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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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捕らわれのヤツハ!

 ヤツハは、身体に圧迫感を感じて目を覚ました。 ゆっくり目を開けると、乾いた土の地面が目に映り、湿りこもった空気が胸を害した。 そっと顔を上げると、屈強な二人の男が地べたに座り、向かい合ってカードゲームをしていた。

『っ! 体が動かない……』

 ヤツハは、後ろ手に柱のようなものに縛られ、座らされていた。

『な……なんなのこれ? 一体何が……?』

 次に、首の後ろの痛みに気付いた。

『そうか……あたし、森の中で誰かに襲われて、気を失って……』

 サッと血の気が引いた。

『皆はどこ? 無事なの?』

 思案しているうちに、二人の男はヤツハに気が付いた。

「あれ、目が覚めたみたいやで!」

 異常にふくれた腹の大男が、カードを無造作に地面に置くと、大きな鼻を膨らませてヤツハに近づいた。 草の匂いと体臭が混ざって、ヤツハの気分を害した。

「ラディンの奴、なかなかの上玉を捕ってきたやん。ちょっとガキやけど、いい感じやと思わん? ドウラス?」

 ドウラスと呼ばれた、これまた太った腹を持った男も、厚い唇を歪ませてヤツハに近づいた。

「そうやな。 ボスも喜ぶやろなあ、何しろ久しぶりの女やからなー」

 二人の男に囲まれたヤツハは嫌悪感をあらわにした。

「なぁ、ちょっとだけ味見したらあかんかなぁ?」

 ドウラスはいやらしく顔を歪ませてヤツハの顔に鼻を近付けた。

「あかんて、ドウラス! ボスより先に手を付けたら、殴られるどころじゃ済まされへんで!」

 大鼻の男は怯えたようにドウラスの肩を掴んだ。 ドウラスは笑いながら離れた。 口臭がヤツハの鼻を包み、思わず顔をそむけた。

「分かっとるわ。 マナスカは怖がりやであかん! オレかて死にとうないで!」

「あーよかった。 ドウラスは冗談に見えんからな」

 マナスカはホッとしたようにヤツハを見た。

「そう言えばこいつ、喋らんな。 口が聞けんのか?」

「ラディンは何も言ってへんかったけどなぁ。 おい、お前!」

 ドウラスはヤツハの顎をつかみ、自分の方へ向かせた。 物怖じせずキッと睨むヤツハに、同じように睨み返しながら

「何か喋ってみろや! 怖くて口も開かんか? ん?」

 と言って顔を揺り動かした。

「!」

 弾くように手を離すと、ドウラスは臭い息を吐いた。

「つまらんのぅ! 泣くとか喚くとかすれば、ちょっとは可愛げがあるのに!」

「ドウラス、ちょっとやりすぎやないか?」

 マナスカが心配げに言った。 ヤツハは黙ったまま俯き、吐き気と頭痛をこらえていた。

『サク……皆……助けて……一体どこに居るの?』

 ドウラスは巨体を揺らしながら、さっきの場所に座り直した。

「まぁええわ。 どうせオレらには残り物しか回ってこんからな。 マナスカ、ボスが帰ってくるまでカードゲームやろうや!」

「ふふん」

 マナスカは唇をパカパカしながらドウラスの対面に座り直し、カードを手に取った。

「さて、オレの番からやったかな?」

 再び盛り上がる二人を盗み見ながら、ヤツハは周りを見た。

 壁も床と同様に土か岩のようで、淡いランプの光を浴びた二人の巨体の影が揺れている。 家具らしいものも無い殺風景でさほど広くない空間には、男たちのむさ苦しい空気が充満し、ヤツハはますます気分が悪くなるのだった。

 

 しばらくすると、遠くの方が賑わしくなった。

 ドウラスが首を外の方へ向けた。

「フン? ボスがお帰りのようやな」

 ヤツハは気持ちを構えた。 どうにかして隙を見つけて逃げ出さなくてはならない。 後ろで縛られている腕を焦らすように動かしてみたが、全く外れる気配もない。 そうしているうちに、賑やかな声は近づき、扉のない部屋の壁に黒い影が大きく揺れるのが見えた。

 ドウラスとマナスカは立ち上がって、やって来る影を待っていた。

「久しぶりの獲物らしいなぁ!」

 ドス深い声が部屋に響き、大きな体が姿を現した。

「お帰りなさい! ガラオルさん!」

 ドウラスとマナスカが丁寧にお辞儀をした。 それを無視しながらドスンと足音を響かせて部屋に分け入るとヤツハを見ながら

「おぉ、こいつか!」

 と嬉しそうににやけ、唇を舐めた。

「ラディンが、森で捕ってきたそうです」

 ドウラスがうやうやしく言うと、横目で流したガラオルはヤツハの前まで近づくと、勢い良くしゃがんで目線をヤツハに合わせた。 拍子に起きた風が、ヤツハの顔を撫でた。

「?」

 その時ヤツハは不思議な感覚を覚えた。 ガラオルはニタニタといやらしく微笑みながら、ヤツハを舐めるように見つめた。

「ほう! なかなか良いじゃないか! 今夜は楽しみだ!」

 と笑い、ヤツハの顔を覗き込んだ。

「おいお前、名前は何と言うんだ?」

 ヤツハは答える気などさらさらなかったが、マナスカが口を挟んだ。

「ラディンが、『ヤツハ』と言うらしいと言ってました!」

 途端に、マナスカの体が吹き飛んだ。

「!」

 ヤツハは冷静を装いながらも、動揺していた。

『見えなかった……!』

 だが確かに、マナスカを吹き飛ばしたのはガラオルだった。 振り向いただけのように思えたが、確かにガラオルの腕からは波動が感じられた。

『こいつ、強い……』

 ヤツハはガラオルの顔をうかがい見た。 分厚い体に簡素な服をまとい、左目に眼帯をしている。 髭は綺麗にそっており、赤黒い肌に鍛え抜かれた筋肉が輝いている。 ガラオルは

「勝手に口を開くな! 俺はこの女から聞きたいんだ!」

 と倒れているマナスカを睨み、再びゆっくりとヤツハと向かい合った。

「……ヤツハ?」

 ガラオルは眉をひそめてヤツハの顔を見つめた。 ヤツハは訳が分からないまま、それでも視線を外せなかった。 それは恐怖のためではなかった。

『なんだろう……この感じは……?』

 しばらく見つめた後、ガラオルは口元を歪ませて笑った。

「これは面白くなりそうだな。 今夜が楽しみだ!」

 そして勢い良く立ち上がると、部屋を後にした。

 

 ガラオルが手下たちと共に去った後、倒れていたマナスカがムクリと起き上がった。 そして、赤く腫れた頬を撫でながら苦笑した。

「あぁ、びっくりした!」

 それを見たドウラスが厚い唇を歪ませて笑った。

「ほらみろ! ボスに余計なことするからや!」

 マナスカはいつもの事のように平然と立ち上がり、体に付いた土を払い落とした。

「つい口を挟んでもうた! こいつ、喋る気配ないからなあ! イライラするわ!」

 マナスカはヤツハを見下ろした。

「ま、こいつはボスのもんやからな、オレたちは見張りするだけ! ホンマ、いっつもいっつも、つまらん役所やのぅ」

 ドウラスは大きくあくびをしてあぐらをかいた。 マナスカもドウラスと向かい合ってあぐらをかき、任務に戻った……というより、カードゲームの続きを始めた。 ヤツハは出来るだけ二人を視界に入れないように俯いて、静かにため息を吐いた。

『なんだろう……さっきの感じ……』

 しばらく考えてみたが、何も分からなかった。 ただ、初対面の人物に対する感情にしてはおかしいとだけ、感じていた。

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