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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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サツフゥル村の豪快かぁちゃん

「うわぁ! 懐かしいなぁ!」

「ホント! 何年ぶりかしら?」

 目を輝かせて村に入ったサクとヤツハの後ろ姿を見ながら、ついていくシリウとカイルは顔を見合わせて微笑んだ。

 サツフゥル村は、牧場や果樹園が広がるのどかで穏やかな雰囲気に包まれ、とても近くに惨悪な流族が巣食っていたとは信じがたいものだった。 点々と建つ木製の家や、細く長い道が続く村の風景が、サクとヤツハにはとても懐かしいものだった。 なにしろ、ソラール兵士養成学校に入学してから数年、一度も帰省していないのだ。

「サク!」

「ヤツハ!」

 外で作業していた村人たちが、すぐに二人に気付いて近寄ってきた。

「もう帰ってきたのか?」

「ヤツハちゃん、大きくなったわね!」

 口々に言いながらサクとヤツハを囲む村人たち。 次々に声を掛けられ、二人はしどろもどろになっていた。 やがてその中心から大手を振ってサクがシリウたちを呼んだ。 すると、カイルの傍らに立つディックを見た一人の男が

「ディンゴだ!」

 とひどく驚いた。 無理もない。 成長すれば、体長三メートルを超すまでになるディンゴは、その凶暴な性格もあって、武器を持たない普通の人々にとっては害のある敵でしかないのだ。 恐れて後退りをする村人たちに、ヤツハが説得した。

「大丈夫よ。 ディックはあたしたちの仲間なの。 とても優しい子よ!」

 ヤツハに手招きをされたディックは、軽い足取りでヤツハに駆け寄った。 途端にヤツハたちを囲む輪が大きくなり、怪訝な村人たちの視線が注がれたその中心で、ヤツハとディックは仲良く寄り添った。

「こいつ、賢いやつだから、森にいる奴らみたいに無闇に襲ったりしないんだ!」

 サクが言うと、ヤツハはきょとんとした顔で言った。

「あれ、サク、犬が苦手じゃなかったの?」

「そんなことあったっけ?」

 と頭をかきむしりながらとぼけるサクに、シリウが笑った。 それに気付いたサクが、二人を村人たちに紹介した。

「シリウとカイル! オレたちの仲間だ!」

「よろしく」

 軽くお辞儀をして微笑む二人に、村人たちの反応も良かった。 二人とも賢そうな雰囲気で、信用できると思ったのだろう。

 

 

「サク!」

 

 

 突然大きな声が場の空気を引き裂いた。

「か……母ちゃん!」

 サクは一瞬怯えたように体を震わせた。 村人たちの間を押しのけるように、恰幅の良い女性が現れた。 彼女はサクの顔を見た途端に

「帰って来るなら来るで、連絡くらいよこしな!」

 と言いながらげんこつを作り、サクの頭を勢いよく叩いた。

「痛ってえ~~!」

 大きな乾いた音と共に、サクの悲鳴が響いた。

「懐かしいなあ、このやりとり!」

 村人が笑いながら話した。

「サクが出ていってから、パンナさん、どこか元気なかったんだよな!」

「そうそう。 子供たちが悪さをしても、前みたいに激しく怒ったりしなくなったしな!」

「そ、そんなことないよ! さあ皆、うちで休んでいきな! 疲れただろう?」

 はぐらかしながら言うサクの母パンナの後をついて、四人と一匹はサクの家へと向かった。

 

 サクの家は木で出来た簡素なもので、必要なものしかないような、シンプルな内装をしていた。 村の様子から、どこの家もこんな感じなのだろう。 外では、すっかり仲良くなったディックと村の子供たちが走り回っていた。

「何にもないけど、とりあえずこれを飲んで。 今日はゆっくりしていけるんだろ?」

 パンナがそれぞれに温かいミルクを渡した。 白く揺れる水面から、優しい湯気が立っている。 一口飲むと、なんとも優しい甘味が心まで潤すようだった。 三人がホッとしている横で

「オレ、これ嫌いなんだよっ!」

 眉を寄せてあからさまに嫌がるサク。

「あんたは昔から好き嫌いが多かったからね! だから背が伸びないんだよ!」

「関係ねえよ! ちゃんと肉とかたくさん食うぞ!」

「肉ばっかりじゃなくて、何でもバランス良く食べるんだよ!」

 そんなやり取りを、半ば呆れながら見ているシリウたち。 ヤツハも笑いながら二人を見ている。 ヤツハにとっては、これも懐かしい風景だった。

「ねえパンナおばさん、ザクラスおじさんはどこに行ってるの?」

 パンナと共に食事の準備をしながら、ヤツハが尋ねた。 ザクラスとは、サクの父親だ。 もうすぐ夕食時だというのに、ザクラスは姿を現さない。 パンナは食事の用意をしながら答えた。

「父ちゃんは、今ちょっと村の外に出かけてるんだよ。 明日にでも戻ってくると思うけどね」

 パンナは明るく言って、こんなに大人数分の食事を作るのは久しぶりだと、嬉しそうに腕を奮った。

 

 その夜は、サクの家に泊まることにした。

 一つの部屋に雑魚寝をすることにしたサクたちは、久しぶりに屋根のある場所で安心できる眠りを約束された。

 やがて皆が寝静まった頃、カイルがふと目を覚ますと、ヤツハが皆を起こさないように布団から出て、外に出ていくのを目撃した。

「?」

 気になったカイルは、自分もそっと布団から抜け出して後を追った。

 隣のサクは、気付くことなく大きな寝息をたてている。 久しぶりの自宅に、すっかり心が落ち着いているようだ。

 シリウは村の長に用があると言ってまだ帰ってきていない。 話に盛り上がって、一泊することになったのかもしれない。

 カイルはヤツハに気付かれないように物陰に隠れながら、彼女の後を付けて行った。 外灯などない。 月明かりにぼんやりと照らされた道を、ヤツハは慣れた足取りで歩いていく。

 

 やがてヤツハは、一軒の家の前で立ち止まった。 木製の小さな一軒家はカーテンもなく、中は暗く、誰も住んでいないようだった。

 ヤツハはその家の前で、入ろうともせず、立ったままじっと見つめていた。 それを見守るカイル。

 その時、人影がヤツハに近づいた。

「ヤツハちゃん、ここだと思ったよ」

 それはサクの母親、パンナだった。 寝巻に上着を羽織ったままで、パンナはヤツハに微笑んだ。

「おばさん……」

「何も隠れて来ることはないんだよ。 ここは、ヤツハちゃんの家なんだから」

 村の外れにあるこの小さな一軒家は、ヤツハが育ったところだったのだ。 ヤツハは俯いた。

「でも……あたし、ここにはもう帰ってこないつもりで……」

 パンナはヤツハの肩を軽く叩いて通り過ぎると、家の扉の前に立った。 そして懐を探り、一本の鍵を取り出した。

「なに言ってんだい。 思い出がたくさん詰まったこの家を、なんで捨てようとするんだい?」

 パンナは鍵を回して扉を開けると、ヤツハに振り向いた。

「さあ、入りなよ。」

 パンナに促され、ヤツハは最初躊躇したが、ゆっくりと歩を進めた。

「あんたも隠れてないで、おいで!」

 ヤツハは、自分の後方に向かって声をかけたパンナに驚いて振り向いた。 すると、木の陰からカイルの姿が現れた。

「カイル……?」

「心配して、来てくれたんだろう?」

 パンナは優しく声をかけてカイルを呼び込んだ。 カイルは照れたように小さく頷くと、おとなしくヤツハと共に家のなかに入った。

 

 家の中は、必要なものしか置いていないシンプルなものだった。 生活の匂いは無いが、ホコリもほとんど無い。 見回すヤツハは

「変わってない……」

 と驚いた顔で言った。

「たまに来ては掃除をしてるだけだよ。 他には何も触っちゃいない」

 ヤツハとカイルは、パンナを挟むようにベッドに座った。 目の前の窓から、月明かりに照らされた草原が見える。 外は穏やかな風が吹き、静かだ。

「ヤツハちゃん、あたしはね、いつでも帰ってきていいと思ってるんだよ!」

「おばさん……」

「あんたの母親はね、いつもあんたのことを心配してた。 自分が病に冒された時も、最期まで、あんたを思ってた」

 パンナの脳裏に、ヤツハの母親が言った言葉がよぎった。

『ヤツハに、父親を会わせてはいけない……』

 だがパンナは、ずっとそれを伝えずに来た。 言ったら、ヤツハは自分の父親がまだ生きていることを知り、会いたいと思うだろう。 それだけは出来ない。 なぜなら、ヤツハの父親は……。 それは、ヤツハの母親と、古くからの友人であったパンナしか知らない事のはずだった。

「だけど、あんたは父親を探すと言いだしてしまった……」

 ヤツハは俯いた。

「そりゃあ、誰だって、自分の親に会いたいと思うのは普通だろう。 だけどね、ヤツハちゃん――」

「知ってる」

「え?」

 パンナは、耳を疑い聞き返した。

「な、何を知ってるっていうんだい?」

 パンナは動揺を隠しきれないでいた。 ヤツハは少し微笑んでみせた。

「あたし、自分の父親がどうなったのか、知ってるの。 今は、もう一度会って、真相を確かめたいと思ってる……」

 ヤツハを見つめるカイルの表情が固くなった。 カイルもまた、自分の仇と思う相手が仲間の父親と知って、複雑な心境なのだ。

 パンナは大きなため息をついた。

「……そうだったのかい……すまなかったねえ」

 申し訳なさそうに言うパンナにヤツハは首を振り、微笑んでみせた。

「おばさんの気持ちは分かるから」

 ヤツハの気丈な笑みに、パンナはホッとしたように微笑んだ。 そしておもむろにカイルの方を向いた。


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