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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
36/95

ヤツハ奪還の為、帆走中!!

 その時、ザワッと木々が揺れた。 風の性ではないそのざわめきの中から

 “コマッテル? コマッテルヨ。 ヤサシイヒトタチガ、ボクタチノトモダチガ、コマッテル”

 と、いくつもの声が聞こえてきた。 と言うより頭に直接響く声。

「?」

 サクたちは耳を澄ませた。

「誰だ?」

 “コマッテルヨ、トモダチ、タスケナキャ、タスケナキャ”

 囁きとも思える声が、三人を取り囲む。

「この感じどこかで……」

 耳を傾けながら、カイルが呟いた。

「コダマ……ですか?」

 シリウが声に尋ねた。 すると

 “コダマ……ニンゲンハ、ソウイウ……トモダチ、タスケル”

 その時一陣の風が吹き、三人とディックは顔を覆った。 途端に、周りの枝がみるみる伸びて複雑に絡み合い、それは谷の方へと伸び続け、やがて向こう岸に繋がった。 呆気にとられる三人に

 “カゼニキヲツケテ”

 “トバサレルヨ”

 “ボクタチノトモダチ”

 “キヲツケテ”

 と幾つものコダマの声が風に舞った。

「コダマ、ありがとうなっ! 行くぞっ!」

 サクが意気揚々と声を上げ、三人は走ろうとするが、ディックは立ち尽くして尻込みをしていた。

「ディック、どうした? 早く行くぞっ!」

 サクが声をかけたが、ディックは尻尾を股の下に入れて切ない鳴き声を発している。

「もしかして……高い所が苦手なのか?」

 察したカイルが言うと、ディックは俯いて目を逸らした。

「っとに! しょうがねえなあ!」

 弾けたように舞い戻ったサクは、小さくなっているディックを軽々と肩に担いだ。

「キャウンッ!」

「バカ! 暴れたり噛んだりしたら、谷底に落とすからなっ!」

 と一喝すると、ディックは途端におとなしくなった。 サクはすぐ近くにあるディックの顔を見つめた。

「ヤツハを助けたいんだろ?」

 ディックは瞳を輝かせた。 そのひと吠えに、サクは大きく頷いた。

「さ、行こう!」

 サクたちはコダマが作ってくれた蔦の橋を渡り始めた。

『コダマ、ありがとう!』

 カイルは途中で振り返り、森を見渡した。 木々は普段どおりに風に揺れ、何の気配も感じなかった。

「カイル?」

 振り返ったシリウが声をかけると、カイルは森に微笑みかけて踵を返した。 三人は谷底から吹き上げる風をものともせず、蔦の橋を一気に渡り切った。

 

 サクの肩から下ろされたディックは、二、三度体を震わせてから、再び何事も無かったかのように走り始めた。 振り返り、早く来いとばかりに吠えるディックに

「途端に元気になるんだな!」

 と、サクはあきれ気味に言いながら笑ってディックを追った。

「本当に」

 シリウとカイルも吹き出し、走り始めた。

 ディックを追う森の中は相変わらず道もなく、そんな中を走っていくには、人間には辛すぎた。 あちこちが枝葉で切れ、足を取られた。 だが三人はヤツハを助けたい一心で、一足先を行くディックを追いかけた。

 数分走ったところで突然、ディックの体が弾き飛ばされた。 悲鳴と共に転がるディックを受け止め、サクは周りを伺った。

「誰だ!」

「帰りなって、言っただろう?」

「その声は、ラディン!」

 カイルが仰ぎ見ると、木の枝に座り、葉をくわえてニヤリと微笑みながら見下ろすラディンがいた。

「てめぇ! ヤツハをどうした?」

 ラディンは手ぶらだった。 彼は悠然と三人と一匹を見下ろし、笑った。

「あきらめなって、言っただろう? お前ら耳が悪いの?」

 からかうように自分の耳をほじり、吹いた。

「もう間に合わねぇよ。 森の出口くらいなら教えてやるから、ついてこいよ!」

 ラディンは立ち上がって隣の枝に移った。

「てめぇ! ヤツハの居場所を教えろっ!」

 サクの拳が振り上げられた。

爆拳放火バッケンホウカ!」

 気の球が赤く燃えながらラディンへ襲い掛かった。

「うわっ!」

 ラディンは驚いてのけぞり、落ちると見せ掛けて、器用に枝に手を掛けて別の枝に移った。

「あっぶねぇなあ! なにすんだよ!」

「下りてこい! ヤツハの居場所を吐かせてやる!」

 サクが今にも噛み付きそうな勢いで睨んだ。 ラディンは肩をすくめておどけた。

「ラディンさん、でしたね?」

 シリウが口を開いた。

「見たところ、ヤツハさんが近くに居ないようですが、どこかに閉じ込められているのでしょうか? 間に合わない、とは、どういうことなんですか?」

 静かな口調が、森の中に響いた。 ラディンは再び枝に座ると、へぇ、と肩肘をついた。

「あんた、頭良さそうだな。 それに、後ろで様子伺ってるお前! そんな危ないもの、しまっとけよな」

 カイルは息を飲んでナイフを懐にしまった。 ラディンは続けた。

「あぁそれとさ、こいつ、うるさいからだまらせてくれない?」

 木の根元で吠えるように叫んでいるサクを指差すと

「分かりました」

 とシリウは音もなくサクの背後に忍び寄り、延髄に手刀を打ち込んだ。

「っ!」

 気を失って膝から崩れ落ちるサクを、慌ててカイルが支えた。

「シリウ! 何するんだ! 気でも狂ったか?」

 シリウは睨むカイルの前にしゃがむと、囁いた。

「あのラディンという男、おチャラけて見えますが実力はあるようです。 あなたも分かるでしょう? 今のサクは頭に血が上っている状態です。 残念ですが、彼にはしばらく眠っていてもらうほうが得策かと思いまして」

「なるほど……」

 カイルは腕の中でぐったりしているサクを見つめた。 今のサクには冷静に判断することは出来ない。

「カイルは、サクとディックを連れて離れていてください」

 シリウはカイルに微笑んだ。

「シリウ?」

「僕は……」

 シリウは立ち上がってラディンを見上げた。 彼は憎々しげに口元を歪めた。

「もしかして、俺とやる気?」

「手、出さないでくださいね」

 シリウはカイルにウインクをし、眼鏡をそっと上げた。

「話しても埒があかないようなので、手っ取り早く済ませることにします」

 静かに言うシリウに対し、ラディンは嬉しそうににやけ、立ち上がった。 カイルはシリウの気持ちを組んで、サクと倒れているディックを抱えると、少し離れたところに彼らを寝かせた。

「シリウ……」

 

 戦う時は、一対一。 そう教えられてきた。 不意討ちをしていいのは、自分の身が保障出来なくなった時だけ。 カイルは拳を握って、二人の対峙を見守った。 ラディンは地面に下り立つと、指を鳴らした。

「久しぶりに、楽しそうな相手みたいだな。 そうだ! ルールを決めないか?」

「ルール?」

 シリウはじっとラディンを見つめている。 そこにはさっきまでの、彼特有の柔らかい雰囲気は無かった。 張り詰めた空気がカイルにも伝わった。

「シリウの気配が変わった……」

 カイルは息を飲んだ。 ラディンは相変わらず余裕の表情で言った。

「お互い、飛び道具や武器は使わない。 ま、俺は最初から丸腰だけどな。 あんただって戦士の端くれなら、フェアな戦い、したいだろ?」

 軽い衣服をまとっただけの体を叩きながら、武器は何も無いことを証明するラディンに、シリウは眼鏡を上げた。

「あいにく僕は戦士ではありませんが……あなたの言うことも一利ありますね。 分かりました。 武器を一切捨てましょう」

 シリウはスルスルと懐にあった武器を取出し、カイルへと投げた。

「ちょっと預かっててください」

 カイルは黙って受け取ったが、内心は不安で押しつぶされそうだった。 シリウは養成学校でもトップクラスの実力を持っている。 だがそれはあくまでも養成学校の中だけの話であって、世界にはもっと実力がある人物や強い獣は山ほどいると聞かされている。 どれほどの実力があるか分からないラディン相手にシリウが対抗出来るのかどうか。 カイルの心は大きく揺れ動いていた。

 シリウはラディンを見据えたまま、カイルに言った。

「カイル、合図をお願いします」

 カイルは何も言わず、二人の間に立った。

「このコインが落ちたら。 それが合図だ」

 二人はお互いを見たまま頷いた。 カイルは指先にコインを乗せ、間合いをはかると、弾き上げた。

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