勘違いから生まれた幸運
「俺は、それからしばらく森の中で息を殺して隠れていた。 気が付いたら、セブンスヘブンの二階に寝かされていた。 オッカが言うには、ボロボロの服と体で、店の前に倒れていたらしい。 マチさんの葬儀も終わっていて、家も壊された。 残ったのは、新しい墓だけだった」
カイルは少しうつむいたままで、落ち着いた口調で淡々と話していた。 まるで、他人事のように。
「どうして、セブンスヘブンに残らなかったんですか?」
シリウの問いに、カイルは顔を上げた。 その瞳には何かを見据える光が宿っていた。
「俺はアイツを許さない。 必ず見つけだして、マチさんの敵討ちをするんだ」
「それで兵士養成学校に?」
カイルは頷いた。
「でも、何も男の真似をしなくてもいいんじゃないですか?」
シリウの問いに、カイルは少し不機嫌な顔になった。
「女は贔屓される。 俺は、自分自身を高めるためにも、本当の評価をしてもらいたかった。 ……それより、何故俺があの店に居ると分かったんだ?」
するとシリウは、微笑みながら町の中心を指差した。
その方向には、時計台がそびえ立っている。 この町では、どこに居てもこの時計台が見える。 時計台は、ザック町の象徴とも言える建造物なのだ。
「あそこの時計盤に登って、見つけました」
軽く言うシリウに、カイルは驚いた顔をした。
「あそこって……高さが五十メートル以上もあるんだぞ! そこから町を見下ろしたとしても、人は米粒くらいにしか見えないだろう?」
シリウは余裕の表情でカイルに微笑んだ。
「僕の目は……」
言いながら眼鏡を取ると、青みがかった瞳が港の明かりを反射した。
「強度の遠視が入ってるんですよ。 だからね、眼鏡を取れば、どんなに遠くに居るカイルの姿もばっちり見えるんです」
「遠視……?」
シリウは頷いた。
「子供の時の病気が原因らしくて、普通の人が見えないものが見えると言って、よく気味悪がられました。 今では眼鏡で矯正してますが、まさか役に立つことがあるとはねえ」
半ば嬉しそうに話すシリウ。 カイルは黙って彼を見つめていた。
眼鏡を取った顔など初めて見たが、案外整った顔をしている。 青く透き通った瞳が、カイルを惹きこむようだった。
「? どうしました?」
シリウに覗き込まれるように見られたカイルは、反射的に視線をそらせ、焦って言葉を探した。
「皆には、内緒だぞ!」
カイルの言葉に、シリウはきょとんとした。
「仲間なのに、ですか?」
カイルは強く頷いた。
「これまで男で通してきたんだ。 学校の中に居れば、ばれる事も無い。 今更言う必要はないだろう? 俺は、男として生きていくと決めたんだ!」
シリウは、ため息をついた。
「じゃあ、約束してくれますか?」
「約束?」
カイルは怪訝な表情になった。 シリウは優しく微笑んだ。
「無事に生きて帰ることができたら、デートしましょう!」
「でっ?」
カイルはあからさまに嫌な顔をした。
「そんな約束できるか!」
顔を背けるカイルの横顔に
「あ、じゃあ皆にバラします!」
とからかい気味に言うと、慌てて振り向いたカイルは
「卑怯だぞ!」
と声を上げた。 シリウは笑いながら
「では、約束してくれますね?」
と無邪気に首を傾げた。
「……」
冗談ともとれるようなシリウの言動に言葉を失ってしまったカイルに、決まりですね、と微笑むと、再び眼鏡をかけて勢いよく立ち上がった。
「いい町ですね、ここは」
深呼吸するシリウの背中を、赤い顔で見つめるカイルだった。
そんな様子を見ていた二つの影があった。
サクとヤツハだ。
二人を見つけたのはいいが、声を掛けるタイミングをすっかり逃してしまった二人は、草影に隠れて覗き見をしていたのだった。
「お、俺は別に気にしないけどなっ!」
動揺しているサクに、ヤツハも強張った笑顔で言った。
「あ、あたしもよ。 恋愛なんて自由ですもの」
二人はふらふらと宿への道を帰って行った。
翌朝、朝食の席で四人が揃った。 サクとヤツハの様子がどうもよそよそしいのに気が付いたシリウとカイルは、二人を見比べながら怪訝に思っていた。
「サクとヤツハ、どうしたんでしょうかねえ?」
シリウが囁くと、カイルも少し眉をひそめて
「挨拶も何かぎこちなかったしな」
と囁き返した。 その様子を見ながら、サクとヤツハは気にしないふりをしながらも、どこか手元がおぼつかなく、しまいにはサクがパンを落としてしまう事態に陥ってしまった。
「?」
サクとヤツハに疑問を感じながら、シリウとカイルは様子をみることにした。
荷物をまとめ、昼過ぎに四人はザックの町を出発することにした。
カイルは少し心残りを感じるかのように、何度も町を振り返りながら歩いていた。 そして、シリウとカイルから、どこか距離を保っている二人。
「一体どうしたんだよ、二人とも!」
業を煮やしてイラついたカイルは、とうとうサクとヤツハに声を掛けた。 二人は途端に戸惑う顔をした。
「昨晩、何かあったんですか?」
シリウも心配そうに尋ねると、サクが少し頬を赤らめた。
「な、なにがあったって……それはシリウたちが知ってることであって……俺たちは何も」
「僕たちが何を知ってるって?」
シリウとカイルは、お互いに顔を見合わせた。
「何よ。 そんな隠すことじゃないわ。 あたしたち仲間なんだし!」
「そうだぜ! 俺たちは気にしないからさ!」
「何を言って……!」
カイルは途端に動揺した。
『まさか昨日の話を聞かれた……?』
シリウを見たが、もともとクールな上に、眼鏡と前髪に隠れて表情が分からない。
「恋愛って、自由だと思うの」
ヤツハがモジモジしながら顔を赤らめて俯き、視線を外して言った。
「は?」
ヤツハの言葉の意味が理解できず、言葉を失ってしまったカイルに、シリウが耳打ちをした。
「どうやら、少し違うみたいですねえ」
「ほら、また近い!」
ヤツハが恥ずかしそうな顔をしている。
「仕方ないじゃんか……俺たちの事なんて見えてないんだから……」
寂しそうな顔をして言うサク。
「ちょ、ちょっと待て! お前ら何を勘違いしてんだよ?」
カイルが慌てて言うと、サクとヤツハは顔を見合わせた後、シリウとカイルを見てにんまりとした。
「夕べ二人で寄り添って公園のベンチに座ってたことは、学校に帰っても誰にも言わないから安心しろ!」
ここでやっとカイルも事態が理解でき、心にはさっきまでと違った動揺が走った。
「違うって! 昨日はそんなんじゃなくて! いや、だから、そんな関係とかじゃなくて!」
しどろもどろになるカイルは、シリウに助けを求めた。
「なぁ、シリウ!」
「僕は好きですけどね」
「はあっ?」
カイルは顔を赤らめた。
「シリウまで何を言ってんだっ!」
シリウは眼鏡を光らせて微笑んでいる。 顔を近付けると
「ま、話が聞かれたわけじゃないみたいですし、カモフラージュには最適じゃないですか?」
と囁いた。
「変な勘違いされたままでいいのかよ?」
「じゃあ、本当の事を話しますか?」
「ぐ……」
言葉を失ったカイルをおいて、シリウはサクの肩を勢いよく叩いた。
「全く! 覗き見なんて趣味が悪い」
「えー、だってさ! 声を掛けるタイミング無くしたんだもんよ!」
サクがヒリヒリする肩を押さえながら言った。 シリウはなおもサクの背中を叩きながら
「絶対学校の皆さんには内緒ですよ! 僕たちの趣味が疑われてしまいますから!」
と釘を刺した。 その様子を後ろから見ながら、カイルはただただ呆然としていた。 話を聞かれなくて良かったという安堵感と、おかげでシリウとの仲を勘違いされているという衝撃が頭の中を駆け巡り、ただ立ち尽くすだけだった。
「カイルー! 何やってんだよ~? おいてくぞ~!」
サクの声に我に返ったカイルは、ため息をついた。
「とりあえず、様子をみるか……」
ひとり呟いて、ため息をついた。
「複雑だけど……」
そう言うカイルの口元には、どこか笑みが生まれていた。