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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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ラディンの手がかり、シリウの過去……

「たのもーーう!」

 サクの大声は空気を震わし、やっと皆に届けられた。 揃って汗を流していた生徒たちは、驚いたように振り返り、サクたち三人を見た。

「何の用ですかな?」

 奥の方から、師範と思われる年配の男性が現れた。 背は高くないが体格は良く、人の良さそうな小さな目と大きい鼻が印象的な、白髪交じりの男性だった。 そして三人は、その師範から隙のない気迫が漂っていることにすぐに気付いた。 口には出さなかったが、実力者だと感じ取ったのだ。

「突然の訪問で申し訳ありません。 人を探しているのです」

「人を?」

「はい、ここに通っているはずなのですが……」

 カイルが丁寧に言うと、師範は

「とりあえず中に入りなさい」

 と三人を快く道場へと上がらせた。

 

 師範の名前はキト・タカクといった。

 自分の家を改装して道場にしてからもう三十年になるという。 生徒たちがそれぞれ練習している姿を見ながら、三人はキトにラディンのことを尋ねた。

 キトは

「ああ」

 と頷いて微笑んだ。

「ラディンなら、よくうちの道場に来るよ。 とても練習熱心な男だ」

「良かった! やっぱりラディンはここに来てるんだ!」

 サクの笑顔が弾け、ヤツハとカイルもほっとした顔で見合わせた。 だがキトは少し遠くを見る目で

「だが、最近姿を見ないんだよ」

 と呟いた。 三人は驚いた。 ここで手がかりを失うわけにはいかない。 ここが最後の砦なのだ。

「どういうことだよ?」

 焦ってサクが詰め寄ったが、キトは動じることなく答えた。

「ここ一ヶ月ほど、ラディンの姿を見ないのだよ。 ここはしっかりした予定を立てて来る所じゃなく、自由に、来たいときに来て訓練を受けるやり方をしている。 ラディンも定期的に来ていたわけじゃないが、何しろ練習しているときは本番さながらに必死でやっているから、よく覚えているんだよ」

 キトは分厚い帯をぎゅっと縛り直した。

「こんなに長い間来ないのは、初めてじゃないか? だが、ここは辞めるのも特別、申告は要らないからな。 諦めて何も言わずに辞めていく人間もたくさんいるから、珍しいことじゃないが……ラディンは勿体無い人材ではあった」

「自由ね……」

 ヤツハが呆れた顔で呟くと、キトは笑った。

「強くなりたければ、自分で道を切り開くべきだと思っているからな」

「オレたちが居た学校みたいだな」

 サクが言うと、カイルとヤツハも苦笑いで頷いた。

「とにかく、ラディンの消息はここで途絶えたわけだ……」

 カイルは眉を寄せた。

「住んでいる所も、知りませんか?」

 ヤツハが尋ねたが、キトは首を横に振るだけだった。

「なんだよ~! またふりだしかよ!」

 サクが落胆の声を上げた。 カイルとヤツハも、残念そうにため息をついた。

「シリウならこんなとき、どうするんだろうな……」

 ふとサクが呟くと、意外にもキトが反応した。

「シリウ?」

「シリウを知っているんですか?」

 素早くカイルが身を乗り出した。 キトは微笑んで頷いた。

「ああ。 知ってるもなにも、あの子はこの町の生まれだよ」

「「「シリウが?」」」

 三人は同時に驚き、顔を見合わせると、再び同時に言葉を発した。

「「「知らなかったのかよ?」」」

 驚くことに、三人共シリウの生れ故郷を知らなかったのだった。

「そういえば、シリウはあまり自分のことを話したがらなかったもの」

 ヤツハが言うと、サクも頷いた。

「あいつ、人のことは何でも知りたがるのに、自分のことにはあまり触れなかったよな」

「そうか……」

 キトは少し淋しい顔をした。

「あの子はこの町に、あまりいい思い出がないからな……」

「どういうことですか?」

 ここぞとばかりに尋ねるカイルの横で、グウ~~という空腹の音が響いた。 その一瞬で緊張していた空気が崩れた。

「サクっ!」

 ヤツハのげんこつが降った。

「だって……昼から何も食べてないんだぜ~~ 腹減ったよ~~」

 殴られた頭をさすりながら言うサクに、カイルは呆れ返った。 しかし、初対面でありながら、これ以上長居をするのも気が引ける。

「じゃあ、今日はこれで帰ろうか。 どこかで食べよう」

 と立ち上がろうとすると、キトが驚いた顔をした。

「もうこの時間だと、店などどこも開いてないぞ!」

「えええっ!」

 サクが飛び上がるほど驚いた。

「でも、ホテルに戻れば……」

 とヤツハが言うと、キトは慌てて手を振った。

「この町のホテルに食事を求めないほうがいい。 軽い物しか出してもらえないぞ。 君たちのような若者には満足できないだろう」

 サクは全身から力が抜けたようにへなへなと崩れ落ちた。

「えええ~~……オレもう腹がペコペコなんだよぉ~~」

 食べられないと知った途端、サクの顔からはすっかり生気が抜けてしまった。

「困ったな……食料なんて町に着けばなんとかなると思ってたのに……」

 カイルが首をひねりながら腕を組んだ。 すると

「じゃあ、うちに来るか?」

 とキトが助け船を出した。 サクは身を乗り出した。

「いいのかっ?」

「こらサクっ! 少しは遠慮しなさいよっ!」

「でも空腹には替えられないだろ? ヤツハだって、今晩飯を食えないのはいやだろ?」

 サクが必死にヤツハを説得する様子をみながら、キトはカイルに

「いつも、こんな感じなのかい?」

 と耳打ちするように尋ねた。 カイルは苦笑して頷き

「仲が良いんですよ」

 とまだ言い争う二人を見つめながら

「本当はこの中に、シリウも居たんです」

 と呟いた。 カイルの言葉に、キトは口をつぐんだ。 そしてすぐに、優しく二人をなだめると

「今晩はうちで夕食を取りなさい。 久しぶりに、シリウ君の話も聞きたいしな」

 と微笑んだ。

 

 

 キトの家は、道場の隣にあった。

 道場と同じく木造の温かい印象のある二階建の建物だ。 先に連絡を受けていたキトの妻リーフが、台所に立ってせっせと夕食を作っていた。 ヤツハは駆け寄ると

「突然お邪魔してすみません。 あたしも手伝います!」

 と、積んであった皿を持った。 リーフはにこりと微笑み

「まあ、ありがとう。 こういう事はよくあるのよ、あの人寂しがりやだから。 気にしないで、ゆっくりしていってね」

 と急がしそうに腕を奮っていた。

「お腹すいた~!」

 奥の方から、サクの力ない声が聞こえてきた。 そして間髪入れずに鈍い音がした。 カイルがサクに、鉄拳を与えたのだ。

「すみません……」

 ヤツハが代わりに謝ると、リーフは

「楽しいお友達ね」

 と楽しそうに笑った。 ヤツハは顔を赤くしてテーブルへと皿を運んだ。

 

 程なくして、お腹を空かせた三人の前に、ずらりと料理が並んだ。 大皿に野菜の煮物や、炒め物、そしてお握りなどが山盛りに積まれていた。

「たいしたもてなしは出来ないが、たくさん食べてくれ!」

 キトはすでに酒を飲み、赤らんだ頬で料理をつまんだ。 サクたちも遠慮なく料理を口にはこんだ。

「美味しい!」

 ヤツハの素直な言葉に、サクとカイルも頷いて笑った。

「懐かしい味というのか……とても美味しいです!」

 カイルは興奮して言った。 サクもまた、頬いっぱいに押し込んでは満足そうに顔を緩ませている。 その様子を、キトとリーフはいとおしそうに見つめていた。

「うちは子供がいないのでな、よく道場に通う子供たちを呼んでは、こうしてもてなしているのだ」

「シリウもその中に居たのか?」

 頬いっぱいに詰め込んだサクが尋ねると、キトは目を伏せて首を横に振った。

「あの子はいつも、私たちの気分を損ねないように断っていたよ。 一度もうちで食事をしたことは無かった」

 リーフも淋しそうな顔をした。

「練習はすごく一生懸命していたの。 周りのお友達とも仲良くやっていたのだけど、いつもどこか壁を作っている子だったのよ」

「シリウが……?」

 三人には想像出来ないことだった。 ソラール兵士養成学校にいた時は、いつも周りに気を配り、何かと世話を焼きたがるような青年だった。

「それ、ホントのシリウなのか?」

 サクが驚いたように言うと、キトは微笑んだ。

「君たちのような素晴らしい仲間たちがいるんだ。 なにか成長したのかもしれんな」

「でも今は、離れてしまったんですね?」

 リーフが寂しげに言うと、サクはにっこりと微笑んだ。

「今は別行動をしてるだけだ! すぐに会えるから、オレたちは寂しくないんだ!」

 その言葉に、キトたちは安心した表情をした。

「シリウ君に会ったら、私たちのこと、よろしく言ってくれ」

 

 すっかり夜も更け、カイルはホテルへの道を帰っていた。 その背中には、ぐっすりと眠っているサクがおぶさっていた。

「ったく……なんでオレがサクを担いで帰らなきゃなんないんだよ……」

 独り言を呟きながら、誰一人通っていない道を歩いていくカイル。 ふと立ち止まり、見上げた空は、高い建物に阻まれてとても狭いものだった。

『この町が、シリウの故郷……』

 雑草が多少生えている道、高い建物、昼間すれ違った誰もが冷たく、視線さえも合わせない人々……。 カイルには全く馴染めない世界だった。 人々は、働くためだけにこの町に来て、仕事が終わると町を去っていく。 本当の住人は、郊外に何十人かが住んでいるだけなのだとキトが話した。

 そしてシリウの実家も、郊外に程近い四階建ての建物の四階に住んでいたらしい。

「その実家もすでに無くなっている」

 それがキトの言葉だった。 この町には、シリウの思い出というものがひとつも無いのだと。

「望みを言うなら、この道場のことをほんの一片ほどでも覚えていてくれると嬉しいのだが……」

 キトとリーフは寂しげに微笑んだ。 二人とも、この道場に通った子供たちのことを、本当の子供のように愛しているのだろう。

 カイルはまた前を見て、サクをおぶり直して歩き始めた。

 

 一方ヤツハは

「ご馳走になったお礼に」

 と、リーフと共に片付けをしていた。

「気を遣わなくていいのに」

 と言うリーフに、首を横に振ったヤツハは

「いいえ。 本当にお世話になりました。 こんなに美味しい料理までたくさん頂いて。 シリウの話も聞けたし。 感謝してます」

 と微笑んだ。 奥の部屋では、キトが大きないびきをかいて眠っている。 リーフの話によれば、キトはいつも皆と楽しく騒いだ後はあぁして眠るのだという。

「片付けもしないで寝ちゃうなんて、迷惑じゃないんですか?」

 呆れたようにヤツハが言うと、リーフはいとおしそうにキトを見つめた。

「あの寝顔をごらんなさいな。 とても幸せそうな顔をして……きっと私たちの子供のことを夢見ているんでしょう。 あの顔を見たくて、私は子供たちに料理を振る舞うんです」

 そして少し視線を落として、小さく息をついた。

「きっと淋しいのでしょう……」

 ヤツハはなんといっていいかわからず、皿を棚へと戻した。 リーフは続けた。

「私たちには、この道場だけが生き甲斐なのよ。 もし無くなってしまったら、どうなっちゃうんでしょうね」

 リーフは微笑んでみせ、ヤツハは複雑な表情で頷くしかなかった。

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