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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
18/95

カイルがカミィルだった時

 カイルは港の脇にある小さな公園のベンチに座っていた。

 緩やかな潮風がカイルの前髪を揺らしている。 ぼんやりと港を流れるように航行する船や、照明を反射して揺れる水面を見ていた。

 不意に、横に座った影に驚いて見ると、シリウだった。

「な、なんでここに?」

 驚きを隠せず、動揺するカイルに、シリウは優しく微笑んだ。

「オッカちゃんが、きっとココにいるだろうって、教えてくれたんですよ」

「オッカ? ……なぜオッカの事を!」

 思わず立ち上がり後ずさりするカイルに、シリウは、まあまあと微笑みながら、ベンチに座るように促した。

「シリウ、君は一体何がしたいんだ?」

 怒りにも似た口調で立ち尽くすカイル。 両手の拳がきつく握られている。

「驚かせてすみません。 僕はただ、あなたのことが知りたいだけなんです」

 シリウは申し訳なさそうに言った。

「俺の事など詮索するなと言ったはずだ!」

「気分を害してしまって、本当にすみません。 でも僕たちは、仲間なんですよ、カミィル」

 カイルは、はっとした表情で目を見開き、そして、あきらめたように力なく肩を落とした。

「とりあえず、座ってください」

 シリウの誘いに、カイルはベンチへとゆっくり近づいて座った。

「みんな、知ってるのか?」

 カイルはシリウと視線を合わせずに呟いた。

「聞いたのは、あなたの本当の名前くらいです。 僕は出来るだけ、本当のことをあなたから聞きたい」

 シリウは優しく言った。 カイルはため息をついて俯いた。 やがて観念したように大きく息を吸いながら顔を上げた。

「どこまで知ってる?」

 シリウは、カイルの本当の名前の事と、オッカ、カゲと共に孤児だったと言う事だけは知っていると告げた。 カイルは

「そうか……」

 とまた少し俯いて考えると、やがて話し始めた。

 

 

「俺は小さい頃、マチという女性に育てられていた。 物心ついたときにはすでにオッカもカゲもいて、三人は本当の兄弟のように育てられていた……」

 

 

 カイルは、ザックの町外れにある一軒家で育てられた。 紛争地帯の焼けた村で泣いているまだ赤ん坊だった三人を、軍医だったマチは仕事を辞めて引き取り、カミィル、オッカ、カゲと名付けて女手ひとつで育てていた。

 マチ自身、子供が好きだったこともあって、いきなり三人の子供が出来たことは負担ではなかった。 むしろ、毎日が騒がしく楽しい生活だった。 恰幅の良い、粋な男勝りのマチのもとで、三人は元気にすくすくと育っていた。

 

 そんなある日、最悪の事件は起こった。

 

 誕生日は分からなかったが、マチに助けられてから十年経ったということは知っていた。 拾われてから数え年で、三人は揃って十歳になったばかりだった。

 その日はマチに社会勉強だと言われ、買い出しに出掛けていた。 皆で協力してなんとか無事に必要なものを手に入れると、すっかり安心した三人はふざけてじゃれあいながら帰路についていた。

 やがて家の近くまで行くと、カミィルは何か不穏な空気を感じた。 急に立ち止まったカミィルの背中にオッカがぶつかってきた。

「なっ! どうしたの、カミィル?」

「しっ! 隠れて!」

 オッカの口を塞ぎながら木の影に走るカミィルを、カゲも訳が分からないまま追い掛けた。

「カミィル?」

 オッカの問いに答えず、じっと家の方を見るカミィルに、カゲもただ事でないことを察した。

「家に誰かいる……」

「マチさんじゃなくて?」

 カミィルは首を横に振った。

「違う! マチさんの感じじゃない!」

 カミィルは呟きながら凝視するが、遠すぎて家の中の様子までは分からない。

「二人はココにいて。 ちょっと見てくる!」

 カミィルは木の影に二人を残し、抜き足刺し足で家に近づいた。 近づくにつれて、家の中の明かりが揺れているのがわかった。 そして……

「!」

 カミィルは血の気が引いたように顔面蒼白で踵を返すと、一目散に二人が待つ木の影へと走っていった。 オッカもカゲも、ただ事でない顔をして戻ってくるカミィルに、底知れぬ恐怖心を覚えた。

「ど、どうだったんだよ?」

 二人の元に戻ってきて息を整えるカミィルに、カゲは恐る恐る尋ねた。 オッカはすっかり怯えて、カゲの袖を強く握っている。

「家の中に、誰かいる! それもたくさん!」

「ええっ?」

 二人は驚いて後ずさりをした。 誰か客が来るなら、マチがあらかじめ言うはずだ。 なのに何も聞かされていない。 突然の来客にしても、子供心に嫌な空気が漂っていた。 三人に緊張が走った。

「ど、どうしよう?」

 オッカが震えながらカゲの袖をなおも強く握った。 カミィルはもう一度家の方を見つめながら言った。

「カゲ、オッカを連れてセブンスヘブンに行くんだ。 そして、マスターに助けを求めて!」

「カミィルは?」

「あたしは大丈夫! ここで様子を見てるから。 早く!」

 カゲは、大きく頷いてオッカの腕を引いた。

「カ、カミィル!」

 今にも泣きだしそうなオッカに、カミィルは微笑んだ。

「オッカ、大丈夫だよ! 信じるんだ!」

「カミィル、無理しないでよ! すぐ助けを呼んでくるから!」

 カゲは引きずるようにオッカを引っ張りながら町へと戻って行った。

 カミィルはその姿を見送り、やがて見えなくなると、再び静かに家の方へと近づいていった。

 

 扉の前まで行くと、壁伝いに窓の方へそっと横歩きした。 窓からそっと中を覗くと、薄暗い照明の中で、五、六人の男たちがうごめいているのが見えた。

「!」

 途端に、カミィルの身体中を悪寒が襲った。 訳の分からない寒気と恐怖に震えながら、カミィルは家の横に立て掛けてある斧を手に取った。 普段はその近くに積んである木を切って薪にするときに使うものだ。 慣れているはずなのに、異常なほどずっしりとした鉄の重みがカミィルの細い腕を緊張させる。 それを引きずらないように持ち上げ、扉の前まで近づくと、大きく息を吸って扉を蹴り開けた。

 

 バターーン!

 

 大きな音に驚いて、家の中に居た男たちが開け放たれた扉を一斉に見た。

 皆、腕も首も太い体に簡素な服と汚れた身体。 男たちが驚いたのは一瞬だけで、すぐに白い目でカミィルを見下ろした。

「なんだなんだぁ? ガキが邪魔しにきやがったぞ~!」

 見下した目をして、一人の男が笑った。 それにつられて他の男たちも笑い始めた。

「ここはお前みたいなチビが来るところじゃねえぞ。 早く家に帰んな!」

 手を振って追い出すような仕草をする男に、カミィルの全身が鳥肌立った。 それでも、勇気を振り絞って叫んだ。

「ここはあたしの家だ! マチさんはどこに居る!」

「マチ~?」

 男たちは顔を見合わせ、怪しく微笑んだ。

「もしかして、こいつかあ?」

 男たちの体が少し離れ、さまざまな物が散乱している部屋の奥には、マチがぐったりと倒れているのが見えた。 生臭い空気が、カミィルを不快にさせた。

「マチさ……?」

 近づこうと一歩踏み込んだカミィルの体がびくりと震えた。 マチの服はボロボロに千切られ、身体のあちこちにアザと傷が刻まれている。 床のあちこちには、血の痕がこびりついていた。

「マ……マチさんに、何をしたーーーー!」

 一瞬でカミィルは怒りに震え、斧を振り上げると、やみくもに男たちの中に飛び込んだ。

「うわっ!」

「あぶねぇ!」

 それぞれに声を上げながら散る男たち。

「マチさん! マチさん!」

 カミィルはマチの傍にたどり着き、その身体にすがりつくと、その体を揺らした。 気を失っているのか、抵抗のない体が重く感じた。

「マチさん! 目を覚まして!」

 懸命に声を掛けるカミィルの体が不意に宙に浮いた。

「このガキがぁ!」

 カミィルは首根っこを捕まれたまま持ち上げられ、斧を振り回そうとしたが、簡単に奪われてしまった。

 斧を奪い取った男は、部屋の奥を見た。

「このガキ、どうします、ガラオルさん?」

 すると一番奥に悠々と座っていたがっしりした体格の男が、余裕の笑顔で言った。

「うるせえ虫は、殺して捨てとけ」

 気にする素振りもなく、ガラオルは軽い口調で言いながら唾を吐いた。

「はい!」

 カミィルを捕まえている男は、淡々とテーブルの上に置いてあったナイフを取ると、開け放たれた扉のところまで行き、ナイフを持った手を振りかざした。

「悪く思うなよ!」

 半ば口元がにやけた顔が、次の瞬間には苦痛に歪んだ。

「うあぁっ!」

 金属音と共にナイフが落ちるのと同時に、フォークが同じように金属音を立てて転がった。 拍子に男の手が緩み、カミィルは地面に尻餅をついた。

「カミィル、逃げなさい!」

 声がした部屋の奥を見ると、マチが上半身だけ起き上がって必死な表情で叫んでいた。

「マチさん!」

 喜びもつかの間、マチは背後からガラオルに髪を掴まれ、腕を取られると後ろへ捻り上げられた。

「ああぁっ! ……くっ!」

 マチの悲痛な声が狭い部屋に響く。

「マチさんっ!」

「逃げなさいカミィル!」

 苦痛に歪むマチの顔。 だが、それでもマチは必死にカミィルを見つめた。

「逃げるなんてやだ……」

 カミィルは呟きながら足元に転がるナイフを拾うと、男の足元をすり抜けて、マチのもとへと走りだした。

「このガキっ!」

 捕まえようとする男たちの手をすり抜け、カミィルはマチの腕を握っているガラオルに突進した。

「カミィル! やめて! 手を出してはダメ!」

 もはやマチの声は届かず、カミィルはガラオルの顔面にむかってナイフを振り下ろした。

 

「があぁっ!」

 

 マチの腕を離して後退りしたガラオルは、両手で顔を押さえて膝をついた。

「ガラオルさんっ!」

 男たちがガラオルに気を取られている間に、カミィルは座り込んだままのマチの腕を引き起こし、外へと連れ出そうとした。

「待て、この野郎!」

 その声と共に、ドスン!という鈍い音がした。

 

 急に足を止めたマチを振り向き

「マチさんっ! 急いで!」

 と言うカミルの両肩を優しく抱いたマチは

「カミィル、早く行きなさい。 そして、オッカとカゲと、一緒に仲良く生きるのよ」

 と言った。 不気味なほどに優しい口調に戸惑いながら、カミィルが首を横に振った。

「やだよ……マチさんと一緒に……」

 マチは微笑んでいた。

「ホントに……あんたたちはいい子に育ってくれた。 あんたたちと出会えて、ホントに……よかった」

 その瞳から涙をこぼしながら、マチは両膝をついた。

「マチさん……?」

 戸惑うカミィルに、マチは突然睨みをきかせた。

「早く行きな! あんたが今すべき事は、逃げ延びることだよ! さあ!」

 カミィルはいきなり怒鳴られて訳も分からず、その気迫に押されて思わず後ずさりをした。

「マチさん……?」

 だがマチの瞳は、厳しくカミィルを突き放すようだった。 もう近寄れない雰囲気を感じ取ったカミィルは、きつく目をつむると、振り切るように踵を返して走りだした。

 涙がとめどもなく溢れて視界が揺れ続ける森の中を、無我夢中で走った。

 

 小さくなるカミィルの背中を見送りながら、マチは再び微笑んだ。

「生きるのよ……」

 そして、気を失いながら力なく倒れた。 その背中には、短剣が深々と刺さっていた。

 マチの横を擦り抜けながら、男たちがわらわらとカミィルを追い掛けようとしたが、すでにその小さな背中は森の中に消えていた。

 部屋の奥で片膝をつき左半分の顔を押さえるガラオル。 左手の指の間から鮮血がしたたり落ちていた。 ガラオルは怒りに満ちた声で呟いた。

「あのガキ……絶対許さん!」

 

 

 後ろの方で、かすかに怒号が聞こえた。それでも振り返らずに、カミィルはひたすら走った。

 何か泥ついた心を振り落とすように、ただ走るしかなかった。

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