表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
67/95

卒業試験1

 すぐに三人は、学校に卒業希望届けを提出した。

「本気か?」

 三人を前に、ファンネル所長は驚いた顔をした。 いつも細く、開いているのかどうかも分からないほどの切り傷のような目がいっぱいに広がり、白髪は、その髭までもが逆立つようだった。

「カイルとヤツハはいいとして……」

 流し見るファンネル所長の視線が、サクで止まった。

「何か不満でもあんのかよ?」

「こら、サク!」

 いつでも誰にでも前衛姿勢を崩さないサクを、ヤツハが一喝した。 ファンネル所長はサクを見つめながら髭をさすった。 そしてしばらく何か考える仕草をして

「まぁのう。 この学校は、生徒の希望した時が卒業する時じゃ。 その先のことは、何も関与しない。 今まで守られていた生活も、何の保障も無くなる。 一人で生きていかなくてはならん。 そのことは分かっておるだろうな?」

 と三人に向かって確かめた。

「はい、分かっています!」

 カイルは強く頷き、ヤツハとサクも同様に頷いた。 ファンネル所長は

「分かった。 では卒業試験の準備をしよう」

 と頷いた。

 

 

 

 翌日、卒業試験の日取りと卒業希望者の名前が講堂に貼り出されると、ソラール兵士養成学校の中では、様々な賑わいが生まれた。

 サクに向かって、驚き動揺するナトゥが殴りかかって行った。

 それに対してサクはいつものように応戦して、二人が場所を変えるたびに学校のあちこちで喧騒が生まれた。 生徒たちは、これが最後なのだと感傷に浸りながら、あれだけ迷惑だったサクとナトゥの喧嘩を温かく見守っていた。 それは教官たちも同じで、散々手を焼かせたサクが居なくなると思うと、今の二人を容易に引き離す事は出来なかった。

 

 ヤツハは、友人や後輩との別れを惜しんでいた。

 今までずっと一緒に高めあった友人や可愛い後輩と別れるのは胸が痛い。 だが、いつかはそんな日が来るのだ。 お互いに励ましの言葉を交わした。

 

 カイルは医務室を訪れていた。

 育ての親マチの妹だという理由で頼ったミランには、入学してからずっと世話になった。 性を偽り、自分を高めたい一心でいたカイルにとっては、ミランの存在は唯一の心の拠り所であり、もう一人の母のようだった。

 改めて礼をいわなければ、と、重い心のカイルが医務室に入ると、ミランはいつものようにくわえタバコで机に向かって仕事をしていた。

 ミランは視線を手元に落としたまま、カイルに言った。

「余計な事をしてくれたねえ……」

「えっ……?」

 たじろいだカイルに、ミランはいつもと同じ口調で続けた。

「あたしの息子は死んだと思いたかったのに……今更、見つかっただなんて……」

「でも先生! ラディンは……いや、ソルティヤは先生の息子です! 彼はずっと一人で生きてきた! 誰も信じられなくて、でも、やっと仲間を見つけられた……俺も同じだったから、彼の気持ちが分かってたはずだった……けど……」

 カイルは唇を噛んだ。

「何故、会おうとしないんですか? 何故? 親子なのに……血の繋がった家族なのに……!」

「言いたいことはそれだけかい?」

 ミランは、椅子に座ったままカイルを見つめていた。 カイルはかぶりを振った。

「先生! 俺は卒業します。 自由の身になって、世界を見たい。 俺はまだ、人間として何か足りないんだと思います。 だから俺は、ラディンの気持ちも、ミラン先生の気持ちも理解出来なかった。 もうひとつ階段を上るために、ここを出なくちゃならないと思うんです!」

 ミランは、力説するカイルをじっと見つめていた。 そしてゆっくりと立ち上がると、カイルに近づいた。

「カイル……」

 ミランはカイルを抱き締めた。

「先生……?」

 薬品の匂いが鼻をくすぐった。 ミランは、カイルの耳元で囁いた。

「ありがとう……」

「?」

 その意味が分からず考えあぐねていると、体を離したミランはカイルの肩を抱いて見つめた。

「あたしの方が、あんたたちよりもずっと、子供なのかもしれないね……」

 そう言いながら微笑む顔には、切なさがにじみ出ていた。

「息子に会ったら、伝えてくれないか? 『幸せにしてやれなくて、すまなかった』と」

「先生……」

 その表情と言葉で、カイルには伝わった。 ミランはラディンに会いたいのだと。 どんなに拒絶していても、やはり母は子に会いたいのだ。 カイルは何も言わなかったが、ミランの気持ちを知った事で心が軽くなったのを感じ、微笑んで頷いた。

 それから、ミランはカイルをもう一度抱き締め

「元気でやるんだよ」

 と囁いた。 その少し涙交じりの震えた声は、カイルの心に深く染み込んだ。

「先生、ありがとうございました……本当に……あなたと出会えて良かった!」

 カイルはあふれる涙を拭いもせず、ミランの首に自分の腕を絡ませた。 どこかで母のような温もりを感じていた。 最初で最後の抱擁だった。

 

 

 

 数日後――。

 闘技場には、たくさんの生徒達が卒業試験を見ようと集まっていた。

「サク・パクオラ! 前へ!」

 サクの卒業試験が始まった。

 鉄格子の向こうから現れた対戦相手はガーゴル系の幻獣。 サクの背丈二倍ほどの大きさをした、鷲のような幻獣だ。 空こそ飛べないが、跳躍力が高い。 太い足の先に光る爪は、甘く見ると痛い目にあうだろう。 過去に同じような姿の幻獣と一度戦ったことのあるサクは、鼻をすすって笑った。

「楽勝だろ!」

 構えるサクの後ろから

「死ぬんじゃねーぞ!」

 と声が飛んだ。 振り向くと、ナトゥが塀を乗り越えそうなほどに前のめりになっていた。

「テメエのその軽い頭で、勝ってみろ!」

「なんだとコラ! やんのかっ?」

 サクは一瞬で沸点に達したように、ナトゥに向かって腕を回した。

「あいつに勝ったら、今度は俺が相手してやるよ!」

 にたり顔で言うナトゥに指を指して

「待ってろよ! 一瞬で片を付けてやる!」

 と強く宣言した。

「行け!」

 シャルサム教官が冷たく指示すると、ガーゴルは咆哮を上げてサクに襲い掛かった。 足を踏みだすたびに、爪で地面がえぐり取られる。 土煙を上げながら近づいてくるガーゴルに、サクもまた飛び掛かって行った。

「うらあぁっ!」

 胸の辺りの羽を掴み、器用にガーゴルの背中に乗った。

「ひゃっほう!」

「あいつ、楽しんでないか?」

 ナトゥの呆れた呟きも届かず、サクは暴れるガーゴルの背中でバランスを取った。 そして気合をこめると

「ふんっ!」

 サクの拳が、いとも簡単にガーゴルの延髄にヒットした。

「キェェェェッ!」

 悲鳴のような鳴き声のあと、ガーゴルは前のめりに倒れこんだ。 そして、そのまま動かなくなったのだ。

 

 

「えっ?」

 

 

 生徒たちはあっけない幕切れに声を失った。 卒業試験にしては、あまりに味気ない。 華もない。 もっとも、試験に華など必要ないのだが。

 サクは身軽にガーゴルの背中から飛び降りると、余裕の表情で笑った。

「なんだよ。 つまんねえの! 最後くらい、もう少し強いやつとやりたかったな!」

 まだ物足りない表情で、サクは倒れているガーゴルに背中を向けた。 その時

「がっ!」

 サクの体がいきなり吹き飛ばされた。 塀に叩きつけられた衝撃に咳き込むと、赤い飛沫がその口から吹き出た。

「サクっ!」

 塀の上から、ナトゥが覗き込んでいる。

「何やってんだ、てめえは! バカ野郎っ!」

 サクはその声にキッと顔を上げた。

「油断しただけだ! お前は黙って見とけ!」

 唇の端から伝い落ちる赤い筋を腕で無造作に拭き取り、立ち上がると、ガーゴルを睨んだ。

「倒れたんじゃねえのかよ? 試験は終わりだろ?」

「通常の試験用ならな」

 シャルサム教官が言った。

「このガーゴルは、卒業試験用の特別製だ。 さっきは不意の衝撃にしばらく意識が飛んだようだが、次は多少の攻撃では倒れんぞ!」

 シャルサム教官は、余裕の表情で笑った。

「このままでは卒業は無しになるぞ」

 彼もサクの横暴な性格には頭を痛めていた。 最後こそはその礼をするつもりで、今までよりも難解な幻獣を召喚したのだろう。 シャルサム教官の言葉に、サクは激しく反応した。 目が輝き、揺れた。

「そうはいかねえ! 俺にはやらなきゃならねえことがあるんだ! こんな奴に、足止め食らってる場合じゃねえんだよ!」

 サクは拳に気を溜めた。

「俺はここを出なくちゃならねえ! ヤツハの為に! カイルの為に! シリウの為に! そして、俺自身の為にだ!」

 ガーゴルが首を振り乱して暴れだした。 サクを踏みつけようと襲ってきた足を避け、ガーゴルの後方に回った。 そこでサクは、地面に向かって拳を突き立てた。

爆拳弾バッケンダン!」

 サクの拳から気が放たれ、土埃が辺りを包んだ。

「あいつ……何やってんだ?」

 視界が閉ざされ、目を凝らす生徒たち。 ガーゴルは振り返り、サクが居るであろう方角へと駆け出した。 と、突然その体が重い音と共に沈み、咆哮が闘技場に響いた。

「なんだ! 何があったんだ?」

 やっと土煙が落ち着きはじめると、見守る生徒たちにもようやく状況が見えはじめた。

「落し穴か!」

 ナトゥが叫んだ。 ガーゴルの太い足が、サクが掘った穴にはまって身動きが取れなくなっていた。 その鼻面に、サクが拳を突き付けた。

「これで、終わりだぁっ! 食らえ! 爆拳剛馬バッケンゴウマ!」

 サクの叫びと共にまばゆい光が放射され、ガーゴルの頭を包んだ。 それは大きな馬のいななきと共に空に駆け上がった。

 その光が消えた後には、息を荒げて立つサクと、無残にも頭を吹き飛ばされたガーゴルの体があった。

 

「勝負あり!」

 

 審判の声が闘技場に響き、歓声が沸き起こった。 ナトゥは思わず息を呑んだ。

「あいつ、あんな力を持ってたのか……」

 それは卒業試験を見守っていたサライナ教官も同じ気持ちだった。

「いつの間にあんな実力が……?」

 確かに、サクたちはアルコドへの旅から帰ってきてから、随分実力は上がっていた。 ナトゥとの喧嘩は相変わらず絶えなかったが、それ以上に訓練にも余念はなかった。 だがこれほどまでとは、ずっとサクを見守ってきたサライナ教官も知らないことだった。

 生徒たちの歓声の中、サクはナトゥの下に近づくと胸を張り、自慢げに鼻をすすった。

「どうだ!」

 ナトゥは意外にも柔らかい笑みを見せた。

「なかなかやるじゃねえか!」

「へへっ!」

 二人は笑いあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ