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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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出会いは闘技場

 生徒たちの歓声が、学校裏の闘技場を包んでいる。

 月に一度の試験場でもあり、国内外から集まってきた要人の使者たちの目に留まればスカウトもされる場所だ。

 そして試験に落ちれば、即退学。

 まさに生徒たちの目の色が変わる時。 皆、命を掛けて試験に挑む。

 

 

 闘技場に入場した個人またはグループに見合った対戦相手を、試験官シャルサムが用意する。 それは人であったり、幻獣の姿をしていたり、大きかったり小さかったり、様々だ。

 幻獣とは、高等武道のひとつである幻武道ゲンブドウの達人であるシャルサム教官が創りだした対戦用のケモノである。 種類は数十種類あり、属性も様々で、生徒たちは戦いの中で幻獣の弱点を調べ対応することを要求される。

 相手を降参させるか戦意喪失、あるいは命を取るか消滅させれば合格。 怪我を負って試合続行が出来なかった場合、それは中止され、改めて再試験を受けることになる。 また、対戦相手に怖気づいて生徒自ら逃げたりすれば、即刻失格となる。 再試験を拒否または失格となった場合は、規則によって数日のうちに寮から荷物をまとめて学校を出なくてはならない。

 生き残るために、夢をかなえるために、生徒たちは毎日を命懸けで生きているのだ。 そして、そうでなくては外の世界では生きていけないということをその身に教えているのだ。

 無論、試験に出てくる幻獣のような浮世離れしたような獣は、現実には存在しない。 養成学校の中で厳しく訓練することで、世界に出たときに自信となり、実力が発揮出来るようになるという。

 すべては、ファンネル校長の理念に基づいた教育方針である。

 

 

 

 闘技場の真ん中で、自身の三倍はあろうかという巨体が地響きを立てて倒れた。 歓声が降り注ぐ中、余裕の表情で戻ってくる姿があった。

 さっきまで医務室で包帯を巻かれていた、サクだ。

 彼は行くときと同じ笑顔でシリウの前に戻ってきた。 シリウは観戦席で優雅にコーヒーを飲みながらサクを迎えた。

「余裕、でしたね」

 サクは

「当たり前だ!」

 と笑いながらシリウの隣に座り、手にしていたドリンクに口を付け、美味しそうに飲み干した。

「あなたはあらゆることを無視しますからね……」

 怪訝に横目で見るシリウに、既に空になったボトルをもてあそびながらきょとんとしているサク。

「さっきの幻獣ザクロは、見たところ、体液を飛ばして相手の足を取り、相手を動けなくしてから攻撃してくるようでしたが……地面に剣を突き刺して足場にするとは……普段剣を使わないサクが、と、少し驚きました」

「だってさ、ベトベトしてイヤじゃん!」

 本能で動くところは、誉めるべきなのか。

「勘が良いのは羨むべき本能ですが、もう少し識武道シキブドウを学ぶと、効率よく戦えると思うのですがねぇ……」

 少し残念そうに言うシリウに、サクは眉をしかめた。 識武道とは、知識を重んじて戦いを進める戦い方で、効率よく戦うためには相手をよく知ることと教えられている。

「オレ、勉強なんか大キライだ! じっと座って話聞いてさ、つまんねえんだもん!」

 フンッと鼻をならし、両手を頭の後ろに組んだ。

「ま、今回はどこも怪我をしていないようですし、良しとしましょう」

 シリウは呆れたように微笑んだ。

 

 

 その時、歓声が一際大きくなった。

 二人の目も闘技場に注目した。

 一人の少年が巨大な幻獣オォクトを相手にしていた。 少年を捕まえようと、長い触手を何本も鞭のようにしならせて襲い掛かる中を、いとも簡単そうに縫いながら、一本一本を確実に切り落としていく。 そのたびにオォクトは悲鳴のような奇声をあげ、やがて体一つになった。 少年はその目の前に立ち、静かに剣をその鼻つらに対して向けた。 静止した切っ先の前で、オォクトはしなだれたように動きを止めた。

「勝負あり!」

 審判員である教官が声をあげた。 鮮やかな戦い方に、割れんばかりの歓声が闘技場を揺らした。

「す、すげぇ!」

 サクは目を丸くして身を乗り出した。

「一体、アイツ何者だよ! シリウ、知ってるか?」

 興奮状態で言うサクをあきれ顔で見つめ、シリウが答えた。

「知ってるもなにも、校内で知らない人は居ないと思っていたんですが……ま、仕方ないですね、あなたはいつも試験のたびに怪我をして医務室に担ぎ込まれていますから」

「いつもじゃねーよ! なぁ、アイツ何者なんだ?」

 急かすサクに、シリウは指先で眼鏡を上げた。

「彼はカイル・マチ。 静武道セイブドウでは彼より上に出られる人は居ません。 他にもいくつかの教育を受けているようですが、僕も細かいことまでは知らないんです。 なにしろ、いつも一人で居て、誰とも話さないらしいですから」

「へええ~!」

 

静武道セイブドウ】とは、激しさを主体とする【動武道ドウブドウ】とは逆に、冷静さを失わず、常に平常心で闘いをする武道である。 どちらも闘い勝利をつかむことには変わりないが、うまく両方を組み合わせるほどに強さを生み出すとされている。

 他に合気道を主体とした【波武道ハブドウ】や身軽さを重視する【飛武道ヒブドウ】などがあり、生徒達はそれぞれに自分の得意分野を生かしながら自分を高めていくのだ。

 

 サクは目を輝かせて、涼しい顔をして汗を拭きながら一人で控え室へと戻っていくカイルを見つめていた。 誰も一緒に歩く者は見当たらない。 だがカイルは、それを当たり前のように平然と奥へと入って行った。

「オレ、アイツを仲間にする!」

「えっ?」

 驚くシリウに、熱弁するサク。

「オレ、アイツのこと気に入った! 仲間にしようぜ!」

 今度はシリウに強制とも言えるような同意を求めた。

 サクが勢いづくのは今に始まったことではない。 喧嘩っ早く、売られた喧嘩は買いまくる。 おかげで、サクが通るとあちこちで騒動が勃発する。 だが、誰かを仲間にしたいと言うのは初めてのことだった。

『これも、サクの勘ってやつでしょうか?』

 シリウはサクに頷いた。

「あなたの直感に、異論はありませんよ」

「よっしゃ! 決まりだっ!」

 拳を上げて早速走っていくサクの背中を見ながら、シリウもゆっくりついていく。

『でも、彼は一筋縄ではいかなさそうですけどねぇ……』

 シリウは小さく笑った。

 

 

 サクが闘技場の控え室を覗いたときには、すでにカイルの姿は消えていた。 近くにいた生徒に尋ねても、どこへ行ったのかは誰も分からなかった。

「一体どこに行ったんだぁ?」

 サクは思い込んだら一直線に突き進む。 試験の疲れなど忘れたようにカイルを捜し回った。

 一方、シリウは喫茶室で一人本を読んでいた。

 試験中は、各自、自由な時間を過ごせる。

 シリウはサクの好きにさせようとするつもりなのだろう。 窓からは午後の心地よい日差しが降り注ぎ、体をやさしく暖めている。 若干眠気を覚えて小さくあくびをし、また本へと視線を落とした。

 

「カイル、どこだぁ~!」

 サクはもはや、ヤケになりながらカイルを探している。 校内のどこを捜しても居ないのだ。 これはもう呼ぶしかないと、ひたすら名前を呼びながら走り回っていた。 周りの生徒たちは最初

「またサクが暴れ回ってるよ……」

 と呆れた表情で見ていたが、すぐに気にしなくなった。 いつものこと。 元気いっぱいなサクは、ひたすらカイルを捜し回っていた。

「おぅ、サクぅ、何してんだ~?」

 野太い声がサクを捕らえた。 サクは体を大きく揺らして止まった。

「んだよ、ナトゥ? 今忙しいんだ。 喧嘩なら後な!」

 軽く受け流して手を振り、走り去ろうとするサクを、ナトゥ・バタウサが引き止めた。

「お前が探してる奴なら、さっき屋上に行ったぜ~!」

 がっしりした褐色の体を揺らすナトゥ。

「何、ホントか? 屋上はまだ行ってなかったぜ。 ありがとよ!」

 サクは礼を言うと、手を挙げて走り去った。 ナトゥは、両端に従えた子分たちと顔を見合わせて含み笑いをした。

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