乾いた国、アルコド
アルコド国。
かつては人口一万人以上を抱える商業国だったが、五年前に、国を支えていたとされる泉が突然枯渇。 人や物で賑わっていた町の中から活気が薄れ、人々は次々に国を捨てて出ていった。 今は、だだっ広い町のなかに点々と二百人程度残るだけだ。 それに伴い、周辺の町や村にも影響が出始めていた。 水が届かなくなったモリノス村も例外ではない。
アルコド国の異変の影響は、広がる一方だった。
そんなアルコド国に、気を失ったままのヤツハを抱えたサクたちが駆け込んでいった。 彼らは診療所を見つけると、診察を仰いだ。
「ヤツハの具合はどうなんだっ?」
サクが、部屋から出てきたシリウに詰め寄った。 シリウは神妙な顔で答えた。
「まだ時間が経たないと、はっきりとは分からないらしいのですが、もしかしたら狂犬病にかかっているかもしれないそうです」
「狂犬病……」
サクの顔から血の気が失せた。
「……治るのか? 治るんだよな?」
シリウの襟元をつかんでなおも詰め寄るサクに、部屋から出てきたドクター・テリスムが静かに言った。
「あまり騒ぐな。 とにかく、こっちで話をしよう」
テリスムが隣の診察室に二人を促した。 落ち着きなく椅子に座るサクと隣に静かに座るシリウを前に、テリスムはため息をついた。
「薬はある。 それで一時は持ちこたえるだろう。 ただ、毒素を体から出すためには、大量の水分が必要なんだ。 ここには、それに対応出来る充分な水がもう無いんだよ……」
サクは思わず立ち上がった。
「それじゃ、どうしたらいいんだよ? このまま放っておくのか?」
今にも暴れだしそうなサクの肩を押さえて、シリウが静かに尋ねた。
「何か方法は無いのですか? 彼女は僕たちの大切な仲間なんです。 どうしても、死なせるわけにはいかないんです」
必死な表情で見つめるサクとシリウを見て、テリスムはため息をついた。
「せめて、泉が戻れば……」
その言葉に、二人はハッとなった。
「ヤツハ」
サクは病室に入り、熱に冒され荒い息をしているヤツハが横たわるベッドの傍らに近づくと言った。
「お前の病気を治すために、大量の水が必要らしいんだ。 だからオレたちはこれから、枯れた泉を元に戻しに行く。 だから、ヤツハは自分のことだけ考えて、がんばれ! 絶対へこたれんじゃねーぞ!」
ヤツハはうっすらと目を開けた。
「サク……」
「? なんだ?」
サクが小さく呟くヤツハの顔に耳を近付けた。
「ケガ……しないでね」
サクは微笑んでみせた。
「心配すんな! オレたちを信じて、お前はゆっくり寝てろ!」
ヤツハは熱に冒された赤い頬で、それでもわずかに笑顔をみせた。
サクがヤツハと話をしている間にシリウが病院の外に出ると、壁にもたれていたカイルが駆け寄ってきた。
「ヤツハは……?」
心配そうに見上げるカイルに、シリウは微笑みさえ見せられなかった。 その顔を見て、カイルもヤツハの状態が良くないことを察知した。
「俺が悪いんだ……」
唇を噛んで俯くカイル。
「俺がディンゴを寄せ付けたばっかりに……」
「カイル!」
シリウがいつになく強い口調で言ったので、カイルは驚いて顔を上げた。
「今は、僕たちが出来ることをしなくてはいけません。 今のヤツハには、大量の水が必要です。 だから、枯れた泉を戻さなくては」
「泉を……?」
シリウは強く頷いた。
「それから……」
と、カイルを真っすぐに見つめた。 その瞳には、少し涙が滲んでいる。
「自分だけで背負わないでください。 それに、自分だけ犠牲になるなどと、二度と言わないでください。 あなたは……」
自然に伸びたシリウの手が、カイルの頬に触れた。
その時、病院の扉が開き、シリウの手はすぐに下げられた。
「行くぞ!」
出てきたサクの顔は、今までになく真剣で頼もしい顔をしていた。シリウとカイルも気を改めて頷いた。
目的の泉は、アルコド国のほぼ中央に位置する城の中庭にあるとテリスムが教えてくれた。
かつてはそこから四方に水路が引かれ、透き通った水が止め処も無く勢い良く流れていたと言う。 その水路も今は、ただの枯れた溝に成り果て、あちこちに木の葉や枝が残り、異臭も漂って荒れた状態になっている。 それを横目に眺めながら、サクとシリウ、カイルは静かにそびえ立つ城へと急いだ。
「ソラール兵士養成学校から命を受け、やってきました。 シーノ王と面会したいのですが」
シリウが、応対した執事セツナに挨拶をした。 セツナは静かに返した。
「お待ちしておりました。 ですが情報によれば、ソラール養成学校から旅立ったのは四人ということでしたが?」
静かにはっきりとした口調で言うセツナに、サクが口を開いた。
「ヤツハは旅の途中で病気になって、今病院にいる。 水が必要なんだ!」
逸る心を押さえ切れず、サクはセツナに詰め寄った。 セツナは迷惑そうに少し眉をひそめた。
「そうですか。 わかりました。 では、こちらへ……」
セツナはほとんど無表情で踵を返した。 冷たい態度を、背中まで伸びたストレートの紅い髪が余計に強調させる。 すらりとした足首が見え隠れするロングのタイトスカートが、どこか知性も感じさせる。
「シーノ王はあちらです」
中庭の前まで来て、セツナは三人に振り返った。
「どこだよ?」
サクが言う先には、広めの庭園と、中央の土山に土木作業員風の男が一人見えるだけだ。 セツナは抑揚の無い口調でその男を紹介した。
「あの方が、アルコド国王、シーノ・ソラーオ王です」
それを聞いた途端、一同は唖然とした。
全身が土埃にまみれ、簡素な服も所々端切れ、髭も伸ばし放題でひとり土を掘っているその男が、一国の王だというのだ。
「まさか……」
シリウが驚いて呟くと、セツナが無表情のまま
「泉が枯れ、国が衰退していくほどに、シーノ王は悩み、もう半年以上ずっとああやって、泉の辺りを掘り続けているのです」
と言うのを聞きながら、カイルは歩を進めた。 その後を追うサクとシリウ。
近づいてくる人影に気付いたシーノ王は、ゆっくりと腰を伸ばした。
「やっと、来てくれたんだね……」
頬は痩せこけ、くぼんだ瞳が疲労を溜め込んでいる。 よろめきながら体の半分ほどまで掘った穴からはいだすと、服の埃を叩き落とした。 周りには水気の無い土が散乱し、時折吹く風に土ぼこりを舞い上がらせ、他にも同じような穴が数ヵ所点在し、庭は荒れ放題だ。 とても一国の城の中庭とは思えない。 シーノ王は力ない笑顔を見せながら
「こんな姿ですまない。 広間へ案内しよう……」
と小さな声を絞りだすシーノ王の体がふわりと崩れ、サクとカイルが支えた。
「すまない……」
衣服越しに、そのガリガリに痩せ細った様子が、二人にも痛く伝わった。
セツナが先導し、一同は広間へと場所を移した。
静まり返っただだっ広い広間には、大きすぎるほどのテーブルが中央に置かれ、四十脚ほどの席が並べられている。
その奥にシーノ王を座らせ、サクとシリウ、カイルがテーブルの脇に並んで椅子に座った。
セツナがすぐにお茶をたてて配膳した。 まるで白湯のような薄い波がカップの中に揺れている。




