表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
20/95

モノリス村は土の匂い

 アルコドまでの、最後の中継地点モリノス。 小さな村である。

 それに似つかわしい位の厳格な門をくぐると、村人たちは見渡す限り一面に張り巡らされた畑で仕事をしていた。

「精が出ますね」

 シリウが一人の男に声を掛けると、かがめていた腰を伸ばした。

「おや、珍しい。 旅人ですかな?」

「はい、アルコドまで旅をしています」

 額に汗を光らせ、柔らかい笑顔で尋ねる村人に丁寧に答えるシリウの足元でしゃがんだサクが、土を手ですくった。

「カサカサだな」

 村人は悲しそうな顔をした。

「そうなんだよ。 この村の土は、もうほとんどが死んでしまった。 食物を育てても、こんな痩せた土では育つこともままならない」

「もしかして、アルコドの影響がここまで来ているの?」

 ヤツハが畑を見渡す。 村人も同じように見回した。 放射線状に広がる畑の中心に、大きめの一軒家がひとつ建っている。 そこが自分たちの住む場所なのだと、村人は言った。

「住むところを潰し、畑を広げてきた。 これで皆の食糧がやっと確保できるくらいだ」

「そんな……」

 ヤツハは悲痛な顔をした。

「アルコドで、一体何が起こっているの?」

 サクは黙ったまま立ち上がり、歩きだした。

「サク? どこに行くんだよ?」

 カイルの問いにも答えず、サクはゆっくりと歩いていく。 畑と畑の間は、人がやっと通りすがれる位の狭さだ。 ヤツハは吸い寄せられるようにサクの背中を追った。

「ヤツハまで!」

 止めようとするカイルを制止して、シリウが村人に尋ねた。

「一晩、宿をお借りしたいのですが……」

 村人は汗を拭きながら少し考えた後、少し離れたところで鍬を振り下ろしている一人の老人を指差した。

「オレは何も言ってやれんが……あの人が村長だ。 聞いてみな」

 悪いな、と軽く頭を下げると、また黙々と畑仕事に戻った。 シリウとカイルは村人に頭を下げて礼を言うと、紹介された老人に近づき声を掛けた。

「こんにちは、僕たちは旅の者です」

 老人は顔を上げると汗を拭いた。

「あぁ、君たちかね、ソラール兵士養成学校から来たというのは? ファンネル校長から、連絡は来ておるぞ。 わしは村長のシカワじゃ。 ここは、見たとおり何もない。 畑しかない村じゃ。 旅人をもてなす宿も馳走もない。 それでも良いと言うのなら、寝床は、村人たちが使う共同宿舎を自由に使っていいぞ。 皆、雑魚寝で良ければな」

 シカワは本当に何も無いぞ、と念を押した。

「構いません。 安全な場所を提供していただき、ありがとうございます」

 シリウとカイルは畑仕事に戻ったシカワの背中に丁寧にお辞儀をすると、その場を後にした。

 

「サク、待って! 待ってってば!」

 ヤツハが追い付くと、サクは振り返ってヤツハを見ずに一面の畑を見た。 何十人という村人たちが、ただ黙々と畑仕事をしている。

「サク、一体どうしたの?」

「俺たち、こんなのんびりしてていいのかな?」

「え?」

 サクの表情は、珍しく神妙だった。

「ここの人たちは、きっと朝から晩までこうやって畑仕事をしている。 痩せてカラカラの土をひたすら耕して、種を植えて、育てて……俺は、ここの人たちを救いたい」

 ヤツハは黙ってサクの横顔を見つめていた。 すると突然、サクはとびきりの笑顔を見せた。

「サク?」

「なあんてな!」

 そう言うと、サクは自分の荷物をヤツハに持たせて畑に入っていくと、村人の足元にある鍬をつかんだ。 驚いて見つめる村人に

「俺も手伝うよ!」

 軽がると肩にかつぎ、戸惑う村人に指示を貰うと、サクは意気揚々と畑を耕し始めた。 その様子を見ていたヤツハは、クスッと笑った。

「サクったら、素直じゃないんだから」

 

 

 シリウとカイルは、村の中心にある、周りを畑に囲まれた建物の中に入った。

「本当に何もありませんね」

 幾つかある部屋の中は、がらんとした空間が広がっていた。 棚も机も何も無い。 ただ襖で仕切られた畳み敷きの部屋が並んでいた。

「皆さん、働きに出掛けているんでしょうか?」

 シリウは、人の気配の無い部屋の片隅に、邪魔にならないように荷物を置くと、ゆっくりと伸びをした。

「お客様?」

 不意な声に振り向くと、廊下から女性が顔を覗かせていた。 小さな顔をした可愛らしい女性は、しとやかな微笑みを見せた。

「すみません。 入口のところでご挨拶はしたのですが、答えがなかったので勝手に入ってしまいました」

「ヴィルス町のソラール兵士養成学校から来たという旅の方ですね? お疲れ様です。 何もないところですが、ゆっくりしていってくださいね」

 静かに優しく声を掛けると、適当に座るように促した。

「少し待っていてくださいね」

 と言うと、部屋を出ていった。

「シリウ、今の人……」

 カイルの囁きに、シリウが頷いた。

「妊婦さん、ですね」

 二人は、女性のお腹が異常に膨れているのにすぐ気付いた。

「初めて見た……」

「僕もです」

 シリウは微笑んだ。 そうしていると、また女性が戻ってきた。 押入れからテーブルを出そうとするので、二人は手伝った。

「本当に、こんなものしか出せませんけど……」

 申し訳なさそうに言いながらお茶を差し出す女性に、二人は手を振った。

「いえ、すみません、こちらこそ気を遣っていただいて」

「あの、そのお腹……」

 カイルの言葉に、女性は微笑んで自分の腹をさすった。

「ええ。 もうすぐ産まれるんです」

 いとおしそうに腹をさする女性の名前は、ラクラ・サクラと言った。

 ラクラが出してくれたお茶は、適度に温かかったが、味は無いに等しいほど薄かった。 それでも、二人はその気持ちに深く感謝していた。

「この村は本当に何もないところですが、皆の心はいつも、豊かだった頃を夢見ているんです」

「先ほどご挨拶させていただいた皆さん、疲れた顔はしていましたが、一人も暗い顔はしていませんでした」

 シリウが言うと、ラクラは頷いた。

「畑が枯れるのに習って、私たちの心まで暗くあってはならないと、村長シカワが説いたんです。 そうでないと、どんなに一生懸命働いても、畑は私たちの心を映してしまうと」

 シリウとカイルは、窓から見える畑を眺めた。 畑には点々と働く人の姿が見える。 シリウはそれらを眺めながら呟いた。

「僕たちは、こんなにのんびりしていてもいいのでしょうか?」

 カイルは、すぐに答えを見つけられずに黙ってしまった。 するとそんなカイルに、シリウはにっこりと微笑んだ。

「悩んでいるのは、皆一緒ですよね」

 カイルは小さく頷くしか出来なかった。 不意にカイルは立ち上がり

「お手洗いを……」

 と、ラクラと共に部屋を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ