カイルとユヅキ
「カイルも見て御覧なさい。 ユヅキちゃん、とても可愛いですよ」
シリウに誘われ、ヤツハに手を引かれてベッドの傍に立ったカイルが、戸惑いながらもそうっと見下ろすと、無防備にも両手を広げて気持ちよさそうに眠るユヅキの寝顔があった。 思わず見とれていると、突然ユヅキの目が開いた。
「お、起きた!」
カイルが驚くと、ユヅキはカイルをじっと見つめ、そして両手を差し伸べた。
「え?」
黒目がちな瞳は全く視線を外さず、ユヅキはカイルに言葉にならない声を上げた。
「な、何?」
「何が言いたいのかしら?」
「目は必死な感じですけど……」
カイルたち三人が動揺していると、ラクラが言った。
「もしかしたら、抱かれたいんじゃないかしら?」
「えっ! 俺っ?」
カイルが自分を指差すと、ラクラは微笑んで頷いた。 そしてユヅキを優しく抱き上げると、カイルへと近付けた。
「えっ! お、俺、抱き方なんて知らないしっ!」
ユヅキが必死に腕を伸ばす前ですっかり戸惑うカイルの肩を優しく叩き、ヤツハが教えながらユヅキを抱かせた。 温かな体温が、カイルの腕に体に伝わる。 身体の全てを預けるユヅキに、カイルは恐怖さえ覚えた。
「あ~ぁ~う~」
カイルの腕の中に収まると、ユヅキは笑い、満足そうな顔をした。
「ユヅキちゃん、カイルの腕の中が気に入ったようね」
ヤツハが覗き込むと、ヤツハにも笑いかけた。
「かぁわいぃ~!」
その可愛さに一瞬で落ちたヤツハは、私も、とユヅキを抱き上げようとしたが、ユヅキは何故かカイルにしがみついて離れようとしない。
「?」
どうしたらいいかわからずに固まっているカイル。
「カイル? 大丈夫ですか?」
シリウが尋ねると、カイルは首を不器用に向けて苦笑した。
「ど、どうしたらいいか分からないんだ……」
「ほら、こうやってあやすの! ほらっ」
ヤツハが手振りでやってみせるのを見ながら、カイルは戸惑いながらもユヅキを揺らした。
「そうそう!」
ヤツハが嬉しそうに言う横で、ラクラは微笑んでいた。
「ユヅキったら、気持ちよさそうな顔をしてるわ」
カイルの腕の中で、再び眠ろうかというまどろみのユヅキ。
「カイル、しっくり来てますねぇ。 未来が見えるようですよ」
途端にカイルの頬が赤くなり、シリウを睨んだ。
「シリウっ!」
その声に驚いたユヅキがけたたましい泣き声を上げた。
「うわっ! ご、ごめん、ユヅキっ!」
カイルは慌ててあやし、両脇でヤツハとシリウが顔を歪めてなんとか泣き止ませようと懸命になっている。 そんな様子を見ながら、ラクラはお腹を抱えて笑っていた。
「なんだ、皆ここに居たのか!」
サクがラーニャと一緒にやってきた。
ちょうどユヅキをラクラに返したところのカイルは、近くの椅子にぐったりとしていた。
「ん? どうしたんだ、カイル?」
「……疲れた……」
疲労困憊のカイルに理由が分からず、きょとんとした顔で見つめるサク。
「サク、ユヅキだよ!」
ラーニャの声に、小さなベッドに近づき中を覗くと、再び眠りについたユヅキが寝かされていた。
「可愛いでしょう?」
ラーニャが自慢げに言うと、サクは彼女の頭をぐりぐりと撫で、笑った。
「ラーニャの妹みたいだな!」
するとラクラが
「そうなの。 本当に自分の妹のように世話をしてくれて、助かってるのよ。 村の人たち皆そう。 感謝してるわ」
と嬉しそうに言った。
「この子は、皆の優しさを一身に受けて、とても幸せな子」
ユヅキをいとおしそうに見つめるラクラに、四人は胸が暖かくなった。
その夜はそのまま宿舎に泊まり、希望の止まらない話に沸いた。 アルコドの泉が蘇ったことで、村人たちにも明るい未来が見え始めていた。 今度はそれを現実にする番だ。
「もう行っちゃうの?」
翌朝早く、ラーニャが門まで見送りについてきた。 とても残念そうな顔でサクたちを見つめるが、仕方のないことだというのも、ラーニャは分かっていた。
「絶対! また来てね!」
ラーニャはサクたちが見えなくなるまで手を振り続けた。 必ずまた会えるとお互いに信じて、ひとまずの別れだ。 四人と一匹は、ソラール兵士養成学校へと進路を取った。