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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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激闘! そしてヤツハのもとへ!

 カイルの目の前ではあちこちで土埃が立ち、木の幹には破片を飛び散らせながら傷を刻まれ続けていた。 空気の固まりが跳び回り、周りを異様な雰囲気が包んでいる。 カイルの目には、しっかりと戦う二人の姿が映っていた。

 実力は互角のように見えるが、シリウの体には次第に傷が増え始めていた。

『シリウの方が押されている……』

 カイルは手を出せない苛立ちと悔しさに唇を噛みながら、二人の様子を見ているしかなかった。 足元には、木の幹にもたれさせた気を失ったままのサクとディックが横たわっている。

 その時、ラディンがカイルたちの方へ向かってきた。

「!」

 カイルがサクたちを庇うように身構えると、目の前にシリウが立ちはだかった。 ピタリと止まったラディンは、にやけながら肩を回した。

「なかなかやるじゃん!」

「傍観者たちには手を出さない。 それが戦う者同士の常識でしょう?」

「あぁ、それは失礼しました」

 ラディンは鼻で笑った。 二人ともほんの少し息が上がるだけで、スタミナには問題なさそうに見える。 だが、確実にシリウの傷の方が目立っている。 袖が切れ、血が滲んでいる。 頬も赤く腫れているようだ。

「隙ありっ!」

 ラディンはいきなりシリウの腕を掴むと、傍の木へと叩きつけた。

「うあっ!」

 うめき声と共に、シリウの腕の関節が壊される音が響いた。

「シリウっ!」

 左肘を押さえ立つシリウの後ろ姿を、カイルは悲痛な顔で見つめた。

「大丈夫ですよ」

 シリウは少し振り返って微笑んだが、その額からは脂汗が浮いている。

「カイルさん、彼が怪我をしたので、戦線離脱ですよ。 次はあなたが来ますか?」

 ラディンは余裕の表情でシリウの真似をしながら、カイルに向かって手招きをした。

「お前!」

 カイルはたまらなくなって身構えた。 すぐにでも飛びかかれる体勢だ。

「カイル……頼みがあります」

 シリウが声をかけた。

「なんだ! 本当に選手交代か?」

 からかうラディンを無視して、シリウは眼鏡を外した。

「これを、預かっていてもらえますか?」

 笑顔で手渡すシリウに、カイルは何も言えなかった。 見えない気迫に、喉が締め付けられていた。

「大事な眼鏡なので、傷付けないでくださいね」

 傷だらけの顔で再びにっこりと微笑み、シリウはラディンへと向かい合った。

 

「これで、少しは身軽になります」

 と言うシリウにラディンが爆笑した。 腹に両手を沿え、うずくまる勢いだ。

「は、腹いてぇ! 面白いじゃんか! ま、それ位の冗談は許してやるよ! 見えない目でどうやって戦うってんだよ? ははははは!」

 涙まで流して笑うラディン。 カイルは歯痒さを必死で我慢していた。 だがシリウは平然とした顔で左肘を気にしながら腕を回した。

「さて」

 言うが早いか、シリウの姿が消えた。 次の瞬間には、ラディンの体が弾け飛んだ。 背中を木に叩きつけられ、ラディンは地面にバウンドした。

「っなんだ?」

 顔を上げるとそこにシリウの足があり、目を見開くと共に蹴り上げられた。 ラディンの体は木の葉のように舞い上がり、すぐに地面に叩きつけられた。

「ぐあっ!」

 ラディンの潰れた声が響いた。

「っんだよ? 急に動きが良くなりやがった!」

 言いながら唇を拭うと、親指が赤く染まった。 口の中を切ったのか、ラディンは赤い唾を吐き出した。 それでも気丈に立ち上がると、事もなげに立っているシリウを睨んだ。

「てめぇ、何をした?」

「別に何も。 言ったでしょう? 身が軽くなったと」

「ふざけるな!」

 ラディンはシリウへと突進した。 それを軽く脇にかわすと腕をつかみ、捻りながら地面に叩きつけた。

「あああっ!」

 ラディンの顔の大半は縮れた紺色の髪に隠れていたが、その様子は苦悶に満ちていると容易に見て取れた。 腕を固められたまま身動きができない体を震わせながら、背中にいるシリウに言った。

「折れよ! お前なら簡単に折れるだろうが!」

 シリウは氷のように冷たい目でラディンを見下ろし、無表情で掴む腕に力を込めた。

「やめろ!」

「!」

 シリウの力が一瞬緩んだ。 その隙にラディンの体がするりと逃れたかに思えたが、シリウの手は一瞬早くラディンの髪の毛を掴んで引き戻した。 再び腕を取られ、シリウに背を向けた形で座らされたラディンの前に、カイルがナイフを突き付けた。

「シリウの力は分かっただろ? おとなしくヤツハの居場所を教えろ!」

 ラディンはしばらくカイルと睨み合っていたが、やがて観念したように体の力を抜いた。

「仕方ねえ。 ……負けは負けだ!」

 

 

 シリウとカイルは身支度を整えると、早々とラディンから聞いた場所へと向かった。 途中応急処置をした左肘を気にしながら、シリウはカイルに尋ねた。

「何故あの時、止めたんですか? 腕を折った後でも、尋問は出来たはずですが」

 シリウはカイルから返してもらった眼鏡を丁寧にかけた。 カイルは少し考えて答えた。

「なんとなく……ごめん。 手出ししないのが常識なのに……つい」

 シリウはふっと笑った。

「カイルは、それでいいと思いますよ」

 シリウは責める気など毛頭無かった。 それに彼にはもうひとつ、気掛かりなことがあった。 ラディンからヤツハの居場所を聞いた後から、カイルの様子が変なのだ。 カイルの妙に焦った雰囲気に、シリウは心配に思った。

「カイル……」

「急ぐぞ!」

 カイルの瞳にはもう次のことしか見えていないようだった。

「カイル、大丈夫ですか?」

 カイルは苛立ったような口調で振り向いた。

「俺のことはいい!」

 言うなり、先に走りだした。 シリウも後に続き、二人はヤツハの居る場所へと急いだ。 事は一刻を争う。 森の中はだいぶ暗くなってきていた。

 

 

 

 一方ヤツハは、ガラオルの部屋にひとり座らされていた。 相変わらず言葉を発することはなかったが、抵抗もしなかった。 拘束されていた腕も自由になっていたが、無駄なことだと分かっていた。 ヤツハが今居るところは、洞窟のようだった。 曲がりくねった穴の中を歩かされ、一番奥のガラオルの部屋に入れられたようだった。

 まだ誰も居ない部屋には壁際に太いろうそくが二本立てられ、一本だけが火を灯され、部屋の中をぼんやりと照らしている。 静寂だけが部屋に充満していた。 床には固い御座が敷かれ、所々がほつれて汚れている。 隅に積まれている厚い布は、布団の代わりだろうか。 小さな物入れのようなタンスが端っこに佇んでいる。

 ヤツハは周りを観察し終わるとため息をついた。

『これからどうなるんだろう……』

 窓一つない穴蔵では、外の様子がまったく分からない。 さらわれてからずいぶん時間が経っているような気がする。

『とにかく、なんとかしなくちゃ……』

 そう思ってみても、さっきのガラオルの動きは、明らかに手慣れたものだった。 訓練を受けてきたとはいえ、今のヤツハに適う相手ではないことははっきりと分かっていた。

 考えあぐねていると、地面を踏みしめながら歩く足音が聞こえてきた。 それは次第に大きくなり、ヤツハに近づいてきた。

「待たせたなぁ~!」

 爪楊枝をくわえたニタリ顔のガラオルがゆっくりと覗いた。

「おや、何も食べてないのか?」

 ヤツハの前に置いてある皿の上には、手付かずの食事が乗っていた。 その前にドカリと座り、皿をヤツハへ近付けた。

「腹減ってるだろ? 夜は長いんだ。 食っておけ」

 その優しい口調はわざとらしく、ヤツハには耳障りなだけだった。 鼻先に近づけられた皿を両手で払いのけ

「あたしをどうする気?」

 と、ガラオルを睨んだ。 すると、臆することなく鼻で笑うと、にやっと微笑んだ。

「まぁいい。 女は元気なほうが好きだ」

 そう言いながら、その巨体はヤツハにゆっくりと覆いかぶさっていった。

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