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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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夜空の下の苦悩

「ヤツハ! しっかりしろ、ヤツハ!」

 サクの声が森の中に響いていた。

 さっきまでいた洞窟は入り口まで崩れ落ち、まだ少し土煙が漂っている。 ヤツハをそっと木の根元に座らせたサクは、ずっと彼女の顔を覗き込んでいる。 ヤツハの目は焦点を失い、唇には少しの震えが残っていた。 その瞳はサクの顔さえ映すこともない。

「ヤツハ! ヤツハ!」

 肩を揺すってみても、言葉ひとつ発することなく、目は開いていても意識がない状態だった。 ディックもヤツハの横にぴったりとついて、潤んだ瞳で見上げている。

 ヤツハを心配するサクを気にしながら、シリウは崩れ落ちた洞窟の入り口を振り返った。

「脱出する時も、それまでに倒した仲間たちの姿がありませんでしたね。 ガラオルと一緒に逃げたのでしょうか……」

「ガラオル……!」

 カイルは唇を噛んで悔しさをあらわにした。 握る拳が震えている。 シリウはそれを見ながら小さく息をつくと、眼鏡を上げた。

「もう真夜中ですし、今晩はここで野宿ですね」

 と言い、周りを見回した。

 

 崖と森に囲まれ、静かな所だ。 公道からもずいぶん外れた場所のようで、なるほど、ガラオルたち流族にとっては、ひと目につかない好条件な場所だ。

「ここがどこかも分からなくなってしまいましたね」

 シリウは独り言の様に呟き、苦笑すると、荷物を広げて寝床を作った。

「とりあえず、ヤツハを冷やさないようにしないと……」

 手際よく小枝を集めて山を作り、火を起こした。 この旅で、こういうことにもだいぶ慣れた。 ヤツハを炎の灯りが照らし、隣にサクが座った。 ディックも、火が怖いはずなのに、ヤツハがよほど心配なのだろう、火を気にしながら彼女の傍に寄った。

「あれ、カイルは……?」

 シリウはカイルが居ないことに気付き、立ち上がった。

「ちょっと探してきますね」

 ヤツハは勿論、サクからも返事はなく、ヤツハを見つめ続けるサクを確かめて、シリウはその場を離れた。

「ヤツハ……オレは一体、どうしたらいいんだよ……?」

 サクは悔しさと苦悩で声を震わせ、空を見上げた。 憎らしいほどに綺麗な夜空の下、二人を静けさが包んだ。 ディックも切ない声を出してヤツハを見つめていた。

 

 

「ここに、居たんですね?」

 シリウの声に驚き振り向いたカイルは、皆から少し離れた木の幹に座って何かしていた。

「やっぱり……」

 シリウが近づこうとすると、カイルは慌てて拒んだ。

「俺のことは心配ない! ヤツハに、付いててやれよ!」

「そういう訳にはいきませんよ。 それに、ヤツハにはサクが付いているから、大丈夫です」

 そう言い、カイルの足元にある白い布を取った。 暗がりだったが、カイルの腰の辺りが赤く腫れているのが分かる。

「ガラオルにやられた所ですね?」

 胸下まで衣服をまくり、あらわになっている患部に触れようとするシリウに、カイルは慌てて衣服を戻してシリウを睨んだ。

「自分でやる!」

 赤い顔で言うカイルに優しく微笑み、シリウは柔らかい口調で言った。

「僕は医武道も習っているので、心配いりませんよ。 怪我の手当てなら、頭に入っていますから」

「いや、そうじゃなくて!」

 カイルは頬を赤らめたまま視線を反らせた。 シリウは、あぁ、という表情をした。

「変なこともしませんから」

「当たり前だっ!」

 叫んだ拍子に、カイルの体が痛みに震え、うずくまった。

「ほら! 無理しないで。 薬草はもう用意してあるんですね?」

 布と一緒にいくつかの薬草が並び、その中からいくつかを選んで取ると、手際よく潰して白い布に塗った。

「さあ、患部を出して」

 シリウの言葉に一瞬躊躇したカイルだったが、黙って微笑みながら見つめるシリウに、やがてゆっくりと衣服を上げた。

「っ!」

 布が当たると小さくうめき声を上げたが、唇を噛んで我慢していた。 そして、静かにシリウの治療を受けた。 細い腰が白い布で巻かれていく。 シリウの手際は良く、手馴れたものだった。 よほど練習もしてきたのだろう。 さすがに学校一を謳われるほどの実力者だ。

 やがて治療が終わると、カイルはまだ赤い頬で礼を言った。

「ありがとう……」

 シリウはニッコリと微笑んだ。

「まだ無理をしてはいけませんよ」

「それより、シリウの腕の方はどうなんだ?」

 カイルが、ラディンに痛めつけられたシリウの左肘を気にすると

「そうですね、念のため、手当てしておきましょうか……」

 と残っている白い布を手に取った。

「俺が、やってやる」

 一言呟いて、カイルがその手から布を取り、薬草を手早くすり潰すと、シリウに肘を出すように促した。 ゆっくりと差し出されたソレは赤く腫れ、熱を持っていた。

「少しひどいな……靭帯までいってるかもしれない……」

 眉をよせるカイルだったが、シリウの顔があまりにも無表情だったので

「シリウ、痛くないのか?」

 と尋ねると

「痛いです。 どうも僕は、弱味を見せるのが嫌いなんですよね」

 と苦笑した。 カイルは少し笑った。 その気持ちは、カイルにも理解できるものだったからだ。 とりあえず応急処置だけをして、動きを制限しない程度に包帯を巻いた。

「カイル」

 と言うシリウにその顔を見ると、シリウはここも、と、自分の頬のキズを指差していた。

「っ!」

 少し顔を赤らめて、カイルはその頬に薬草を塗った。 シリウは

「ありがとうございます」

 と嬉しそうに微笑んだ。

「ヤツハの具合は、どう?」

 道具を片付けながらカイルが尋ねると、シリウは少し顔を曇らせた。

「まだ何も反応は無い状態です。 医者に診せるにも、原因が原因ですからねえ……」

「ガラオルがヤツハの父親ってのは……本当なんだろうか……?」

 カイルは呟いた。 シリウはしばらく黙っていたが、気持ちを振り切るように微笑みを見せた。 二人だけで考えていても答えは見つからない。 なにしろ

 

「本当に、あたしのお父さんなの?」

 

 そのたった一言だけを聞いただけなのだから。

「とにかく、二人の所に戻りましょうか」

 カイルとシリウは、立ち上がった。

 

 

 ヤツハは相変わらず、俯いたままで黙り込んでいた。

「どうですか?」

 シリウがそっとサクに尋ねると、彼は無言で首を横に振った。

「そうですか……」

 とため息をつく後ろで、カイルの顔も険しかった。

「一体、ヤツハは何を聞いたのでしょうか? 僕たちは断片的にしか聞いていない」

「ガラオルがヤツハの父親だって、ことか?」

 サクの言葉に、シリウとカイルが頷いた。 サクはヤツハの憔悴仕切った姿を見つめた。

「オレは信じねえ。 あんな奴がヤツハの父親だなんて、そんなわけねえ!」

 サクは眉を寄せた。

「僕たちもそう信じていますが……ガラオルが言った『俺様の中にお前の父親が生きている』という言葉が、どうも気になります」

「一体どういうことなんだよ? 全然わかんねぇ!」

 苛立ちながらサクが叫ぶように言った。 このモヤモヤした気持ちをどこにぶつけたらいいのか分からないのは、三人とも同じだった。

 

 

「あいつは、人を喰うんだ」

 

 

 突然の声に、三人は驚いて辺りを見渡した。 サクは立ち上がり、ヤツハを守るように構えた。 ディックが一方向に向かって吠えだした。

「! お前はっ!」

 少し離れた木にもたれるように立ち、四人を見ている人影は、ラディンだった。


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