ガンクとカイルの死闘!
「なんだこれはあぁっ!」
いつの間にか、ガンクとカイルを繋ぐ細糸束は木々の間を蜘蛛の巣のように張り巡らされ、ガンク自身の身体にも巻き付いていた。
「随分と頑丈な糸を作り出せるようになったもんだな! だが、これでお前も身動きが取れなくなった!」
カイルは木の枝に立って見下ろしている。
「ふんっ! こうなったら、これは捨てるしかないな!」
ガンクはカイルを睨みながら見上げ、細糸を握る手を顔の辺りまで上げ、左手に持ったナイフでザクッと切り落とした。
「何っ!」
驚くカイルの下で、身体に巻き付く糸をいとも簡単に切り落としていくガンク。
「さあ、これで俺は自由だ!」
ガンクは両手を広げて舌を出し、嘲笑った。
カイルの腕に巻き付いている糸は、さっきも試した通り、切れるわけもなく、散々伸ばした糸が締め付けを増し、右腕は血の気を失いつつあった。
「わははは! これは俺が作り出したモノ。 そう簡単に切れてもらっては困るんだよ!」
勝ち誇った顔でナイフを構えたガンクは、その自由になった体でカイルへと襲い掛かった。
「くっ!」
剣で応戦するカイルだったが、力の入らない右腕を利き腕でない左でカバーするリスクは大きかった。
「どうしたどうした? そんなに弱かったんですか? 先輩っ!」
剣がぶつかり、目の前で弾ける火花。 カイルは足を滑らせて地面へ落下した。
「っう!」
その身体は、地面すれすれの所で止まった。 宙を揺れるカイルの頭上からガンクの声が降った。
「危ないところでしたねぇ、先輩!」
木の枝に座って見下ろすガンクの手には、しっかりと細糸の束が握られていた。 カイルは地面に落下する直前に、ガンクに捕まったのだ。
「くそっ!」
もがいたところで、身体は虚しく宙を泳ぐだけ。 吊り上げられた右腕は、既に感覚が無くなっていた。 カイルはガンクを睨んだ。
「おお、怖い怖い。 綺麗な顔が台無しですよ!」
ガンクは手際良く細糸を枝に固定すると、カイルの前に降り立った。 その顎を撫で上げ、いやらしく微笑むガンクに、カイルは渾身の頭突きを食らわせた。
「ぐああっ!」
「汚ねえ顔を近付けるな! ハゲ!」
「ハッ……!」
ガンクの目が見開かれた。 フードが外されたガンクの頭部は、まだ二十歳前だというのに額は異様に広く、にじむ汗に輝いていた。 養成学校時代から、ガンクはそうからかわれていた経歴があった。
「そっ、それは禁句だぞ! てめぇ~!」
ガンクの手がカイルの胸ぐらを掴み上げた。
「すんなりとは殺してやらねえからな!」
怒りに震える声で睨みをきかせたガンクの平手がカイルの頬を打った。 そこが赤く腫れる間もなく、腹に拳を叩きつけ、防戦する左手はもはや何の助けにもならなかった。
「ははははは! ざまぁみろ!」
さも楽しげに拳や蹴りをカイルの身体に叩きつけ、まるでサンドバッグのように揺れるカイルの体。
ガンクの足がカイルの脇腹を捉えたとき、カイルの口から一際大きな声が上がった。 ガラオルとの対決の時に負傷した脇腹は、まだ癒えていなかった。
「うああっ!」
「?」
苦痛に歪む顔。 腫れあがった頬。 唇からは一筋の赤い血が流れ落ちている。
「なんだ? もう怪我でもしてんのか?」
ガンクは、脇腹の様子を見ようと、カイルの服の裾を捲り上げようとした。
「ガンク! それ以上カイルに触れるな!」
「!」
ガンクの視線の先には、ラディンが立っていた。 彼の息は上がり、その額からは汗がにじみ出ていた。 ふらふらと立っている足元には、さっきまでラディンの身体を拘束していた細糸が力なくとぐろを巻いて落ちていた。
「ほう、縄脱けの術を使ったのか? そういえば、得意だったもんな、お前」
特に驚いた様子もなく冷たい視線を送るガンクに、ラディンは輝きを讃える瞳で睨んだ。
「クセになるから本当はやりたくねえんだけどな、お前のやり方が気に食わねえんだよ!」
口だけはどうとでも動くが、ラディンの身体はまだ充分に動ける状態ではなかった。
『さて、どうするか……』
ラディンは力なくだらりと下がる腕に力を入れて感覚を確かめたが、わずかに震えるだけだった。 自由なのは、ダメージのなかった片方の腕と両足。
『なんとかガンクの動きを封じなきゃ……!』
ラディンは隙を探りながらじっとガンクを睨みつけていた。 なかなか動きだそうとしないラディンに、ガンクはふっとにやけた。
「まぁ、その身体で俺に敵うと思う心意気だけは、認めてやるよ!」
そしてラディンに向き直り、歩き始めた。
長い舌を揺らしながらゆっくり近づいてくるガンクを睨みながら、ラディンは動けずにいた。
その時、空気が裂ける音と共に乾いた音が林のなかに響いた。
「ぐあっ!」
突然ガンクが地面に倒れこみ、そのまま気を失った。
「カイル!」
ラディンが驚いて見る先に、カイルが右腕を吊られたままで大きく揺れていた。 カイルは吊られたまま自らの体を揺らし、ガンクを背後から襲い、その足が、見事にガンクの延髄を捉えたのだった。
「かはっ!」
衝撃で血を吐くカイルに駆け寄り、ラディンは動かせる腕でカイルを縛り付ける細糸の束を外そうとした。 だが、深く食い込んだ細糸の束は指一本も許さなかった。