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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
35/95

ヤツハ、さらわれの身!

 ガルルル……!

 

 

 突然ディックが唸りだし、四人は立ち止まった。 鬱蒼と茂った森の中、周りを見渡すその目は、警戒心にあふれていた。

「何か、いますね……」

「囲まれてる……?」

 背中合わせで四方を警戒するが、草木一本揺れる気配もなく、四人を緊張感が包んだ。

「誰だ! 出てこいっ!」

 サクがたまらなくなって声を上げ、拳を握った。 額に汗が滲む。

「サク、落ち着いて! まだ攻撃しちゃだめよ! 相手を見なきゃ!」

 ヤツハが小声で制し、サクは唇を噛んで抑えた。

 数秒の静寂のあと、突然八方から矢の雨が降り注いだ。

「!」

 四人は散り散りに避けながら、見えない相手を懸命に探した。

「くそっ! どこから攻撃してくるんだ?」

 サクは、矢が放たれたらしき草むらに攻撃を与えた。

爆拳放火バッケンホウカ!」

 土煙が舞う中を離れたところから伺ったが、すでに何の気配も無くなっていた。

「ハズレかよっ!」

 歯痒さをあらわにして舌打ちをするサクに、シリウが声を掛けた。

「相手は動きながら攻撃しています! 先を読まないと……!」

「んなの、分かるかよ! 超能力者じゃあるまいし!」

 サクが苛立ちながら言うと、カイルも腹立たしく剣を振り下ろした。

「人数もわからねぇ!」

 

 やがて数十本という矢の雨が止み、サクが息を整えながら周りを見た。 シリウとカイルもサクのもとへと駆け寄った。

「あれ、ヤツハはっ?」

「そういえば!」

 カイルとシリウも周りを見渡したが、ヤツハの姿が見えない。 その時、離れたところから激しい咆哮が聞こえた。

「ディック!」

 三人は弾けたように、声がした方へと急いだ。

 ディックは一本の木の根元に二本足で立ち上がり、幹をガリガリと前足の爪で削りながら見上げ、吠え続けていた。 三人が立ち止まって見上げる先に、枝に立ち見下ろす人影があった。 全身を覆うマントにすっぽりと被ったフードで、風貌が全く分からない。

「ヤツハっ!」

 サクはその人影の腕に抱えられているヤツハを見つけた。 だが気を失っているようで、ぐったりと体を預けている。

「ヤツハっ! 今助けるからなっ!」

 飛び上がろうとして、グッと足を踏みしめたサクを、その人影は笑った。

「お前らに用はない。 ガキはおとなしく家に帰りな!」

 声は男のようだ。 小馬鹿にしたような見下した口調に、三人の気分はことごとく害された。

「お前誰だよ! ヤツハに何をする気だ!」

 睨むサクに、男はフードを上げて顔を見せた。 肩までの紺色のウェーブの髪の毛が顔を半分ほど隠しているが、その奥にあるくっきりした二重の瞳は眼光するどく、大きめの口はいかにも楽しげにニッタリと歪んでいる。

「威勢がいいなぁ! だが、この女はあきらめろ! 悪いことは言わねえから、ま、大人しく帰んな!」

「そういうわけにはいきませんねぇ」

「ヤツハを返してもらおうか!」

 シリウとカイルも武器を手に構えて威嚇した。 すると男は肩をすくめて大げさに驚いてみせた。

「おいおい。 そんな危なっかしいもんを振りかざしたら、この女も傷つけちまうぞ! それに、あまりお前らと遊んでる暇はないんだ。 じゃあな!」

 と言葉を残し踵を返した。

「待てよ!」

 サクが近くの枝に飛び乗った。 男は振り返り

「俺の名はラディン。 またどっかで会えるかもなぁ!」

 と笑いながら空いている手を振り、身軽に枝を飛び移り、その姿はあっと言う間に木々の間に消えた。

「くそっ! 待て!」

 サクが追いかけたが、山の中に場慣れしているのか、すぐにラディンの姿を見失ってしまった。

「サク! 大丈夫か?」

 息が上がって立ち止まってしまったサクに、シリウとカイルが追い付いた。 その傍らにはピッタリと、興奮した様子のディックがついてきている。

「ディック!」

 サクがいきなりそう言いながらディックに近づいたので、シリウとカイルは驚いた。

「お前、ヤツハの後を追えるなっ?」

 サクの言葉が分かったのか、ディックはひと吠えして走りだした。

「行くぞっ!」

 シリウとカイルに声をかけると、サクはディックの後を追った。 慌てて二人も彼らの後を追った。

「苦手なはずだったんですけどねぇ……」

 走りながらおどけるシリウを一瞥して

「目的が重なったからだろうな!」

 とカイルはサクの背中を見つめた。

『サクは本当に、ヤツハのことを……』

 ディックはまだ幼生とはいえ、野性の脚力は一人前に近い。 行く者を襲うように生える草木を器用に避けながら、風のように疾走している。 それに遅れまいと、サクたちは養成学校で鍛えた足で森の中を走り抜けた。

 

 ところが――

 

「!」

「なんだこりゃっ!」

 突然立ち止まったディックと三人を強風が襲った。 目の前には、地面が裂けたように深い谷があり、そこから吹き上がる風が襲ってきたのだ。

「行き止まりかよっ!」

 腕でガードしながらサクが悔しそうに言い、カイルは周りを探ってみたが、この谷を渡れそうなところは見当たらない。

「あいつ、どうやって向こう側へ行ったんだ?」

「ディック、ヤツハは本当にこの向こう側なのか?」

 サクが尋ねると、ディックは鼻をクンッと上げ、イエスとばかりに吠えた。

「参りましたねえ……」

 シリウが眼鏡を上げてため息をついた。 すっかり足止めを食ってしまった三人は、途方に暮れてしまった。

 中でもサクは苛立ちが募り、地面に拳をぶつけた。 下からの強風が、土煙を舞上げる。 シリウは眼鏡を外して下を覗き込んだ。 遥か底の方に、細く川が流れているのが見える。

「落ちたら一溜まりもありませんね……一度下りて、向こうの崖を上るのも……」

 シリウは視線を辿った。

「難しそうですね……急すぎる……」

 すると傍を離れていたカイルが戻ってきた。

「近くを探ってみたら、多分あいつが使ったような跡があったぞ!」

 カイルの案内で少し離れた岩壁に行くと、ちぎれたツルが揺れていた。 サクは声を上げた。

「これを使ったんだ!」

 周りを見ると、目ぼしいツルは全て切り取られていた。

「用意周到というわけですか」

 シリウは肩を落として眼鏡をかけた。

「くそっ! どうしたらいいんだよっ! せめて空を飛べたら!」

 サクが悔しげに声を上げた。

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