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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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新しい命

「サク、あんなところで何やってんだ?」

 窓から、真っ暗な畑の真ん中で立ったまま空を見つめているサクが見える。 不審に思ったカイルはサクを呼び込もうとしたが、シリウがそれを止めた。

「シリウ?」

「サクは、時々ああして空を見つめるときがあるんですよ」

「空?」

 すっかり日も暮れて、真っ黒な空には三日月が浮かび、満天の星が瞬いている。

「サクがああする時は、決まって、強い想いがある時なんです」

「強い想い……?」

 カイルとシリウはサクを見つめた。

「きっと、無事に赤ちゃんが産まれるのを空に願っているのだと思いますよ。 だからそっとしておきましょう」

 サクは畑にひとり佇んで、ずっと動かずに空を見つめている。 そのままサクが空へ吸い込まれてしまうような感覚に陥ったカイルは、視線を外して瞬きをした。

 シリウは微笑むと、そういえば、と前置きをした。

「カイル、さっきラクラさんから水を貰って何か飲んでいたでしょう? まだ僕に何か隠していますね?」

 するとカイルは頬を赤くした。

「また覗き見か?」

 不機嫌に言うカイルに、シリウは気にしない風に言った。

「どこか悪いところがあるなら、言ってほしいだけです。 放っておけるわけ、ないでしょう? 大事な旅なんですから」

 静かながら強い意志を持った口調に、カイルはひとつ息を吐いた。

「あれは、痛み止めだ」

「やっぱりどこか悪いんじゃないですか!」

 少し焦りを見せたシリウに、カイルは首を横に振った。

「月経だよ」

「ゲッケイ……? で、どこが悪いんですか?」

「え? 生理のことだよ。 ……知らないのか?」

 思わずカイルが驚くと、シリウは苦笑いをした。

「医武道では、人の急所や怪我の応急処置などの外傷を専門に勉強していたので、ヤツハのように病気のことまではあまり学べていないんです。 まだ勉強不足ですね」

 それにしても、と、カイルはひとつため息をついて、月経の事をシリウに教えた。

 女性だけに訪れる、体のなかに新しい命を宿らせるための準備。 毎月決まった時期に繰り返される生命の鼓動は、素晴らしくもある。 だが人によって、それは苦しみも与える。

「俺は多分、人よりもその痛みが強いんだと思う。 怪我や打撲の痛みには耐えられるけど、これはまったくの別物だ」

 カイルは切なそうにため息をつくと、下腹をさすった。

「それで定期的にミラン先生の所に?」

 シリウの問いに、カイルは頷いた。

「じゃあ、ミラン先生も、カイルが女だということを知っていたんですね?」

 カイルは窓の外に広がる空を仰ぎ見た。

「ミラン先生は、育ての親だった人の妹なんだ」

「えっ?」

「昔、まだ四人で平和に暮らしていた時、マチさんに言われたことがある。『もし私に何かあった時は、セブンスヘブンのマスターか、ソラール兵士養成学校のミランを訪ねなさい。 必ず力になってくれるから』と」

 シリウは静かに聞いていた。

「それで、オッカとカゲはセブンスヘブンのマスターに預け、俺は兵士養成学校を選んだ。 入ってすぐ、ミラン先生に会いに行った。 俺は既に偽名を使っていたが、ミドルネームに『マチ』と付けていたからすぐに気付いてもらえた。 話を聞いてもらって、なんとか先生には味方になって欲しいと頼み込んだ。 けど最初は反対された。 性を偽ったところで、何も変わることはないと。 でも、それでも、俺はこうしたかったんだ」

「そうだったんですか」

 シリウは、下腹をゆっくり撫でるカイルの手を見つめた。

「それが、あらがえない証なんですね」

 カイルは突然、窓から外へ飛びだした。

「カイル?」

 驚くシリウに振り返ったカイルは微笑んだ。

「男は部屋の中に入れないらしいからな、サクと一緒に祈ってくる!」

 そう言って、カイルはサクのもとへ走りだした。 その背中を見ながら、シリウは小さく呟いた。

「僕は、あなたのことをたくさん知りたい……」

 

 サクは近づいてきたカイルに気付いたが、夜空を見上げたまま言った。

「オレは、ヴァンドル・バードは必ず存在ると思ってる!」

「サク?」

「オレは必ずヴァンドル・バードに会う。 平和に生きたい人たちに、苦しみや悲しみは、あっちゃいけねえんだ!」

 ヴァンドル・バードとは、伝説上の生き物だ。 太陽と共に飛び、世界に夜明けを知らせる鳥。 そのヴァンドル・バードに出会った者は、どんな願いでもひとつだけ叶えてもらえるという噂だった。 所詮人の口から口へと流れ伝わった想像の産物だと思われていた。

 サクはそのヴァンドル・バードを探し求めるために、自分を鍛え高める手段として、ソラール兵士養成学校に入ったと、カイルは聞いたことがあった。 その時も今も、ヴァンドル・バードの事を話すときは、サクはいつも真面目な顔をする。

 カイルは否定もせず、空を見上げた。

「そうだな。 俺も、そう思う」

 そして二人は、今にも降ってきそうな満天の星空の下でひたすら祈った。

 

『元気な子が無事に産まれますように』

 

 ラクラの部屋では、ヤツハが村の女性たちに交じって、額に汗をにじませて苦しむラクラの手を握っていた。 村人たちも、それぞれに母子の無事を祈っていた。 この干上がりそうな村にとって、一つの命はとても有難く何にも代えがたい大切な存在なのだ。 部屋の奥で、村長シカワも座り込んで目を閉じ、祈っていた。

 

 

 やがて、けたたましい泣き声が部屋の中から宿舎中に響いた。 その途端、アルシスは勢いよく立ち上がって、おそるおそる扉の前に近づいた。

 静かに扉が開き、ハルが現れた。 アルシスは震える声で尋ねた。

「あ、あの……」

 ハルは疲れで少ししゃがれた声で、それでもしっかりと、見守っていた村人たちに伝えた。

「元気な女の子じゃよ。 ラクラも無事じゃ」

 途端に村人たちは歓声を上げた。 その中でアルシスは、日焼けと土で真っ黒な顔を歪めて涙をこぼした。

「ありがとうございます!」

 深々と頭を下げると、ハルは微笑み

「さ、早く二人に会いなさい」

 と部屋に招き入れた。 外にいたサクとカイルにも、皆の歓喜の声が届いていた。

「うまくいったみたいだな」

 サクが夜空から視線を外し、ホッとした表情で言うと、カイルも微笑みを浮かべて頷いた。

 その時、窓辺で二人の様子を見ていたシリウに、ヤツハが駆け寄ってきた。 そしていきなり彼に抱きついた。

「ヤツハ! お疲れ様です!」

 シリウが微笑んで言うと、ヤツハは体を離して満面の笑みを浮かべた。

「あたしなんて何もしていないわ! 頑張ったのはラクラさんよ!」

 そして外の二人に気付くと、窓から飛び出した。

「あっ! ヤツハまで! ……皆さん、行儀が悪いですねぇ……」

 あきれたように言うシリウを置き去りに、ヤツハは二人に駆け寄ると、間に入るように飛び付いた。 サクとカイルは驚いた顔で受けとめ、ヤツハはうっすらと涙をためた瞳を閉じて言った。

「生命って、本当に素敵! いとおしいよ!」

 そして体を離すと、満面の笑みで二人に伝えた。

「とっても元気な女の子よ! ラクラさんも元気!」

「そっか!」

 サクも笑顔で返し

「ヤツハ、お疲れさま」

 とカイルも微笑んだ。

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