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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
30/95

アルコドの泉

「私たちが居るじゃありませんか!」

 

 突然の声に驚いた一同が振り向くと、広間にはいつの間にか数十人ほどの兵士たちが並んでいた。 真ん中に立つ女性が、腰に両手をあててあきれたように言った。

「ちょっと出かけていた間に、なんてみすぼらしい格好をしてんだい? それじゃあ誰も一国の王だと認めてくれないよ!」

 今はすっかり威厳も何も無くなっているが、仮にも国の王に対して失礼極まりない言葉に、サクたちは言葉を失った。 気迫のこもったオーラをまとった彼女は、この衰退しきった国には不釣合いなほど【元気】だった。 顔も血色が良いし、体格も少しふっくらとしていて、頼りがいがある印象を与えている。 栗色の髪の毛を一つにまとめ、くっきりした二重の瞳がキラキラと輝いている。

 カイルの横で、セツナが無言で改まったお辞儀をした。

 

「カリン……」

 シーノ王はそう呟きながら、雨が降る中庭から彼女を見つめた。 カリンと呼ばれた女性は、サクたちに気付いて微笑んだ。

「お客さんかい? こんなしょぼくれた国に何の様なんだい?」

 シリウが姿勢を正して挨拶をした。

「僕たちはソラール兵士養成学校から来た者です。 王に頼まれたものを届けに――」

 するとカリンは、ああ、と思い出したように手を叩いた。

「そうか、あんたたちハミウカを? ……その割には、庭が前よりも荒れているようだけど……」

 カリンは中庭の荒れ果てた様子を見て、何事かと目を丸くした。

「一体何があったんだい? 私たちが居ない間に?」

 シリウとカイルが冷たい目で見る先には、頭を掻きながら苦笑いをしているサクがいた。 シーノ王は力なく微笑んだ。

「いや、何もなかったよ」

 カリンはそれ以上追及せずに、ため息をついた。

「で、なんであんた、泣いてんだい?」

 一国の王である相手を見下すように細い目で見るカリンに、シリウはやっと恐々尋ねた。

「あ、あの、あなたは……?」

 カリンはサクたちを見て笑った。

 

「ああ、自己紹介がまだだったね、私はこの人の妻だよ!」

 

 一同、目を丸くした。

「じゃあ……王妃……?」

 サクが動揺しかすれた声で言うと、カリン王妃は微笑んで頷いた。 そこにはどこか気品も混じっていた。

「随分強そうな……」

 弱気な王よりも、カリン王妃ひとりで国を動かせそうな勢いである。

「全く! こんなことになるなら、残していくんじゃなかったよ!」

 そう言い、後ろに控える兵士たちに、運んできた水を民衆に配るように命令した。 滑舌よく返事をして、それぞれの持ち場に向かっていく兵士たち。 広間には、また静かな空間が戻った。

 

 

 カリン王妃は改めて話しはじめた。

「私はね、この人のもとにに嫁ぐとき、あらゆることはこの人に習い、抗わず、黙って半歩後ろを歩けと両親に言われて来たんだよ。 最初はそれでよかった。 この人は私を深く愛してくれたし、何不自由ない暮らしもさせてもらった。 政治のこともうまく回して、近隣の国々とも仲良くやっていた。 何も息苦しいことなんてなかった。 ところがいつからだったか、人が変わったように富を求めるようになった。 民衆の相談も聞き入れなくなり、全て自分の思うままに国を動かすようになった」

「何故そんなことに?」

 シリウがシーノ王に尋ねた。 その横で、サクが理解できていない顔で腕を組み、太い柱にもたれている。 カイルとシリウに見つめられたシーノ王は、濡れた髪の毛をガシガシとかきむしった。

「それが得策だと思ったからだ。 国のことを思えば、民衆の相談ごとが、小さなもののように思えてきて、民衆の意見に振り回されるようでは王の威厳も損なわれる心配にも襲われた。 怖くなって、自分の意見を押し通すことにしたのだ」

 悔い恥じるように告白するシーノ王に、カリン王妃はため息をついた。

「だから、私が立ち上がるしかないと思ってね。 一発ガツンと言ってやったんだよ。 そうしたら何のことはない。 こんなに小さな人だったんだよ」

 シーノ王は膝をついたままうなだれた。

「私は取り返しのつかないことをしてしまった……国を守ろうとしたのに、滅ぼすことになるとは……」

 カリン王妃が雨の中を歩き、シーノ王の横に膝をついて肩を抱いた。

「何を言ってんだい! これからやり直せばいいんだよ。 あんたは根が弱すぎる。 一人で抱えずに、私やセツナ、兵士や家来、皆に頼ればいいんだ。 王様って言ったってただの一人の人間だ。 強がるだけじゃ、誰も前には進めないんだよ」

 シーノ王はカリン王妃を見つめた。

「出来るだろうか? これから私は、やり直せるだろうか?」

 カリン王妃はにっこりと微笑んで頷くと、シーノ王を立ち上がらせ、城の中へと促した。

 

 

 その時、中庭から地を揺るがす響きと共に大きな音がした。 驚いて皆が中庭を見ると、中央の辺りから、何千年という巨木のような太さの水柱が怒号と共に吹き上がっていた。

「な、なんなんだ?」

 サクたちはただ驚いて見上げるばかり。 シーノ王は立ち上がると、ゆっくりと水柱に近づいていった。

「シーノ王、危険です!」

 止めようとしたシリウを、カリン王妃が制した。

「王のしたいようにさせてあげて!」

 その目は、強気なだけではない、芯の強い輝きが生まれていた。

「何故突然……?」

 カイルは独り言のように呟いた。 だが誰も答えられなかった。 そんななか、シーノ王は笑みを浮かべながら降り注ぐ水を浴びて見上げた。

「帰ってきたんだね……」

 流れ落ちる涙は、絶え間なく降り注ぐ水に紛れている。 その時、吹き出すしぶきの中から声が聞こえてきた。

≪……シーノ……≫

「?」

 サクたちは耳を疑った。

「なんだ、この声は……?」

 頭の中に直接響く幼い男の子のような声。 カリン王妃も驚いたように耳を押さえながら目を見開いていた。

「コダマだね?」

 シーノ王は全身ずぶぬれになりながら、嬉しそうに微笑んだ。 すると、しぶきの中に小さな影が現れた。 それはやがて子供の形になり、宙に浮かびながらシーノ王を見下ろしていた。

「コダマ……」

 シーノ王は切ない顔でコダマに手を差し伸べた。

≪シーノ……覚えていて……ボクの事は忘れてしまっても構わない……だけど、国の人々や森の声を忘れないで……いつも周りにあるものを大切にして欲しいんだ……≫

 シーノ王はまるで子供が泣く寸前のように顔を歪めながら、大きく頷いた。 コダマは微笑んだ。

≪シーノ……ボクが助けられるのはこれで最後だよ……だけど、いつだってシーノのすぐ近くにいる。 見守っているからね≫

「コダマ……!」

 差し伸べるシーノ王の指先がコダマに触れそうなところで、その体は透けていく。

「コダマ!」

≪シーノ、大好きだよ……≫

 コダマは微笑みながらゆっくりと消えていった。

「……」

 シーノ王はゆっくりと腕を下げ、コダマが消えた宙を見上げたまま濡れた顔で微笑んだ。

「僕も大好きだよ……ありがとう、コダマ……」

 そして、気持ちを振り切るように踵を返すと、カリン王妃やサクたちを振り返った。 その表情は王の貫禄を備え、瞳には力強い輝きが生まれていた。

「あなた……」

 カリン王妃がホッと顔をした。

「長い間心配をかけてすまなかった。 私は自分に夢を見ていたようだ。 国を取り戻すために、全力を注ぐぞ!」

 シーノ王は力強く微笑んだ。 サクたちもそれを見て、安心して微笑んだ。

「では、コレはもう必要なさそうですね」

 シリウが懐に縫い付けられていたハミウカを取り出すと、シーノ王は頷いた。

「アルコドの泉から湧き出た水は、普通の水ではない。 ハミウカを使わずとも、必ず国を復興させてみせよう!」

 するとサクはにっと微笑み、シリウの手からハミウカを取ると、破り捨てた。 それは降り注ぐしぶきの中に光を放ちながら消えていった。

「破ってしまったら、効果はないんだぞ……」

 カイルが心配そうに言うと、サクは吹き出す泉を見ながら言った。

「いいんだ。 コダマの願いは、シーノ王が国と共に蘇ること。 何かに頼らなきゃいけないほど、もう弱くはないんだろ?」

 サクに見つめられ、シーノ王は微笑んだ。

「君の言うとおりだ。 私は甘やかされすぎた」

 しぶきに舞う光を見つめながら、柔らかな表情をしていた。

「もうコダマに心配はさせられないな」

「では、私はまたおとなしい王妃に戻りましょう」

 カリン王妃は優しく笑うと、シーノ王は苦笑した。

「強いカリンも悪くはないがな」

「意地の悪い……」

 小さく睨むカリン王妃。 サクたちも交えて、笑い声が中庭に響いた。

 いつの間にか雨もやみ、空には青空が広がって、天高く吹き上げるしぶきに虹が生まれていた。

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