旅立ちは微笑みながら
サクたちは急いで泉の水を汲み、ヤツハのもとへと走った。
「ドクター!泉の水を持ってきたぞ!」
サクが病院に駆け込み一番にそう叫び、たっぷりと水を湛えた木桶を掲げると、ヤツハを診ていたドクター・テリスムは目を丸くした。
「本当に泉が戻ってきたのか? 信じられん……この数年、誰が何をしても効果ひとつなかったのに……」
「いいから!早くヤツハに!」
サクたちに攻め立てられながら、テリスムは早速ヤツハに治療を始めた。
数時間後――
「もう大丈夫だ。 しばらく安静にして毒素を出してしまえば、完全に治るはずだ!」
テリスムはあご髭を満足気に撫でながら、ホッとしたように微笑んだ。 サクたちもやっと胸を撫で下ろし
「良かった」
と、誰からともなく安堵の言葉が出た。
そして数日後には、ヤツハは歩けるまでに回復した。
「心配かけてごめんね」
ベッドの上に座り、まだ少しやつれた顔をしながらも、ヤツハはずっと心配してくれていた三人に声をかけた。
「それに、アルコドの泉のために何も出来なくて……」
と申し訳なさそうに言うヤツハに、サクが被せるように言った。
「何言ってんだよ! ヤツハがヒントをくれたんじゃないかよ!」
「そうだよ。 ヤツハが夢の中であの声を聞かなかったら、今だって俺たちは悩み続けていたと思う」
カイルも微笑んだ。
「結局シーノ王が自ら泉を復活させたので、僕たち、何もしていないんですけどね」
シリウの言葉に、三人は苦笑した。 それらを見ながらヤツハは思い出すように話した。
「とにかく意識が朦朧としていた時に、小さな男の子みたいな声が聞こえてきたの。 途切れがちだったけど、すごく必死な気持ちっていうのは伝わってきて、皆に言わなきゃって、あたしも必死に意識を取り戻したの」
「それは、コダマという森の妖精だったんだ。 可愛らしい小さな男の子だったよ」
カイルが言うと、ヤツハは驚いたように尋ねた。
「姿を見たの?」
「少しだけでしたけどね。 シーノ王の事を、心底心配しているようでした」
シリウが言った。 ヤツハが
「あたしも見たかったなぁ」
と残念そうに言うと
「いつか会えるさ!」
とサクが明るい口調で言った。 ヤツハは微笑みながら頷き
「とにかく早く治さなきゃね」
と痩せた拳を握った。
それから数日後、だいぶ回復したヤツハも含め、サクたち四人は城に呼ばれた。
国を救ってくれたお礼をしたいとシーノ王直々の通達だった。
町には、泉が蘇ったと知った民衆たちが戻ってきていた。 中には、まだ王を信じられないが、交通の弁がいいために商売だけのために戻ってきた者もいて、まだ悶々とした空気は拭えずにいた。 だが確実に、復興への道を歩き始めているのが、城下町の空気で感じ取ることができた。
以前は人っ子一人いなかった城への道には、往来が戻り始めている。 その中を歩きながら、サクたち四人は嬉しそうに微笑んだ。
「変わるもんだな」
両手を頭の後ろに組んで、開き始めた店先を眺める。
「でもまだまだ。 これからの王次第ですね」
シリウも嬉しそうに微笑みながら歩いている。
「あたし、城へ入るのは初めてよ。 でも、何もしてないのに呼ばれて良かったのかしら?」
少し上気した頬をして言うヤツハに、カイルは微笑んで言った。
「ヤツハも立派に貢献してたじゃないか。 堂々としていればいいんだよ」
「そうですよ、ヤツハはれっきとした仲間なんですし」
シリウが微笑む横で、いつの間にか手にしていた果実をかじりながら、サクが楽しそうに言った。
「何食わせてもらえるんだろな?」
途端にヤツハは白い目で睨んだ。
「ホントにあんたは、遠慮ってものが無いわけ?」
するとサクは口を尖らせた。
「だってさぁ、ここんとこまともな物食べてないんだぜ! ヤツハは病気だったから滋養のあるもの食べてたんだろうけどさ!」
「あたしの事は関係ないでしょっ? それ以前の問題!」
そして、パカッとサクの頭を叩いた。
「いてぇなぁ!」
「バカは叩いても治らないのよ! なら、叩いておいて損は無いわ」
頭を押さえるサクにさらりと言うヤツハの様子に笑いながら、シリウは楽しそうに言った。
「ヤツハも元気になって良かったです」
「そうだな」
横でそう言ったカイルは不意にシリウと目が合い、照れたように微笑んだ。 シリウは思わずカイルの頭を撫でた。
「っ! 何するんだよ!」
驚いたカイルは後退りした。 その頬は真っ赤だ。
「どうした?」
サクとヤツハが見ると、シリウは笑った。
「いやぁ、可愛いな、と思ってつい」
「つい、じゃないっ! 城へ急ぐぞ! 王を待たせるな!」
三人の間を突っ切りながら、赤い顔をしたカイルは早歩きで城へ向かった。 笑い合いながら、三人もカイルの後を追った。
セツナに案内され、四人はシーノ王たちが待つという広間へと通される為に、廊下を歩いていた。
最初に訪れた時には殺伐としていた城内は綺麗に掃除され、ボロボロだった国旗も新しく掲げられ、装飾品も飾られて、威厳ある城へと変貌していた。 離れていた家来たちも再び戻ってきたことで、活気づいていた。
通された広間も、前に来たときとはすっかり様変わりしていた。 中庭も泉と共に綺麗に整備され、とてもあの穴だらけだった同じ場所だとは考えられないほどだった。
「ずいぶん立派になりましたね」
シリウの言葉に、迎えたシーノ王は微笑んだ。 シーノ王もまた、血色を取り戻し、幾分か健康的な体つきになったようだ。 もうボロボロの服ではなく、立派なマントを携えた貴族らしい煌びやかな服を着ている。
「皆よく働いてくれたのでな。 作業も早く進んだのだ」
「王が自ら動いたので、皆が我もと働いたのですよ」
カリン王妃が姿を現した。 綺麗なドレスを身につけ、化粧も綺麗に施され、以前に見た時の勝気な雰囲気がほとんどかき消されていた。
「変わるもんだな……」
サクが悪びれも無く言うと、隣のヤツハにしっかりと制裁を入れられた。 カリン王妃は玉がころがるような笑い声を出し
「構いませんよ。 私は王妃として、シーノ王を慕い添い遂げる身。 その為には、自身の変革も必要な時があるのですから」
四人が促されて椅子に座ると、テーブルの上には次々に料理が運び込まれ始めた。
シリウがシーノ王とカリン王妃にヤツハを紹介し、挨拶を交わした。
「あなたがコダマの声を聞いてくれなかったら、私たちは今も迷い苦しんでいたでしょう」
カリン王妃の感謝の言葉に、ヤツハは激しく首を横に振った。
「あたしは何も……ただ、意識の狭間でかすかに聞こえてきただけですから」
シーノ王は微笑んだ。
「それでも、私たちの恩人には変わり無い。 その礼の代わりと言ってはなんだが、たいしたもてなしは出来ないが、ゆっくりしていってくれ!」
サクはすでに、目の前のごちそうに目が釘づけになっている。
「行儀悪いでしょ!」
頭を小突いて注意するヤツハに、カリン王妃は笑った。
「さあ、遠慮なく楽しんでくれ!」
シーノ王の声で、宴会は始まった。
サクとシリウ、カイルは、シーノ王が経験してきた話を興味深く聞き、ヤツハはカリン王妃との女の会話に花が咲いた。
「そうか、キミはヴァンドル・バードを探しているのか?」
シーノ王が言うと、サクは頬一杯に料理を詰め込んだ顔で頷くと、懐からラーニャに貰った絵を取り出して見せた。
「ラーニャも見たんだ。 絶対どこかにいるはずなんだ!」
そう語る瞳はいつも光り輝いている。 シーノ王はうむ、と大きく頷いた。
「ヴァンドル・バードの噂は聞くが、姿を見たことはない。 だが、必ず存在すると私は思う! 伝説と謳われるコダマが居るようにな!」
力強く話すシーノ王には説得力があった。 噂話、戯言とも取られるコダマの存在をこの国は信じているのだから。 現に、つい数日前にサクたちも目にした。 幻は確かに目の前に在ったのだ。 サクもまた、シーノ王に勇気づけられていた。
「中庭もすっかり綺麗にしたのですね?」
食事も落ち着いた頃、カイルは中庭に下りた。 まだあちこちの土があらわにはなっているが、いくつもあった穴も綺麗にならされている。
その中央には、透明な水がコンコンと湧き出る泉が太陽の光を浴びて輝いている。 その周りにはすでに小さな草が生えはじめ、泉は緑に包まれかけている。
「泉の周りだけ、植物の成長が早いのね?」
いつの間にか近くに来ていたヤツハが泉の傍に膝をついた。
「これが、アルコドの泉……」
手を伸ばし、そっと水に触れた。
「温かい……?」
ヤツハが不思議そうに呟くと、カイルも習ってそっと水に手を入れた。
「本当だ、温かい……それに、優しい感じがする……」
カイルとヤツハは不思議そうな顔をして見合わせた。
「アルコドの泉は、コダマの意志を映すという話があるのよ」
二人が振り向くと、カリン王妃が微笑みながら立っていた。
「コダマの意志?」
ヤツハが繰り返す横で、カイルは少し意味が分かるような気がした。
「この泉は、コダマそのものだから」
カリン王妃も二人の間に膝をつき、いとおしそうに泉の水に触れた。
その時、一陣の風が吹き、三人は顔を覆った。
≪ありがとう……≫
「「「?」」」
突然、頭に響いた声に見上げた三人の前に、小さな男の子が現われていた。 普通と違うとすぐ分かったのは、その髪や皮膚が緑がかった色をし、宙に浮いていたからだった。 深緑の瞳は深く心を見透かすようにじっと三人を見つめていた。
「コダマ……」
再びの出現に言葉を失い、ただ見つめる三人を、コダマは嬉しそうな表情で順番に眺め、ヤツハに止まった。
≪ボクの言葉、ありがとう≫
ニッコリと微笑むコダマに最初は驚いていたヤツハだったが、すぐに意味を理解して微笑み返した。
「あたしは何も。 あなたの気持ちが強かっただけよ」
コダマは笑った。 そして、くるっとひとつ回ると、愛嬌のある笑顔で微笑み、その姿はやがて薄くなって消えてしまった。 ヤツハは温かくなる胸を感じた。
「守ってあげてくださいね、この国を……」
コダマが消えた空を見ながらヤツハが呟くと、カイルは優しく見守り、カリン王妃は微笑み頷いた。
その様子を見つめるシーノ王とサク、シリウ。 広間を、静かで平和な時が流れた。
やがて、旅立つ時が来た。
サクたちは、わざわざ国の外門まで見送りに来た王家に改めて挨拶をした。 周りには、久しぶりに見る王の姿を興味深そうに見る民衆の人だかりだ。
「お世話になりました」
シリウの言葉に、シーノ王は首を大きく振った。
「いや、こちらの方が世話になった。 だが、まだやることは山積みだ。 これから私は、皆と共に国を作り上げる。 だから君たちも、自分を信じて突き進めよ!」
サクたちはその言葉を深く受け止め、大きく頷いた。
カリン王妃は、ヤツハに近づくと抱きしめた。 そこには深い愛情がこもっていた。 ヤツハとカリン王妃は、コダマを共に見たことで、どこか心が通じ合うようになっていた。 名残惜しむ抱擁の後、カリン王妃はそっと身体を離し、ヤツハを見つめた。
「またいつでもいらっしゃい。 歓迎するわ」
「ありがとう。 必ずまた来ます!」
ヤツハはカリン王妃と固く握手を交わした。 そして、カリン王妃はカイルに近づくと、同じように抱きしめた。
「えっ?」
突然のことで戸惑うカイルに、カリン王妃は優しく微笑んだ。
「あなたも、自分の思う道を。 でも無理はしないで。 必ず、助けてくれる仲間がいることを忘れないで」
「カリン……王妃?」
カリン王妃の瞳は深く輝き、吸い込まれるようだった。
「知っていたのですか?」
『俺が女だってことを……』
カリン王妃は何も言わずに微笑んだ。 カイルは、フッと息をつくと、頷いた。
「ありがとうございました!」
四人は手を振りながら見送る王家を何度も振り返りながら、一路ソラール兵士養成学校への帰路に着いた。
「アルコド国が復興したら、また来ような!」
サクが皆を見ながら笑顔で言った。 ヴァンドル・バードの話で意気投合したシーノ王との仲も深まり、気持ち良く帰ることが出来るのが嬉しかった。
「そうですね、是非また訪れましょう。 コダマの加護を受けた国、アルコドに」
四人は高台に着くと、アルコド国を見下ろした。 まだ所々に茶色く廃墟と化した建物が見える。 次に訪れる時には、きっと立派な商業国になっていると信じて、四人はアルコド国を後にした。