祭壇崩壊!
「!」
驚くクロウチの視線の先に、足を上げたままのラディンが立っていた。 口角を上げて細い目で見るラディンを
「神聖な儀式を、壊すおつもりですね?」
と冷たい目で射ぬくように見つめ、クロウチは両手を軽く下げて立っている。 その足元には、クロウチの呪文が解かれて苦しみから解放されたザクラスが、息を荒げて倒れこんでいる。
「なぁにが神聖な儀式だ! こんなの、ぶち壊してやるよ!」
「お前、何を言ってるのか分かってんのか?」
仲間の男が背後から羽交い絞めにしようと襲ったが、ラディンは体を曲げて簡単にかわすと、顔面に拳を叩き入れた。
「ぐあっ!」
と顔を押さえて倒れこむ男。
その時、ラディンの傍らにサクとシリウが立った。
「待たせたな!」
「おせえよ!」
拳を握りながら言うサクに、悪態を吐くラディン。
「お前の合図が分かりにくいんだよ!」
とサクが返した。 だがその顔は、信頼を寄せた穏やかな表情だった。 その奥で、シリウは眼鏡を上げて微笑んだ。 サクは拳を打ち合わせた。
「暴れてもいいんだよな?」
「存分にどうぞ!」
「よっしゃ!」
サクは嬉しそうに数回両拳をぶつけ合わせた。
「ガラオルは今、瞑想に入ってる。 しばらく動けないはずだ!」
ラディンの言葉に、周りの男たちにも緊張が走った。
「お前ら、どこから来たんだ? ラディン、裏切ったのか!」
「ただで帰すわけにはいかないな!」
それぞれに武器を握りサクたちを囲む男たちに、迎え撃つ準備は万端だった。 なにしろ爪を噛んでずっと待ち続けていたのだから。
「ガラオル様は、やはり、あなたを許すべきではなかった」
クロウチの冷たく静かな言葉に、三人がその方を見ると、クロウチは足元に転がるザクラスにナイフを向けていた。
「あなた方のお目当てはこの男でしょう? 儀式が壊された今、この男はもう使えない」
「じゃあ、円満に返してもらおうか!」
サクは言うが早いか、クロウチに突っ込んでいった。
「くっ!」
いきなり向かってくるサクに意表をつかれたクロウチは、辛うじてサクの拳を避けて後退した。
「わっ! 私はっ、人質にナイフを向けていたのですよっ!」
戸惑うクロウチに
「そんなの関係あるかっ!」
とさらに向かっていくサク。
「サクはそういう人なんですよ」
二人が離れたのを見計らって、シリウがザクラスの手足を繋いでいた鎖にナイフを突き刺した。
「はっ!」
気合いを入れると、鎖は重い音を立てて跳ね切れた。
「サクが……何故ここに……? ゴホッ!」
言い掛けるザクラスの口から鮮血が吐き出された。 シリウはザクラスの腕を取り、肩に担いで立ち上がった。
「詳しい話は後です! 今はここから逃げることに専念してください!」
静かに、けれど強い口調で言い、懐から錠剤を取り出して飲ませた。
「強壮剤です。 その場しのぎですが、村まではなんとか持つはずです」
シリウたちの後ろでは、ラディンが迫りくる男たちを退けていた。
「援護する! でも長くは持たないからな! 早く行け!」
そう言って祭壇に立つ装飾品を、力任せに棚ごと倒していくラディン。 足を取られて倒れる男の後頭部を蹴り、背後から襲う男には肘を打ち込んだ。
「すみません! ラディンも、無理はしないでくださいね!」
シリウはザクラスを肩に担いだまま広場を飛び出し、林のなかに消えていった。
「待てっ!」
クロウチが目を見開いて、シリウたちの背中に向かってナイフを投げた。 だがそれは、横から放たれた気の弾によって打ち落とされた。
「間違えるな! お前の相手はオレだぜ!」
サクがクロウチの頬を殴り、弾き飛ばした。
「くああっ!」
軽がると吹き飛び、転がったクロウチの身体は、粉々に破壊された祭壇に土煙を上げながら突っ込んだ。
「くっ……!」
クロウチは後ろ手に何かを探った。
「! サク、気を付けろ!」
ラディンがクロウチの不審な動きに気付き、サクに声を掛けた。
「何か仕掛けるつもりだ!」
サクとラディンは背中合わせに立ち、同時に周りの様子を伺った。 男たちもジリジリと二人に近づいていく。
その時、一瞬空気が冷え、風が止まった。
「なんだ?」
サクの体に悪寒が走った。
その時、倒れた祭壇の棚が盛り上がり、山のようになったかと思うと、中からゴミを押しのけるように巨大な獣が現れた。
「んだよ、あれ!」
驚くサクに、クロウチは腰を抜かして座ったまま、にやりと答えた。
「ゴルム。 この祭壇の守り神です。 起こしたが最後、すべてを破壊し食い尽くすでしょう! あなたたちもこの祭壇も全て、チリとなり消滅するのです!」
ゴルムの肢体には茶色い剛毛が覆いつくし、首元まで裂けた口からは唾液と共に、鋭い牙が月明かりに輝いている。 体全体に力をこめて咆哮を上げると、空気が歪み、木々が震えた。 その咆哮の振動は、林の中を走るシリウにも届いた。
シリウはザクラスの身体をしっかりと支えながら、振り向いた。
『サク……ラディン……』
ザクラスは息を荒げ、立っているだけでもつらそうだ。 シリウは心を鬼にして、一路サツフゥル村へと向かった。
祭壇の広場では、男たちが次々と洞穴へと逃げこんでいた。 ゴルム出現に、自分たちではどうすることもできないと感じ取ったのだろう。 ガラオルが騒ぎに気付いて現われる前に、サクたちもここから逃げ出さなくてはならない。
「一気に片を付けるぜ!」
サクとラディンは顔を見合わせて拳を握った。 ゴルムはその長い腕を振り下ろし、二人はソレを素早い動きで避けた。 ゴルムは二人に照準を合わせたように、追い回った。 太い足から伸びる爪が、広場の床に深々と傷を残し、破片を散り放つ。
「はははははぁっ! 逃げろ逃げろ! そして自分のしたことを悔いるのだぁっ!」
クロウチは狂ったように笑っていた。 その顔面に、ゴルムが蹴り上げた瓦礫が当たり、下敷きになると、それ以上物言わなくなった。
「逃げ回るのにも飽きたな!」
「サク! お前、余裕だな!」
ラディンが額に汗をたらしながら、飛んでくる瓦礫やゴルムの爪を避けながら言うと、サクはラディンに笑った。
「ラディン! 少しだけ時間作れるか?」
「えっ?」
「オレに時間を作ってくれ! 動き回ってちゃあ、力が溜まらねえ!」
軽がると障害を避けながら、サクがラディンに頼んだ。 ラディンはぐっとゴルムを睨み
「分かった! 任せとけっ! 頼むぜ、サク!」
と、迫りくるゴルムの前に立ちはだかった。
「いざ目の前にくると、でかいなぁ!」
ラディンの三倍はあろうかという巨体に一瞬ひるみかけたが、目を閉じて精神を集中させるサクを見つめ、信じることにした。
「お前の相手は俺だぁ!」
半ばヤケになって叫ぶラディンを、ゴルムは巨体を揺らしながら追う。 ラディンはできるだけサクがゴルムの視界に入らないように、少しずつ遠くへと誘導していった。
ガリッ!
「うわあっ!」
足元の瓦礫が崩れ、ラディンの体がバランスを失った。
「っ!」
倒れながら慌てて振り返ると、目の前にゴルムが迫ってきていた。 口元から流れ落ちる唾液が、ラディンの傍らに落ちる。
「サク! もう限界だぞー!」
ラディンは両腕を顔の前で覆い、やがて訪れるだろう強い衝撃を覚悟した。
「ラディン、充分だ! 行くぜゴルム! 爆拳剛馬ぁーー!」
ゴルムの背後からまばゆい光と共に赤い馬の形になった気の固まりが襲い、ゴルムの頭は溶けるように吹き飛ばされた。
「! すげえ……」
ラディンが首のないゴルムを見上げていると、その体がバランスを失い、ゆっくりとラディンの上へと倒れはじめた。
「えっ! うわぁっ!」
慌てて逃れ、立ち上った土煙が治まると、その向こうにはサクが技を放った両手を構えたまま立っていた。
「サク……お前って、すげーんだな!」
ラディンが呆然と言うと、サクは背を伸ばし鼻をすすって笑った。 ラディンはサクに駆け寄ってその肩を叩いた。
「よし、この調子でガラオルの野郎もやっつけて--」
「ダメだ!」
「? なんでだよ?」
ラディンが意表を突かれた顔をすると、サクは固い表情をして言った。
「今はダメだ。 あいつの中には、まだヤツハの父ちゃんが生きてる。 今倒すわけにはいかねえ!」
「だけど! 今ガラオルは瞑想中で動けねえはずだ! このチャンスをみすみす逃すのかよ?」
ラディンが焦って言うと、サクはラディンを強い眼差しで見つめた。
「それでも! 今はダメだ!」
「サク……」
ラディンはサクの真っすぐな視線に言葉を失った。
「今のオレは、ヤツハの気持ちが分かる。 オレもヤツハと同じように父親をなくして、あいつの中に生きてると知ったら、オレもまずは父ちゃんを助けたいと思う!」
「分かったよ……勿体ねえけど……仕方ないよな。 また絶対、チャンスはあるよな!」
ラディンが元気付けるようにサクの肩を叩くと、彼はにっと笑った。
「じゃあ、早くここから逃げ出そうぜ!」
サクとラディンは、今や瓦礫の山となった祭壇の広場を後にした。