サク軍団結成!
「今度はあんたか……」
屋上に通じる階段を上がる途中、カイルの前に居たのはシリウだった。 手摺りにもたれ、長い足を投げ出す彼をすり抜け
「何度来ても同じだ」
と屋上への扉を開いた。 眩しい日差しが一瞬視界をさえぎる。 カイルはその眩しさにも慣れた顔で外に出ると、いつも座っている場所に向かった。
「サクは、たまに核心を突くんですよ。 勘が鋭いというか」
カイルはついてくるシリウを気にする風もなく歩を進めた。 シリウは慌てる素振りもなく、距離を保ちながらカイルについていく。
「それに、あきらめが悪い。 悪い人じゃないんですけどね、少々無鉄砲な所もある。 結構、お守りをするのが大変なんですよ」
冗談交じりに言うシリウを無視して、カイルは無言でハシゴに座った。 山肌を吹き上げる風が心地よく頬を撫でる。 カイルの前髪を、撫でるように揺らしていく。
「そこで、相談なんですが……来週、試験が行われるのは知っていると思いますが、その試験の間だけでも一緒に組んでいただけませんか?」
それは年に一度特別に行われる試験で、ソラール兵士養成学校の生徒三人以上でグループを作り、協力しあいながら目的を達成しなくてはならない。 闘技場で一人で受ける試験と違い、学校の外で行う、少し規模の大きな試験だ。
「それなら、去年と同じ奴を誘えばいいじゃないか」
カイルは肘をつき、シリウを見ようともせずに返すと、彼は眼鏡を上げながらため息をついた。
「去年の彼はもうココには居ないんですよ」
思わずカイルがシリウを見た。 前髪が邪魔をしているが、少し驚いているように見えた。
「無事に卒業したんですよ」
シリウが微笑むと
「あぁ……」
と、どこかホッとした表情でまた目を背けた。
「あなたは去年、この試験を棄権していますね? 何故です?」
「言ってるだろう? 俺は誰ともつるむ気はないと」
カイルは面倒臭そうに答えたが、シリウは静かに続けた。
「あなたはそのことで、かなりの減点を受けている」
「何が言いたい? 説教をしにきたのか?」
不機嫌な表情で睨むカイルに、シリウは微笑みながら手を振って否定した。
「そんなつもりはありませんよ。 この養成学校では、個人がどう行動しようと、どう思おうと自由ですから。 ただ、僕たちは最低もう一人見つけないと、困ったことになるんですよ」
「俺じゃなくても、他に誰か居るだろう?」
カイルは立ち上がった。 もはやそれ以上は聞きたくないという態度だ。
「カイルがいいんです」
「何故だ!」
「分かりません」
「はぁ?」
「サクに聞いてみてください。 今ダメでも、今度はサクがまたあなたに頼みに来るはずです。 あなたも、しつこくされるのはイヤでしょうし、何度も断るのは面倒臭いでしょう? 試験をクリアするまで。 ね」
シリウは優しく微笑んでいる。 カイルはしばらく黙った後、ため息をひとつついた。
「やったぁ~~!」
部屋の中にサクの歓喜の声が響いた。
「カイル、よろしくなっ!」
はちきれんばかりの笑顔で手を差し出すサクを、怪訝な顔で見るカイル。
「お前が入ってくれれば百人力だぜ!」
サクはカイルの手を取って強引に握手をすると、嬉しそうに拳を握った。
「なんであんなに喜んでるんだ?」
あっけに取られているカイルに微笑むシリウ。
「さあ。 でもあれは、かなり最高潮みたいですよ」
シリウは小さく笑った。 シリウ自身も、ここまで喜びをあらわにするサクの姿を見るのは珍しいことだった。
そんなバック宙をしながら喜びを体で表現しているサクに、声が飛んだ。
「サク! あんたまた怪我するわよっ!」
甲高い声がサクのバランスを崩し、顔から着地してしまった。
「っ! いってえ~なぁ! なんだよ?」
あぐらをかいて鼻を撫でるサク。 シリウやカイルたちの前に、ひとりの少女が立っていた。 栗毛を後頭部でひとつに束ね、薄手の布で作った短めのワンピースから細く長い足がすらりと伸びている。 茶色い瞳でサクを睨む。 ヤツハ・キナソン。 十五歳だ。
「ヤツハ! これはお前の性だかんな!」
これ見よがしに赤く擦り剥けた鼻を指差すサクに、ヤツハは勢い衰えずに言い返した。
「あんたが無駄にはしゃいでるからでしょうが! 勝手に人の性にしないで!」
そう言いながら、絆創膏を懐から取り出して素早く貼った。 そして離れぎわに指で弾くと、サクは痛みでのけぞった。
「ってぇな!」
「ふんっ!」
二人のやり取りを見つめながら、カイルが呟いた。
「彼女は?」
「あの子はヤツハ。 専ら医武道に通ってます。 サクの幼馴染で、入ったときから仲が良いんですよ」
「「良くない!」」
いきなりサクとヤツハに否められ、たじろぐシリウとカイル。
【医武道】とは、闘いに盛り込んだり、万が一の怪我や病気にも対処できるように医学を学ぶ授業のことだ。 ツボや急所から、生物学、東洋・西洋医学の分野まで、幅は広い。
ヤツハは闘いに利用するよりも、人を助ける方の医学を専攻していた。 勿論、普通に闘えるだけの実力は持っている。
「あたしはねぇ、サクが怪我ばっかりしてるから、ミラン先生に言われてきただけ! 試験の間だけでも、サクを監視するようにって!」
「監視って何だよ? それじゃ、俺たちと一緒に試験を受けるつもりか?」
ヤツハは腰に手をあてて大きく頷いた。
「あたしも誰かと組んで試験を受けなきゃならないし。 ちょうどいいわ。 一緒に試験受けてあげる!」
「いやだよぅ!」
いきなり不機嫌になるサクの膨らんだ頬を両手でつぶし、ヤツハはシリウの方を見た。
「それに、シリウとも一緒だし」
と、にっこりした。 ヤツハはシリウの事がお気に入りだった。 サクをからかいに来たついでと言っては、シリウに勉強を教えてもらったりしている。 そして次に、シリウの横にいるカイルに気付くと、目を輝かせた。
「あっ! あなた、カイル・マチね? どうしてここに?」
それにはシリウが答えた。
「彼は、僕たちと組んで試験を受けることになったんですよ」
「本当に? まぁ! こんな偶然ってないわ! 校内一優秀を争うシリウとカイルが一緒に組むなんて、素敵すぎる! よろしく、あたしはヤツハよ! ヤツハ・キナソン!」
ヤツハは、握手しようと半ば強引にカイルの手を取った。
「え?」
一瞬、ヤツハが不思議そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。 だがカイルは、無表情のまま踵を返して立ち去ろうとした。
「どこに行くんだよ?」
サクの問いに、カイルは少し振り向き
「試験には最低三人。 もう揃ってるだろ? 俺は外れさせてもらう」
と冷たく返した。
「なんでだよ! 三人以上なら何人でもいいんだぜ! カイルが外れることはないじゃん!」
あわてて立ち上がるサク。 シリウもカイルに声をかけた。
「カイル、男が一度約束した事を破って、許されると思っているんですか?」
静かだが、気迫のこもったシリウの言葉だった。 その言葉はカイルの心に深く突き刺さった。 しばらく無言で背中を向けていたが、カイルは振り向いてため息をついた。
「……分かった」
「やったぜ!」
「カイルが仲間になるなんて、思ってもみなかったわ! 嬉しい!」
今度はサクに加えてヤツハまでが喜びをあらわにしていた。
「もう少し静かなパーティーだと、いいんですがね……」
シリウが呆れながら言う横で、カイルは表情も変えず、黙ってその様子を見ていた。
「お前、サクのパーティーに入ったらしいな!」
廊下を歩くカイルの前に、大男ナトゥが立ちはだかっていた。 周りには誰もいない。 カイルとナトゥだけが、弾かれそうなオーラを漂わせて対峙していた。
「そこに、ヤツハちゃんも入ったそうじゃないか?」
褐色の太い腕がカイルの瞳に映る。 無言のカイルに、ナトゥは迫った。
「どうだ? 俺とパーティー、変わらないか?」
と、にやけた顔で見下ろした。
「お前のその細腕じゃ、なんの力にもならんだろう? それに、最初は嫌がってたそうじゃないか。 お前ほどのいい成績なら、たかが一つ試験を落としたって大したことないはずだぜ? 去年だって棄権したんだろ?」
ナトゥの説得を黙って聞いていたカイルは、一言返した。
「断る」
「なんだと?」
今までナトゥなりに微笑んでいた頬がピクッと引きつった。 カイルは気にする風も無く、そのまますれ違おうとした。
「ちょっと待て! 今何て言った?」
見下ろしながら凄むナトゥに、カイルは表情も変えずに淡々と答えた。
「どうせ女目的なんだろう? そんな不純な動機と脅しで俺が頷くとでも思ったのか?」
「このやろう……せっかく下手に出てやってたのに……!」
拳を握り震えるナトゥを置いて、カイルは淡々と場を離れようとした。 ナトゥはその背中に、恨みぶしを吐いた。
「お前も堕ちたもんだな。 寂しくなって仲間が恋しくなったのか? 女みてぇなツラしやがっ――」
全部言い終わる前にナトゥの口がつぐみ、顎が上がった。 その喉元にはナイフの切っ先が突き立てられ、すぐ下には、カイルの睨む瞳がナトゥを捕らえていた。
「二度と『女みたい』だとか言うな。 次は殺す」
静かに言う中に、確かに殺気が漂っている。 ナトゥは小さく頷くしか出来なかった。 カイルが去った後、ナトゥは膝を折った。
『なんてぇ殺気だよ? 殺されるかと思ったぜ……』
ナトゥの蒼白な頬に、一筋の冷や汗が伝った。