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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
53/95

カイルの退院祝い

「カイル~~! 無事かあっ?」

 いきなりけたたましい声と共に扉が開き、シリウは弾けるように座り直した。

 飛び込んできたサクを捕まえ損ねたヤツハが、二人を見て気まずい顔をした。

「こらあっ! いきなり入ったら、二人の邪魔でしょうが!」

 改めてサクの腕をつかんで出ていこうとするヤツハを、カイルの言葉が引き止めた。

「ヤツハ! いいよ。 俺も、皆と話がしたい」

「ほら、なっ!」

 サクが無邪気に笑うと、ヤツハはその頭を軽く叩いて

「だから少しは気を遣いなさいっての! 良かった! カイル、気が付いたのね?」

 と、嬉しそうにカイルのベッドの傍らに近づいた。 その顔には少し疲れが浮かんでいたが、はちきれそうな笑顔に吹き飛ぶようだった。

 サクは、シリウに助けられながらゆっくりとベッドに座るカイルを見て

「だいぶやられたみたいだな!」

 と笑った。 だがそれは、心底安心した心から出た言葉だった。 カイルは苦笑した。

「あの男は、ガンクだったんだ。 養成学校に居た頃より随分強くなっていた」

 カイルは包帯に包まれた右腕をそっとさすった。

「ガンクって、あの悪知恵だけは働いてたガンクの事? あいつ、退学になってからガラオルの手下なんかになってたの?」

 ヤツハが驚いて言うと

「オレもシリウも気付いてた。 まさかカイルがこんなに追い詰められるとは思わなかったけどな」

 サクは苦笑した。 二人とも、もしガンクならカイル一人で充分だろうと思っていたのだ。 まさかガンクがそこまで実力を上げているとは思っていなかった。

「僕たちの思惑が甘かったんです。 ホントに申し訳ない……」

 シリウはうなだれていた。 カイルは苦笑し

「シリウたちの性じゃない。 俺が勝手にラディンの加勢をしたいと思っただけだから」

 と慰めた。 ヤツハは

「そうよ。 カイルの怪我はもう大丈夫。 後は痛み止めを使いながら、自己治癒力に任せるしかないわ。 とにかく、まだ絶対安静だからね」

 と微笑みながら、カイルの傍らに立って薬の調合を始めた。

「カイル、痛みはどう?」

 と聞くと、カイルは少し顔をしかめた。

「まだ少し……指先の感覚が鈍いんだ」

「だいぶ締め付けられてたみたいだったし。 しばらくは無理しないように!」

 強い口調で言いながら、ヤツハはカイルに飲み薬を与えた。

「ありがとう、ヤツハ。 ずっと看病していてくれてたみたいで……」

 おとなしく薬を飲み、礼を言うと、ヤツハは顔を赤らめた。

「いいのよ、そんなの……あたしに出来ることはこれくらいしか無かったから……」

「そう言えば、ラディンは?」

 カイルの言葉に、三人は扉の方を見た。 誰も居なかったが、皆は気配を感じていた。 ヤツハが小さく笑ってパタパタと走っていき、廊下を覗き込むと、そこには壁に寄りかかって静かに俯いているラディンがいた。 ヤツハが明るく

「ラディンもさ、中に入っておいでよ!」

 と声を掛けると、ラディンはゆっくりと顔を上げ

「あ、ああ……」

 と戸惑った表情をしながら部屋の中へ入った。

「ラディン、俺をここまで連れて来てくれてありがとう。 よくこの村って分かったね」

 カイルが微笑むと、ラディンは照れたように頬を赤らめ、視線を外して

「いや、俺はただ、借りを――」

 と言いかけると、サクがその肩を抱いて言葉を遮った。

「貸し借りの話は無しだって言ったろ? ラディンはオレたちの仲間なんだから! 皆もいいだろ?」

 三人の答えは決まっていた。

「勿論」

「ああ」

「喜んで!」

 それぞれが頷き、声を掛けた。

「お前ら……いいのかよ?」

 ラディンは驚き、皆の笑みを見ながら鼻を擦ると、やっと照れ笑いを浮かべた。

 

 

 それから数日の間、カイルの状態を見ながら、四人は病院とパンナの世話になった。

 サクはラディンと訓練に明け暮れ、シリウは穏やかに読書をし、カイルはヤツハの手当てを受けながら、怪我の回復に専念した。

 四人はソラール兵士養成学校を出てから、しばらくぶりの穏やかな時を過ごした。

 やがてカイルが歩けるようになり、退院をした夜、パンナは手料理を用意してカイルを迎える用意をした。

 サクやシリウ、ラディンに交じって、先に具合もすっかり良くなったザクラスも、パンナにあれこれと指示されてバタバタと動き回っている。

「俺も病人だったんだから……」

 と言うと

「男が泣き言を言うんじゃないよ! あんたの命の恩人を、そんな気持ちで迎える気かい!」

 とパンナの怒号が飛んだ。 大黒柱が悲惨なものである。 やがてヤツハに付き添われてカイルがやってきた。 足取りもしっかりしている。 顔の腫れもすっかりひき、少しのあざが残るだけだ。

「すごい!」

 家に入るなり飾り立てられた部屋の様子に驚くカイルを、パンナは早速テーブルへと促した。

「まったく、男は雑でしょうがないよ。 本当はもっと綺麗に盛り付けるつもりだったんだけどね……」

 パンナは奥から大皿を持ってきた。

「自分たちでやりたいって言うもんだから……」

 見ると、大皿の上には大きなケーキが乗っていて、色とりどりのフルーツやクリームで不均一に盛り付けられた中央には、チョコペンで書いたようなメッセージが、いびつな文字と絵で飾られていた。

 

 

『おかえるなさい、カイル』

 

 

「ふっ! 一体誰が書いたんだよ?」

 笑いながら言うカイルの前で、サクとラディンが肘を突きあっている。

「でも、ありがとう。 こんな俺のために。 嬉しいよ!」

 満面の笑みは、今までサクもシリウもヤツハもラディンだって見たことのない眩しさを放った。 初めて会った時の仏頂面とは打って変わって、カイルの笑顔は柔らかく優しいものになっていた。

 それは、カイル本人も気付いていないことだった。

「お帰りなさい、カイル!」

 ヤツハが言うと、サクとシリウ、ラディンも笑顔で頷き、カイルの退院祝いは和やかに始まった。

 皆パンナの手料理に舌鼓を打ち、久しぶりに集まった仲間たちは盛り上がった。 ザクラスも久しぶりに帰ってきた息子サクの冒険話に、興味深く聞き入った。

 ザクラス自身も若いときは兵士をめざし訓練をしていたのだが、腰を痛め断念するしかなかった。 男としては、出来れば兵士として強くありたいもの。 それが出来なかった心の痛みは、サクへと受け継がれた。 ザクラスからそんな話を聞いたわけではなかったが、サクは心のどこかで察知していたのかもしれない。 ザクラスは、サクが元気に話す姿を目を細めて見つめていた。

 

 やがて料理も無くなりかけた頃、シリウが切り出した。

「では、カイルがもう少し回復したら、ヴィルスへ向かいましょう。 学校へはまだ何も連絡していませんし、明らかに進路も外れている……きっと心配しています」

「そうだな。 でもガラオルのことは、どうするんだ?」

 ヤツハも緊張した顔をした。 シリウは眼鏡を上げた。

「今の僕たちには、知識が足りません。 それに実力も。 ここは焦らずに、養成学校に戻ってレベルをアップさせることを最優先したほうがいいと思うんです」

 その時、カイルは強く言った。

「俺のことなら、もう心配ない。 明日からでも出発出来るよ!」

「ちょっとあんたたち! 一体何の話をしてるんだい? また危険なことをしようとしているんじゃないだろうね?」

 パンナが焦りながら言葉を挟んだ。 するとザクラスが彼女の肩を押さえた。

「パンナ。 彼らはもう立派な経験をしてきている。 もう子供じゃないんだ。 見守ってやろうじゃないか!」

「でもあんた……」

 心配そうに眉をひそめるパンナに、ザクラスは深い輝きを持った瞳でしっかりと頷いた。 そしてサクたちを見ると、ゆっくりと話した。

「私のかつての夢を君たちが叶えてくれることは、とても嬉しい。 だが、今君たちがしようとしていることは、大人でも難しいことだ。 生半可な努力では絶対に叶えられないだろう。 ただ、こんなに深い絆に繋がれた仲間たちがいる。 一人じゃないことを心に留めなさい。 そして……」

 ザクラスは微笑んだ。

「私たちを実の親だと思って、何かあれば頼ってきなさい」

 サクはじっと父ザクラスの顔を見つめていた。 シリウたちの心に、ザクラスの言葉が深く染み込んだ。

「そうか、サクたちには、帰る場所があるんだ……」

 ふとしたラディンの呟きに、一同は息を飲んだ。 それに気付いたラディンは、わざと肩をすくめて唇を尖らせた。

「俺には帰る場所が無いからさ」

 そうおどけて言うラディンに、サクがわざと大きな声で

「そんなのこれから作ればいいじゃないか? 養成学校に入るのが嫌なら、ヴィルスの町に住めばいい。 仕事だってすぐに見つけられるだろうしさ!」

 とフォローした。

「そうよ! ヴィルスになら、あたしたちはいつだって会いに行けるし!」

 ヤツハも微笑んだ。 すると、パンナが口を開いた。

「そうだ! 行くところが無いなら、うちに居れば?」

 サクが驚いて母パンナを見た。

「何言ってんだよ?」

 パンナはザクラスと顔を見合わせて微笑んだ。

「この村に居てくれれば、心強いしね! 実際、頼りになる若者が少なくて困ってるんだよ」

 教養や稼ぎを求めて栄えた町に行く若者は多い。 サツフゥル村も、そんな状態だった。 そして、帰って来る者も多くない。 若く強い者が居てくれれば、万が一、流族や獣たちに村を襲われても対処できる。

 そんな状況も話しながら、ザクラスとパンナはひとつの案を出したのだった。

 ラディンは二つの選択を迫られ、困惑していた。

「考えがまとまるまで待ってるからさ! ゆっくり考えたらいいさ!」

 サクがラディンの肩をポンと叩くと、安心したように頷き

「そうする」

 と答えた。

 静かで穏やかな夜が村を包んでいた。

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