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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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それぞれの説得

「こんな所にいたのか!」

 ヤツハは校庭の隅にある花壇に隠れるようにうずくまっていた。 後ろから明るい声をかけたサクの息が上がっている。 ヤツハの事を、校内中ずっと捜し回っていたのだ。 サクは続けてヤツハの背中に何か言い掛けたが、気配を察知したヤツハの方から口を開いた。

「皆、何考えてるのか分かんない……」

 涙声のヤツハ。 顔を見なくても、今の今まで泣いていたのはサクでも気が付いた。 サクはため息を一つついて、優しく声をかけた。

「あまりシリウに心配かけるなよ」

「心配かけてるのはそっちじゃない! 皆バラバラになっちゃうのよ! ……っ!」

 ヤツハは振り向いて睨み、今こそ思いのたけを吐き出そうとしたが、思わずその口がつぐんでしまった。 サクの表情が、いつになく固くシリアスだったからだ。

「じゃあ、お前が行けるのか?」

 その言葉に、ヤツハは何も言い返せなかった。

「シリウだからやれることなんだ。 オレたちはオレたちで、ここで出来ることをするしかないんだ」

 サクの口調からは、静かながらも説得力があった。 ヤツハはじっとサクを見つめていた。

「シリウは、何も学校から出たいわけじゃねえ。 オレたちと離れて、淋しくないわけがねえ。 だけどそれよりも大切なものがあるから、シリウは旅立つことを決めたんだ」

 諭すように言うサクの言葉を聞き、ヤツハは再び俯いて涙を拭いた。 サクはそっとヤツハの横に座ると、同じように膝を抱えた。

「シリウが居なくなるのは、オレも寂しい。 けど、信じられなきゃ仲間じゃねえよ……」

「仲間……」

 ヤツハはサクを見つめた。 強い眼差しをしているサクの横顔からは、どこかで切なさがにじみ出ていた。 それでもシリウを送り出そうとしていることに、心を打たれていた。 信じて送り出すことも仲間の役目……。 だがヤツハには、心に大きく引っかかることがあった。

「サク……でもカイルは……」

 ヤツハは同性として、友人として、カイルの心境が心配でならなかった。 カイルはシリウの事が好きなのだ。 はっきり言わなくても、それくらい分かる。

 サクは大きく頷いた。

「大丈夫さ! あいつだって立派な男だ! いつまでもクヨクヨしてたら、オレが一発ぶん殴ってやるぜ!」

『違うの……!』

 ヤツハは勢いで口から出そうになった言葉を飲み込んだ。 本当のことは、カイル自身から告げるべきだ。 ヤツハは必死に黙っているしかなかった。

 サクは、それに、と前置きして

「ヤツハの笑顔、見たいからさ。 オレはオレで頑張るからよ!」

 サクは照れたように指先で鼻を擦った。 ヤツハは、予想もしていなかった言葉に思わず頬を赤らめて俯いた。 熱くなる心に、ヤツハは複雑な心境を抱いていた。 自分だけこんなに幸せを感じていいのだろうかと。 心にカイルの姿が蘇っていた。 ヤツハは複雑なまま、傍らに置いてある袋に手を伸ばした。

 

 不意にサクの頭がふわりとした感触に包まれた。

「?」

 触れると、帽子を被らされていることに気付いた。

「なんだ?」

 手に取ると、真横に赤い羽根がアクセントになっている紺色のツバ付き帽子だった。 一昨日カイルと町へ出たときにヤツハが買った物だ。

 帽子の触れ書きには『ヴァンドル・バードの羽根付き帽子』と書いてあった。

 ヴァンドル・バード自体が伝説上の生物なのに、羽根などが手に入るわけがない。 売り文句なのだろうが、サクなら素直に喜んでくれるだろうと、ヤツハが決めた物だった。

「こんな時に何だけど……サクの誕生日でしょ、今日?」

 サクは、たった今思い出したように目を丸くした。

「! そうだった! ケーキ食う日だっ!」

 ヤツハは思わず吹き出した。

「もう、サクったら……」

 サクは満面の笑顔で

「サンキューな!」

 と、再び帽子を被った。

 風に揺れる赤い羽根を見つめながら、ヤツハの中で、少しだけ落ち着きを取り戻していた。 シリウが居ない間、カイルを守れるのは自分だけだと感じていた。

 

 

 

「やはりココに居たんですね?」

 シリウはカイルの背中に言った。 授業に出るなどと嘘を言って、カイルは行方をくらませていた。

 それを知った時、シリウは真っ先にこの場所が頭に浮かんだ。 案の定、カイルは屋上の貯水タンクに掛かる鉄梯子に座って膝を抱えていた。

 ここは、シリウが初めてカイルを見かけた場所だ。 そして、自分たちの仲間にならないかと勧誘した場所でもある。

 シリウはそっと近づいた。 カイルは気付いているはずだったが、膝に顔を押しつけたまま微動だにしなかった。 シリウは気まずそうにカイルの隣に立った。 ちょうど長身のシリウの目線とカイルの高さが同じくらいになった。

「止めても行くんだろ?」

 俯いたままで、カイルが言った。 シリウは少し俯いて

「はい」

 とだけ言った。 しばらく間があって、カイルの小さな呟きが聞こえた。

「皆……勝手に離れて行くんだ……」

 シリウはそっとカイルを見た。

「カイル……僕は--」

 その言葉を遮るように、カイルは梯子から飛び降りてシリウに抱きついていた。 首筋からカイルの押し殺した泣き声が聞こえる。

「もう、誰かと別れるのはいやだ! 一人に……しないで……!」

「カ……ミィル!」

 シリウは思わず抱き締め返し、カイルの本当の名前を口にした。 カイルはより一層シリウにしがみつくように力を入れた。

 しばらくそうしていた後、フッとカイルの力が緩み、その体はゆっくりとシリウから離れた。

 シリウは俯いているカイルの頬を両手で優しく包み、自分に向かせた。 カイルの目は真っ赤に充血し、涙がまだ残っていたが、素直にシリウの目と合わせた。

「カイル……僕は、僕にしか出来ないことをやらなきゃいけないと思っています。 分かってくれますか?」

 カイルはじっとシリウを見つめ、そして小さく頷いた。

「そんなこと分かってる……シリウが考えなしで動くほどバカじゃないことくらい……」

 シリウがホッとした時、カイルは、だけど、と続けた。

「約束して……必ず、帰ってくると……」

 シリウは切ない顔で見上げるカイルに頷いた。

「必ずカイルを迎えに来ます」

 シリウの両手に包まれたカイルは目を閉じ、シリウはその唇にそっと自分の唇を合わせた。

 一瞬か……果たして長い時間かと思われた口づけの後、シリウはカイルにもう一つ約束をした。

「すべて終わったら、今度こそ、デートしましょうね」

 カイルは真っ赤な目で小さく笑った。

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