ハアヤ村へ! まさかの仲間追加!
翌日。
時刻通りにサク、カイル、ヤツハが道場に着くと、荷物をまとめて待っていたラディンと合流してハアヤ村へと出発した。
「シリウ君を、頼んだぞ!」
キトは四人に願いを託した。 ラディン以外の三人は、昨夜のキトの話を知らない。 ラディンも伝えるべきかどうか迷っていたが、もうすぐシリウに会えるという嬉しさを満面に出している三人を見ていると、結局言えず仕舞いだった。
「ラディン! ハアヤ村にはどうやって行くんだ?」
サクが急かすように尋ねた。
「この山の裏手だ。 奥行の長い山だから少し距離があるが、汽車も通ってない人里離れた村だ。 地道に徒歩で行くしかない」
サクたちは目の前に立ちはだかる山を見上げた。 そんなに高くはないが、木々も鬱蒼と茂っていて獣も多そうだ。 人も寄り付かないというなら、危険な流族も居るかもしれない。
「登るより、麓を回ったほうが良さそうだな」
カイルが呟くと、サクは少し不満げに言った。
「えー! 真っ直ぐ行ったほうが近いだろうがよう?」
サクの頭の中では、地図上でまっすぐ突っ走るイメージが浮かんでいた。 明らかにそっちの方が距離は短いように見えるが……
「万が一山の中で方角を失ったらどうするのよ? 麓を伝って回ったほうが得策よ。 ね、カイル、ラディン?」
二人は頷き、それを見たサクも渋々付き合うことにした。
かくして、サク、カイル、ヤツハ、ラディンの旅が始まった。 それぞれの背中には、今朝リーフが用意してくれた一日分の食料がある。 サクはそれに対してもホクホクで、早く食事どきにならないかと胸を高鳴らせていた。
「サク! つまみ食いはしちゃダメだからね!」
早くもヤツハの釘が刺された。
「分かってるよ! 早く行こうぜ!」
図星を指されたサクは少し頬を膨らませて言い、大げさに腕を振りながら先頭を行く。 笑いながら後ろを行くヤツハとカイルを見ていたラディンは、やっと仲間に入れたような気がして嬉しかった。
「ラディン、早く!」
サクの声に二人もラディンを振り返った。
「ああ、分かってるよ!」
ラディンは大手を振って駆け寄っていった。 その後をついていく小さな影を、まだ四人は気付いていなかった。
数時間後、四人は麓を流れる小川のほとりで休憩を取りながら食事をすることにした。
せせらぎと鳥の鳴き声が響き、気持ちが和んだ。 小川の水は冷たく、顔を洗ったり足を付けたりして、歩き詰めでほてった体を癒すのに最適だった。 サクたちはリーフが作ってくれた弁当を開けた。 しっかりと形づくられた大きめの握り飯が三個、きれいに並んでいる。
「旨そう! いただきます!」
サクが満面の笑みで言い、他の三人もそれぞれに手を合わせて食べはじめた。 いつもと変わらずにしっかりと効いた塩が体の塩分を補ってくれる。
「うめー!」
サクとラディンは感嘆の声を上げながら、リーフが作ってくれた握り飯を食べていた。
「?」
カイルはふとした気配を感じ、草むらの方へ視線を移した。
「どうしたの、カイル?」
それに気付いたヤツハが尋ねると、カイルはうん……と呟き
「気のせいかな……小さいけど、何か感じた」
「本当? あたしは何も感じないわ」
ヤツハは注意深く周りの気配を伺ったが、それらしい不審な気を感じることはなかった。
「山の近くだし、コダマがいるのかもな」
サクが口いっぱいに頬張りながら、気にするな、と笑った。
「コダマって、森の妖精とかいうやつか?」
ラディンが興味深そうに言った。
「そうか、ラディンは会ってないのよね、コダマに」
ヤツハがラディンに身を乗り出した。 コダマがどんなものかを事細かに話そうとした時
『ぐぅ~~……』
と震えた音が四人の耳に届いた。
「なんだっ?」
サクたちは驚いて立ち上がった。 音が聞こえてきた草むらの方は、さっきカイルが気になった場所だった。
「何か居るのか?」
カイルは警戒し、少しにじり寄りながら声をかけた。 すると
「やべっ!」
という小さな声と共に、山の奥へと走り去る影が見えた。
「誰だ?」
「待てっ!」
サクの声を背中に受けながら、カイルが素早く影を追った。 数秒後、カイルは戻ってきた。 その右手には、首根っこを捕まれた子供が居た。 一同はその子供を見て驚きを隠せなかった。
「ラタク!」
猫の様におとなしく捕まっているその子供はラタクだった。
「お前、ここまで後を付けて来たのか?」
サクが近づいてラタクの顔を覗き込んだ。
「……うん……」
ラタクは申し訳なさそうに小さく頷いた。 皆はあきれて何も言えなかった。
「どうする? ゴロナゴまで連れて帰るか?」
カイルが言うも、既にハアヤ村までの道を半分ほど来てしまっている。 今から戻れば、ラタクをおぶって走るにしても、往復してくるのは一人では危険だ。 幸いこの辺りはゴロナゴ町とハアヤ村の結界が利いているのか、あまり獣や流族に会うことはないが、それでも警戒は解けない。 まして、小さな子供がいるのだから余計にだ。
「どうしよう……」
皆腕組みをしたり、腰に手を置いたりして迷惑そうにラタクを見つめながら、思案した。 すると
「なあ、オレも連れて行ってくれよ!」
ラタクがカイルに捕まれたまま懇願した。
「何言ってんだ?」
ラディンが拍子抜けしたように声を出した。 ヤツハも慌てて諭した。
「そうよ! あたしたちは遊びに行くわけじゃないのよ!」
するとラタクは叫ぶように言った。
「分かってるよ! 魔女がいる村に行くんだろ?」
「魔女?」
カイルが聞き返すと、ラタクはカイルを見上げた。
「あの村の人たちは、危険な術を使うんだ! だから子供は近づいちゃいけないって、ずっと言われてるんだ!」
「じゃあ尚更じゃないか!」
ラディンは腰に手を当てたままため息をついた。
「俺が送り届けてくるよ」
ヤツハとカイルは驚いてラディンを見た。
「一人じゃ危険よ!」
「俺もついていこうか?」
カイルが言うと、ラディンは手を挙げて断った。
「いや、あんたたちは先を急いでくれ! 聞いたところ、あまりいい噂を聞かない村には変わらない。 子供を連れて行って安全を保障は出来ない。 それにここまで来たんなら、戻る理由はない。 こいつのことは俺に任せてくれ!」
そう言いながら、ラディンはカイルの手からラタクを引き取った。
「嫌だ! オレも行くんだ!」
ラタクが勢いよく暴れはじめ、拍子にラディンの手から逃れた。
「あっ! お前っ!」
追い掛けるラディンから素早く逃げ、サクの後ろに隠れるとアカンベーをした。
「こいつっ!」
逆上するラディンから逃げ回るラタクの首根っこを再び捕まえたのは、サクだった。
「サク、ナイス! そいつをこっちに--」
だがサクはラタクに向かって
「お前もついてくるか?」
と笑いかけた。
「なっ!」
ラディン、ヤツハ、カイルは驚いてサクを凝視した。
「何を言ってんだ? 子供が行くところじゃないんだぞ!」
ラディンが言うと、サクは微笑んだ。
「いいじゃねーか!」
サクは軽い口調でラタクに言った。
「お前も強くなりたいんだろ?」
ラタクは、強い決意を含んだ瞳を輝かせてサクに大きく頷いた。
「サク! 考え直せ! もし何かあったらどうするつもりだ!」
カイルが諭すように言い、ヤツハも
「きっとこの子の親だって心配してるわ!」
と訴えたが、ラタクはヤツハに向かって叫んだ。
「オレに親なんていねえよ!」
その瞬間、場の空気が固まった。
「居ないって……?」
ヤツハは震える声で尋ねた。 ラタクは睨むように言った。
「オレの父ちゃんと母ちゃんは、二年前に流族にやられた。 だから俺は、強くならなくちゃいけねーんだ! 誰よりも強くなって、誰よりも優しくなれって、キト師匠に言われたんだ!」
そう訴える瞳には、涙さえ浮かんでいた。
それは二年前だった。 ラタクの家族は、ゴロナゴ町の外れに家を構えていた。 あまり人の往来が無い場所だったから、そこを狙われたのだろう。 金品を狙って夜中にこっそり忍び込んだ流族に気付いたラタクの両親は、町へ知らせにいこうとして殺された。 ラタクはその時、母に押し込まれた納戸の中で息を殺していたので免れることができたが、両親が流族の刃にかかった一部始終を目撃することになってしまった。 その時の状況は、ラタクの胸に深く突き刺さっている。
「オレは強くなるんだ!」
ラタクは瞳を潤ませながら、ヤツハに言った。
「そうだったの……つらいことを思い出させてしまったわね、ごめんなさい」
ヤツハは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 思えば、ヤツハ自身も両親には悩みを抱えていたし、カイルとラディンもまた、自身に重ねて胸を痛めた。
「仕方ねえな……」
ラディンも観念したように息をついた。 するとヤツハは驚いてラディンに言った。
「ちょっと! それとこれとは関係ないわよ! 危険すぎる!」
カイルは皆の様子をじっと見つめている。
「まあ、いいじゃん!」
サクが明るい声を出した。 ラタクから手を離してしゃがみこむと、ラタクと同じ目線になって真っ直ぐに見つめた。
「その代わり何かあった時に、オレたちはお前を守れないかもしれない。 自分の命は自分で守れ。 それで死んでも後悔するな!」
ラタクはサクに射ぬかれたように息を飲んだ。
「それが怖いなら、帰るんだな」
カイルが、優しくラタクの頭をポンと叩いた。
「カイルまで!」
ヤツハが困った顔で皆を見回した。 ラタクはもう一度唾を飲み込むと、意を決したように大きく頷いた。
「怖くなんてないっ! オレも連れていってくれ!」
サクはにっこり笑って、ラタクの肩を叩いた。
「よし! 決まりだ!」
「はあ……」
こうなればさすがにヤツハもあきらめるしかなかった。 肩を落とすヤツハに、カイルが囁いた。
「大丈夫だよ。 ラタクは強い意志を持ってる。 足手まといにはならないと思うよ」
そう言うカイルに、ヤツハが言った。
「あれでも?」
ヤツハが指差した方を見ると、そこには、いつの間にかサクの食料を奪ったラタクを必死で追い掛けるサクの姿があった。 ラディンもあきれ顔で見ている。 カイルは偏頭痛を感じた。
「不安だな……確かに……」
前途多難だが、サクたちは十歳の少年ラタクを仲間に加え、一路ハアヤ村へと向かうことになった。