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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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サツフゥル村から……一路ヴィルスへ

 出発の日。

 村の外門まで見送りに来たのは、パンナやザクラスだけではなかった。 サツフゥル村に住むほとんどの村人たちが、サクたちの旅立ちを見送ろうと集まった。

「村の財産でもあるザクラスを救ってくれた恩は決して忘れない。 また近くに来たら、必ず立ち寄ってくだされ!」

 村長ワンダが村人たちの代表として言葉を送った。

「あんたたち、絶対に無理はしないで仲良く元気でやるんだよ! またいつでも帰っておいで! 美味しい料理をたくさん用意して待ってるからね!」

 パンナは、あろうことか自分の息子サクではなくヤツハとカイルを抱き締めた。

「おばさん……」

 涙目のヤツハを見て、カイルまでももらい泣きしそうになっていた。 パンナはそんなカイルの頭をポンと優しく叩き、微笑んだ。 カイルはそっとそのふくよかな胸に顔をうずめて、涙を拭いた。 シリウとサクは、その様子を優しく見守っていた。

「こちらこそ、お世話になりました!」

 シリウの言葉に、サクたちは大きく手を振って村を出た。

 見送る村人たちの中、子供たちの間にちょこんと座るディックがいた。

「いいんですか? ディックを残して……」

 シリウの心配げな問いに、ヤツハは微笑んで答えた。

「ええ。 皆優しい人ばかりだし、ディックの事を理解してくれて、子供たちとも仲良くなったもの。 それに養成学校に連れて帰っても、きっと入れてはくれないわ」

 ヤツハは、ディックを村の番犬として置いていくことにしたのだ。

 最初はヤツハの言葉が理解できなくて、ディックは哀しげな声を出してついてこようとしたが、ヤツハの根気強い説得で、ようやく理解した。 ヤツハは一度だけ名残惜しそうに振り向いたが、もう小さな固まりに見えるだけだった。

「あの子はここで暮らしたほうが幸せだと思うの」

「そうだな! オレも苦手な犬と離れられてほっとしたし!」

 サクは両手を頭の後ろに組んで口笛を吹いた。

「その割りには、結構いいコンビだったけど」

 カイルが笑うと、サクはくるっと振り向いて怒った。

「あのな! あいつは、オレがラディンと縛られてた時に一人で逃げ出した奴だぜ!」

「あの時は、僕たちにヤツハの居所を知らせようとしてくれたんですよ。 それに、すぐに引き返してサクを迎えに行ったでしょう?」

「なんだよ! 皆でディックの味方になるんだな!」

 シリウの言葉に口を尖らせてすねるサクを、カイルとヤツハは楽しそうに笑った。

「そんなことより!」

 突然のシリウの叫びに似た声で、三人は驚いてシリウを見た。

「な、なによ、いきなり?」

 ヤツハが言うと、シリウは眼鏡を光らせて言った。

「何故ラディンはカイルにだけ旅立ちを伝えていったのでしょう?」

「えっ? 今、それ?」

 ヤツハは目を丸くした。 もうとっくの昔に終わった話題だっただけに、サクもきょとんとした顔でシリウを見た。 その中でカイルは冷や汗を垂らしながらも、平静を装った。 シリウはカイルを怪訝な目で見ながら言った。

「僕は、カイルがラディンと二人だけでいたということに腹を立てているんです!」

「それって、ただの嫉妬じゃない……」

 ヤツハは呆れたため息をついた。 カイルはそっとヤツハの後ろに隠れて、気配を消していた。

「だって! 夜の夜中に二人きりですよ! 僕としてはですねえ――」

「はいはい!」

 ヤツハはシリウの言葉を遮りながら、後ろに隠れているカイルの腕を引っ張り、シリウに押しつけた。

「シリウがカイルを愛しているのは分かったから!」

「ヤツハっ!」

 真っ赤になって言うカイルに、ヤツハは目を細めた。

「カイルだって素直にならなきゃダメよ!」

 人差し指をカイルの鼻先に立てて笑うと、先を歩くサクを追った。

「全く……ヤツハは強引なんだから……」

「僕は嬉しいですけどね」

 シリウは嬉しそうにカイルの肩に手を乗せて引き寄せた。

「シリウ、俺は……っ」

 カイルはその手を避け、頬を赤らめて何か言おうとしたが、シリウは優しく笑い、遮るように

「さあ、ヴィルスまで急ぎましょう!」

 と皆を急き立てた。

「お前らが遅いんだろ? 早く行くぞっ!」

 と迷惑そうに言うサクを囲みながら、四人はワイワイとヴィルスへの帰路に着いた。

 

 

 ――

 

「サクたちが帰ってきた!」

「てっきり死んだものだと皆言ってたのにな!」

「怪我一つしてないって!」

「一体どうやって?」

 ソラール兵士養成学校の中では大きな騒ぎになっていた。

 サクたちが入っていった校長室の前には人だかりが出来、長い旅から無事に生還した彼らを一目見ようとしている。

「いいから、授業に戻れ!」

 何度もゴンドル風紀教官の怒号が響いたが、生徒たちの群れが散らばることはなかった。

「お前ら邪魔だっ! どきやがれぃ!」

 野太い声と共に、生徒たちをかきわけて巨体が現れた。 ナトゥだ。

「サクが帰ってきただと?」

 顔に脂汗を垂らしながら、まだ疑惑の表情をしている。

「本当に帰ってきたのか……?」

 ナトゥはぴたりと閉ざされた扉を見つめ、信じられないという顔で呟いた。

 

 外の喧騒を遮断された静かな校長室の中では、サク、シリウ、ヤツハ、カイルが並んで立たされ、ファンネル校長からの有難い説教がこんこんとされていた。

「なんでオレたち、怒られなきゃならないんだよ?」

 俯いたままサクが眉をしかめて隣のシリウに囁くと、シリウもまた苦笑で返した。

「仕方ありませんよ……色々と心配かけてしまったんですから」

「そこ! 聞いておるのかっ?」

「はっ、はいっ!」

 サクとシリウは弾けるように返事をした。

「まったく! 連絡ひとつよこさないで、散々心配かけおって! 実力を試すためとはいえ、軽々しくお前たちを行かせたことを何度後悔したか! 大切な生徒であるお前たちを、たった一度の試験に合格しただけで安易に信じてはならんと、心底胸を痛めておった!ーー」

「ファンネル校長! もうその辺りで。 この子たちも、生半可な経験をしてきたわけではないのですから。 無事に帰ってきたことだけでも有難く思わなくては」

 脇に控えていたミランが見かねて助け船を出した。

『ほっ!』

 四人が心の中で息をついた。 ファンネル校長は小さく息をつくと、和やかな表情になった。

「そうじゃな。 小言は終わりじゃ。 --アルコド国から手紙が着いた。『国を救ってくれたこと、大変感謝している』と。 私からも礼を言おう! よくやったな!」

 校長は、サクにアルコド国からの手紙を渡した。 白い簡素な封筒に、しっかりとシーノ王の名前が書かれている。 四人は微笑みあった。

「しばらくは旅の疲れをいやすが良い。 来週から、従来の生活に戻し、自身を高めるために励むこと。 良いな?」

「「「「はい!」」」」

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