

「俺たちは大丈夫だろうけど、こいつらが風邪をひいたら、余計に足手まといになりそうだぞ」

 ラディンは右手に掴んだままのラタクを軽々と上げた。

「わははは! 風邪なんかひかねーぞ! わははは!」

 相変わらず笑い続けるラタク。 ヤツハはサクの肩を抱いてカイルを見上げた。

「カイル、しばらく雨宿りをさせてもらいましょう! この空は、強い雨が降りそうよ」

 カイルは皆の顔を見つめながら、やがて観念したようにため息をついた。

「ったく……分かったよ! じいさん、少し世話になる!」

 一行は、すぐ近くだというソウリンの家へと向かうことにした。

「早くシリウに会いに行こうぜ! あははは!」

 サクがヤツハに手を引かれて歩きながら言うと、ヤツハは

「あんたたちが余計なことをするから、寄り道することになったのよ! 少しは反省しなさい!」

 と怒り口調で答えた。 サクは

「あ、そーか! わははは!」

 と笑い飛ばした。

「ったく……」

 ラディンも面倒くさそうに、ラタクを引きずるようにソウリンの後をついていく。 ヤツハは、一番後ろから見守るようについてくるカイルに振り返った。

「カイル、ごめんね、しばらくの辛抱だから……」

 申し訳なさそうに言うヤツハに、カイルはそっと手を挙げた。

「気にするな。 でも、あのソウリンとかいう奴、気を許すなよ!」

 カイルはソウリンの背中を睨んだ。

 もとより、ひょっこり現れたこのソウリンという男、素性も知らぬ自分たちを介抱してくれるのはありがたいが、まだ信用ならない。 カイルはソウリンを監視し、何か不穏な動きでも見せれば、すぐに対処するつもりだった。 ヤツハはそんなカイルを見つめ

「頼りにしてるわ」

 と微笑んだ。 ヤツハはサクの状態が心配で仕方ない。 ひとまずソウリンに身を預けるしかないと思っていた。

「どこまで行くんだ?」

 ラディンが前を行くソウリンに尋ねた。 もう数十分、山の麓を歩いている。 雨は今にも降りだしそうだ。 ソウリンは振り向いた。

「あぁ、もうすぐじゃ。 私の家は、ハアヤ村にあるのでな」

「ハアヤ村?」

 笑うサクとラタクを除いた三人が驚いた。

「俺たち、そこに行くところだったんだ!」

 ラディンが言うと、ソウリンは笑った。

「そうだったのか。 それはちょうど良かった」

 優しく微笑みながら、前方を指差した。

「ほら、そこに見えてきたぞ」

 

 ソウリンが指した方を見ると、数十メートルほど向こうに、村の門構えらしきものが見えていた。 一行はソウリンについて村の中に入り、やがてソウリンの家に着くと、サクとラタクを椅子に座らせた。

「ほんと、悪いなあ、ごめんごめん! あははは!」

 謝っているようだが、相変わらず笑い続ける二人を無視して、ラディン、ヤツハ、カイルはテーブルについた。 出された水を、ラディンは一気に飲み干した。

「カーーッ! うめえ! しんどい旅だったぜ!」

 水は冷たく、疲れたラディンの体を気持ち良く潤した。 それを見て、ヤツハも口をつけた。

「うん、美味しい! カイルもいただいたら?」

 カイルは横で、いぶかしげに目の前に揺れる小さな水面を見つめていた。

「大丈夫だ。 変なものは入っていないよ……と言っても、私が言ったところで説得力はないか……」

 ソウリンは優しく笑った。 ラディンはカイルの肩を叩いた。

「信用しなさすぎも良くないぞ、カイル! こうして家にも入れてくれたし、ハアヤ村にも無事に着いたじゃねーか。 あまり疑うと、ソウリンさんに失礼じゃねーか」

 ラディンがカイルの顔を覗き込んで言うと、ヤツハが苦笑いをして言った。

「前に人を信じたことでひどい目にあったことがあるから、警戒してるのよ」

「?」

 ヤツハとカイルは見合わせて小さく笑った。 二人の脳裏に、タニヤ村の事が思い出されていた。

 とても親切な人ばかりで、一宿一飯の世話になったが、実はそこは流族の隠れ村であり、結局騙されて荷物を丸ごと奪われたことがあるのだ。

「その話は、またゆっくり」

 カイルははぐらかすと、水には口を付けずに席を立った。

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