ユヅキとの再会
ディックはサク以外の三人にも慣れ、たまにじゃれあいながら森の中を歩いていた。 サクはその様子を困惑した顔で見ながら、少し離れた先を歩いている。
「サク。 ディックはとても賢いので、突然襲うことはないと思いますよ」
シリウがサクに説明するが、彼は全く聞く耳を持たない。 ヤツハが不思議そうに呟いた。
「小さい頃は、犬が苦手だなんてことはなかったのに……」
「小さい頃?」
ヤツハはカイルの問いに頷いた。
「サクとあたしは、同じ村の生まれなの。 小さい頃は、サクも村の人が飼ってる犬とよく遊んでるのをよく見たのよ。 だから変なの。 サクが犬のことが苦手だなんて……」
するとシリウが、振り返った。
「サクは、以前学校の実戦試験でワルカラと戦ったときに、ひどい怪我を負ったことがあるんですよ。 辛うじて試験には合格したんですけど、それ以来、似たような獣は苦手みたいなんです」
「ワルカラって、巨大な狼型の幻獣だね?」
カイルが思い出しながら言った。
「そうだったんだ? でもワルカラは、シャルサム教官がが作り出した幻獣じゃない?」
あきれたように言うヤツハに、サクが焦ったように振り向いた。
「アイツは桁違いに強かっただけだ! ホントはオレが完勝する予定だったんだっ!」
「ワルカラの唾液にすっころんで、頭からその口のなかに突っ込んでいきましたよね」
シリウが暴露すると、他の二人は腹を抱えて激しく笑った。 それらを不思議そうに見上げながら、ディックはひと吠えした。 恥ずかしさをごまかしながら一歩先行くサクの後ろを、三人と一匹が楽しげについて歩いた。
途中、彼らはモリノス村に寄った。
最初、村人たちは、ヤツハにぴったりと寄り添うディックに驚いたが、信用できるヤツハたちの説得の末、すぐに危害はないと信じてもらい、村の中へと入ることができた。
再びラーニャに会ったサクは、抱き合って喜んだ。 二人の弾けた笑顔に、周りの心も和んだ。
「元気そうだな、ラーニャ! オレ、アルコド国でコダマに会ったんだぜ!」
「へえ! コダマって本当に居たんだ? どんな姿してたの? 教えて!」
興味津々で瞳を輝かせながら尋ねるラーニャに、サクは自慢げにコダマのことを説明しはじめた。 シリウとカイルはシカワ村長に会い、無事にアルコドの泉を復活させたと告げた。 村長は
「良かった。 これでこの村も直に潤うだろう。 なんとお礼を言えば良いのか……」
土まみれの頬を上げ、心底ホッとしたように笑顔を見せた。
「もう少しの辛抱ですね」
カイルが微笑むと、村長もまた微笑み、頷き返した。
「本当に良かったですね。 皆が今まで苦労してきたことが、報われようとしている………」
シリウとカイルは村外れの高台に立ち、畑仕事に勤しむ村人たちを眺めていた。 緩やかな風が心地よく、畑に辛うじて育っている細い茎葉を揺らしている。
「もうすぐ、この村に豊かに育った畑が広がるんだな」
カイルはしみじみと呟いた。 シリウはカイルを見つめると、その顔を覗き込んだ。
「! な、何だよ?」
シリウは、驚いて一歩後退りをしたカイルに微笑み
「ラクラさんのところに行ってみましょうか?」
すでにラクラのところにはヤツハが向かっているはずだ。 ヤツハはラクラのことをずっと気にしていて、村に寄ろうと言ったのもヤツハだった。
「ヤツハが見に行ってるんだろ?」
カイルが言うと、シリウは眼鏡を上げて微笑んだ。
「カイルも気になるんでしょう? 赤ちゃんのこと」
カイルはふいっと視線を逸らせたが、その頬は少し赤らんでいた。 シリウはにっこり笑うと、村の中央に建つ宿舎に向かって歩き始めた。 そして振り向くと、まだ立ち尽くしているカイルに微笑んで手を差し伸べた。
「さ、行きましょう!」
部屋の扉がそっと開いたのに気付いたラクラは静かに振り返り
「誰? アルシス?」
と扉へと声をかけた。
キィ……と小さな音を立てて開いた扉の向こうに、ヤツハが照れ臭そうに立っていた。
「ヤツハさん! 来てくれたのね? 元気そうで何より!」
ラクラは嬉しそうに椅子から立ち上がると、ヤツハに駆け寄って抱きついた。 ヤツハは笑顔で言った。
「ラクラさんも元気そうね。 良かった!」
笑顔で見つめ合う二人を、けたたましい泣き声が包んだ。
「あらあら! 起きちゃったのね? ごめんねー」
ラクラは、部屋の隅にある小さなベッドへと慌てて駆け寄った。 ヤツハも後を追うと、そこでは小さな赤ちゃんが泣いていた。
「きっとお腹が空いたのね。 ずっと眠りっぱなしだったから」
ラクラはそっと抱き上げた。 細腕の中であやされ、やがてラクラの胸に落ち着いた。
「すごい勢いで飲んでる……」
じっと見つめるヤツハに構わず、ラクラの子は一生懸命に乳を飲んでいる。
「最初は痛くてたまらなかったんだけど、そのうち、この痛みはこの子を生かしてる証なんだって思ったら、気にならなくなったの。 不思議よねぇ」
いとおしそうに見つめるラクラの顔は、母親のソレになっていた。
「ラクラさん、すっかりお母さんなのね?」
ヤツハが微笑むと、ラクラは照れ臭そうに笑った。
「私なりに、この子を守らなきゃっていつも思ってる。 けど、村の皆が居なかったら、どうなっていたか分からないわ。 このベッドもね、旦那と村の人たちが畑時間の合間を縫って作ってくれたのよ」
木で出来た簡素なベッドだが、所々に丸みを帯たフォームは優しさを醸し出している。 皆の愛情がこもっているのだろう。 村人たちも、子供の誕生を心から祝っているのだ。
「素敵なベッドだわ」
ヤツハが言うとラクラも
「この子も気に入ってるみたいで、このベッドに寝かせると、ぐっすり眠るのよ」
「名前はもう決めたのかしら?」
「あぁ、まだ言ってなかったわね。 旦那と二晩考えて、『ユヅキ』と名付けたの」
「ユヅキ……素敵な名前だわ。 よろしくね、ユヅキ!」
ヤツハは、腹がふくれて既に眠そうなユヅキに微笑んだ。 ユヅキはチラリとヤツハを見やると、何の反応もなく眠り始めた。
「つ……強い子に育ちそうね」
ユヅキから貰えると思っていた笑顔を見ることが出来なくて拍子抜けしたヤツハは、ラクラと共に苦笑した。
「こんにちは~!」
玄関の方から声がした。
「シリウだわ!」
ヤツハが玄関に行き、静かにするように言いながら、シリウとカイルを迎え入れた。
「あら、眠っているみたいですね」
シリウはにっこりとベッドの中のユヅキを見下ろした。
「ユヅキと言うの」
と言うラクラに
「いい名前ですねぇ」
と微笑んだ。
「さっき眠ったところ。 このベッドがお気に入りみたい」
ヤツハも並んでユヅキを見ている。 どれだけ見ていても見飽きないようだ。 ベッドが村人たちの手作りだと聞くと
「きっと皆さんの優しい気持ちがこもっているんでしょう。 カイル?」
シリウは、後ろの方で所在なさげに立っているカイルに振り向き、手招いた。