カイル負傷……そしてラディンは……
「くそっ!取れねえ!」
思うように動かない自分の体と、なかなか緩まない細糸の束に焦るラディンに、カイルが震える声で言った。
「ラディン……」
カイルが傷だらけの左腕で指す方を見ると、倒れているガンクの近くに、彼のナイフが落ちていた。
「そうか、あいつのナイフならもしかしたら!」
ラディンは急いでナイフを拾うと、カイルを縛り付ける細糸にあてた。 乾いた音とともに、細糸はいとも簡単に切れ、カイルの身体は力なく地面に落ちるようにラディンへと倒れこんだ。
「カイル! 大丈夫かっ!」
カイルの顔を覗き込んだラディンは、その痛々しい傷に息を飲んだ。
「とにかく手当てをしないと……!」
運ぼうとするラディンに、カイルが踏ん張った。
「ラディン……俺は大丈夫だ……」
そしてふらつきながら自力で立つと、右手を数回振って、血の循環を促した。 ドス黒い右腕は、まだ冷たいままだ。 カイルは、動かせる左手で落ちている自分の剣を拾うと、懐にしまった。
「俺は先を急いでる。 手当てなんてしてる暇ないんだ!」
そのまま歩きだそうとしたカイルだったが、すぐに膝を着いてしまった。
「カイル! 動いちゃだめだ! そんな身体で、行こうとするなんて……殺されに行くようなもんだぜ!」
「だけど! 行かなくちゃならないんだ!」
腫れた顔で見上げるカイルに、ラディンは説得するように言った。
「あの二人が向かってんだろ? あいつらも強いから、絶対大丈夫だ! 逆にお前が行ったら足手まといになるだけじゃねーか! 仲間のことを思うなら、無理するんじゃねーよ!」
するとカイルは目を丸くして、ラディンをじっと見つめた。
「な、なんだよ?」
思わず赤くなって言うラディンに、カイルはふっと微笑んだ。
「お前が、仲間のことを思うなら、なんて言うからだ」
「ばっ! そんなこといいんだよ! とにかくそんな身体で戦うとか言うな!」
ラディンにも、何故こんなことを言うのか分からなかったが、目の前のカイルの事を心配に思うことは確かだった。 カイルは自分の身体の限界を感じながら、かろうじて声を出した。
「……じゃあ、あいつらのこと、頼んでいいか?」
「俺、に?」
戸惑うラディンに、カイルは小さく微笑んだ。
「あいつらだけでも大丈夫だろうけど……な」
そしてカイルは、気を失って倒れた。
「カイルっ! カイル、しっかりしろっ!」
ラディンはカイルの身体を支えて声を掛けたが、もう答えはなかった。
その頃、サクとシリウはガラオルのアジト近くに着き、様子を伺っていた。
小さな洞穴の入り口には、二人の見張りが退屈そうに立っている。 それ以外は鳥のさえずりと風の音に和む、静かな山の中だ。
「突っ込むか?」
今にも飛び出していきそうなサクの肩を押さえて
「サク、もう少し様子を見ましょう!」
と言いながら、シリウは後ろを気にした。 ラディンを心配して引き返したカイルが心に引っかかるのだ。 そんなシリウに、サクは明るい声で言った。
「カイルなら大丈夫だ! あいつはあんなハゲに倒れる奴じゃないぜ!」
「気付いていたんですか?」
驚くシリウに、サクは鼻をこすった。
「匂いがした! あいつ、養成学校にいた時、なんか目について仕方なかったんだ。 いつもズルいことばっか考えてたから、一度ぶん殴ってやろうと思ってた!」
サクは拳を打ち合せた。 いつも真正面から立ち向かうサクにとっては、苛立つ対象だったのだろう。 シリウはそんなサクに笑った。
「カイルに任せておけば大丈夫でしょうね? 僕たちは、これからのことを考えなくては!」
シリウはカイルの事が気掛かりだったが、眼鏡を上げて気持ちを切り替えた。 カイルはサクとシリウに託してラディンを救いに行った。 以前なら考えられない事だった。 彼も変わってきたということだろう。
その時、後ろの方で草むらが揺れる音がした。
「カイルか? 敵か?」
サクとシリウは身構えた。 すると、二人の前に勢いよく現われたのはラディンだった。
「おっ! お前っ!」
「カイルは?」
驚く二人に、ラディンは足早に近づいて見張りの様子を伺った。
「カイルは大丈夫だ。 今サツフゥル村に居る」
「ケガをしたんですか?」
詰め寄るシリウに、ラディンは眉をひそめて指を唇に当てた。
「しっ! あいつは強い! 安心しろ、大丈夫だ! 俺たちには、やることがあるだろ?」
「俺たち?」
サクが繰り返すと、ラディンは
「あんたらには借りをたくさん作っちまった。 俺に出来るかぎりの協力は、させてもらう! こっちだ!」
ラディンは二人を手招いて素早く腰を上げた。
「どこに行くんだ?」
見張りのいる洞穴から離れていくラディンに、サクは怪訝な顔で尋ねた。 ラディンは振り向かずに言った。
「あの出入り口から行っても、敵を大勢群がらせるだけだ。 裏から出た所に、儀式をする場所がある! ガラオルはそこで、獲物に月のパワーを貯えさせてから頂くつもりだ!」
「よく、知ってますね?」
シリウの問いに
「俺は実際に見たことは無い。 けど、その場所は神聖な場所だからって、掃除とかやらされたし。 話は仲間だった奴らに聞いたんだ。 皆、気味悪がってたけどな」
『仲間だった……』
シリウは、ラディンの言葉を心の中で反芻すると、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか、では、急ぎましょう!」
サクも強く頷き、三人は木々の間を身軽に避けながら、山を上り始めた。 やがて中腹辺りでラディンは立ち止まり、二人に
「あそこだ」
と指し示した。 山の斜面を切り崩してちょっとした広場があり、祭壇らしき棚と、両脇には豪華な花が飾られている。
何人かの男たちがうろうろと準備に追われているが、ガラオルの姿は見えない。
「今夜、あそこで捕まえられた男は儀式を与えられ、ガラオルの胃のなかに入る。 あんたたちが、さらわれてった男とどういう関係か知らないけど、助けるんだろ?」
ラディンが淡々と言うと、シリウが静かに言った。
「サクの父親なんです」
ラディンはハッと息を飲んでサクを見た。
「悪い! 変なこと言っちまったか?」
サクはにっと笑って見せた。
「いや! 気にすんな! で、助け出す方法はあるか?」
ラディンは頷いた。
「あんたたちは、ここで待っててくれ。 そして合図を送るから、タイミングを見計らって助けだせ!」
そう言って立ち去ろうとするラディンに
「あなたは?」
と言うシリウの言葉に、ラディンは振り返って親指を立てて微笑んだ。
「必ず隙を作る! あとは、あんたたち次第だぜ!」
そして、ラディンは姿を消した。