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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
16/95

いざ! ザック町へ!

「次はザック町だな!」

「そろそろ食糧も尽きかけているし、少し急いだほうがいいかも?」

 サクとヤツハが言うと、シリウも頷いた。

「アルコド国まではまだ中間地点です。 ザックは少し大きな町のようですし、しっかりと体を休めて、続く旅に向けて備えましょう!」

 シリウはふとカイルを見た。 どこか心ココにあらずと言った雰囲気を感じたので

「カイル? 大丈夫ですか?」

 と尋ねると、カイルはハッと我に返り、慌てて頷いた。

 そうして一行は、一路次の町ザックへと向かった。

 

 

 ザック町は、森と海に面した漁業の町。

 港では道の両側に店が立ち並び、海で獲れた新鮮な魚介類が並び、人で溢れかえっている。 サクたちはその繁栄ぶりに圧倒された。

「にぎやかな町だなあ! 美味いもんがたくさんありそう!」

 サクはすでにヨダレを垂らしている。

「サク、ヨダレが汚い! でも、これだけのいろんな魚介類、あたしも見たことないわ! ホント、栄えてるのね!」

 すっかり興奮しているサクやヤツハ。 あちこちに目が奪われ、興味津々でふらついている。

「ここからアルコド国に食糧を届けているんだ。 もうあの国に、自給の力はないと思う」

 カイルが神妙な顔でつぶやいた。 それを聞き、三人はそれぞれに、自分たちの責任の重さを感じるのだった。 シリウは胸のポケットに忍ばせてあるハミウカ紙を、そっと押さえて確認した。

「とりあえず、食事にしましょう!」

 シリウの一言で、もちろん大賛成のサクを筆頭に町の中を歩いた。

 

 石造りの建物がひしめき合い、人通りも多い。 まるで異世界に来たような錯覚に陥る。 いろいろな人種が集まり、交わす言葉も知らない言語が混じる。

「カイル、ここは、何が美味しいんですか?」

 シリウが聞くと、カイルは少し考えて言った。

「ここは、見ての通り漁業が盛んだから、魚料理かな。 新鮮な魚を出してもらえる」

 一行はレストランを探すと、中に入った。

「魚くれ! 魚、魚!」

 サクがテーブルを盛んに叩くので、またヤツハの制裁が落ちた。

「他の人の迷惑も考えて!」

 その前で、もう慣れてそ知らぬ顔をしたシリウがカイルにメニューを見せた。

「どれが良いですかねえ?」

 カイルはメニュー表を上から順番にたどった。

「これだと、皆で分けながら食べられるし、量も多い」

「じゃあ、これにしましょう!」

 シリウは店員を呼んだ。

 しばらくして、心待ちにしながら先に置かれたフォークとナイフを持って待っているサクの前に、テーブルいっぱいの分厚い大皿が重い音を立てて置かれた。

「でっけ~! いくらオレでも、こんなに食えねえよ?」

「バカね! 皆で分けるのっ!」

「具だくさんで、すごいボリュームですね!」

 シリウも驚いた声を出した。

「これ、なんていう料理なの?」

 ヤツハが聞くと、カイルはひとつ頷いて答えた。

「『パエリア』っていうんだ。 貝やイカとかと米を煮込んだ、家庭料理で――」

「うんめぇ~! しかしカイル、この町の事詳しいんだなっ!」

「ん? あ、あぁ」

 カイルの返事を聞くのもそこそこに、はち切れそうな頬で笑顔になるサク。

「ホント、美味しい! 素材の味がすごく生きてる!」

「本当に美味しいですね!」

 空腹の性もあってか、それぞれかきこむように喜んで食べる姿を見て、カイルは思わず微笑んでいた。 そして、自分も同じようにパエリアをかきこんだ。

「うまかった~! 腹がパンパンだ!」

 満足そうに膨れた腹をさするサクを先頭に、久しぶりにしっかりと栄養補給ができた一行は、宿を取った。

「費用は学校持ちですから」

 と微笑みながら、シリウは贅沢にも一人一部屋を取った。

 仲間としてずっと一緒にいるが、曲がりなりにもそれぞれ違う思いを強く胸に秘め、毎日を学んでいる者たちだ。 たまには一人になる時間も必要だろうという、ちょっとしたシリウの気遣いだった。 いつも元気に小突き合っているサクとヤツハはまだしも、カイルの表情には、体力的以外の疲労が出ていた。

「カイル、今夜はゆっくり休んでくださいね」

 そっと囁くように言ったシリウに、カイルは申し訳なさそうに頷いた。

「正直、人とこんなに長い間一緒に居ることに慣れてなくて……すまない、気を遣わせたな……」

 カイルは静かに部屋の扉を閉めると、倒れこむようにベッドに沈んだ。 途端に、清潔なシーツからのぼる石鹸の匂いが鼻をくすぐる。

「ふう……」

 目を閉じて大きく息をした。

 しばらくそうしていた後、カイルはゆっくりと起き上がり、窓から外を見た。 二階の窓から見下ろす町には、まだ人や馬車がひっきりなしに道を行き交っている。 夕暮れも近い。 西日が町をオレンジ色に染めている。 遠くに見える高い時計台が、午後六時を差している。

 カイルは軽く身を覆っていた防具を脱いだ。 そして着ていた服を替えると、洗面所で顔を洗った。 そして、軽装のまま部屋の鍵と少しの金をポケットにねじこむと、部屋の扉を開いた。

 

 

「あ、カイル!」

 宿の受付の辺りでサクの声がし、カイルが振り向くとそこにはヤツハも揃っていた。

「どこかに行くのか?」

 サクが訪ねると

「サクたちこそ、どこかへ?」

 とカイルも聞き返した。 サクは途端に笑顔で答えた。

「近くに温泉があるってさっき聞いたからさ、行ってみようかと思って! で、お前とシリウも呼びに行くとこだったんだ!」

「ね、一緒に行かない? あ、もちろん混浴じゃないわよ! しばらくまともに体を洗ってないし、久しぶりにさっぱりしましょうよ!」

 ヤツハもにっこりと誘った。 カイルは愛想笑いで手を振った。

「俺はいいよ。 シリウと三人で行ってこいよ。 ザックの温泉は、疲労回復によく効くらしい」

「じゃあなおさらカイルも温泉入った方がいいんじゃね?」

 カイルは首を横に振った。

「俺は少し用事があるから。 楽しんでこいよ」

 軽く手を振ってその場を離れるカイルの背中にサクが呼び掛けた。

「後からでもいいから、来いよ~!」

 カイルは答えずに、夕刻の町へと姿を消した。

 

 

 勢いよくしぶきが上がった。

「あっちぃ~~~! でも気持ちいい~~~!」

 サクの声が露天風呂に響く。 湯けむりが漂うなか、シリウもちゃっかり湯に浸かっていた。 湯気で眼鏡が真っ白だ。

「本当に、気持ちいいですねぇ。 カイルも来ればよかったのに」

 白く濁った湯を手ですくいながらシリウが言うと、潜っていたサクが勢いよく湯から飛び出して言った。

「なんか用事があるってさ。 あいつ、旅の途中でも一緒に水浴びとかしたがらないんだよな!」

 それでもあまり気にしていないような口調で言い、そして不意に壁を見ると、耳を近付けた。

「シリウっ! 向こう、女湯だったよな?」

 サクが囁くように言うと、シリウも

「確かそうだったような……」

 と声を潜めた。 サクはにやけながら、おもむろに壁をよじ登りはじめた。

 壁と言っても、岩でできた簡易的なものだ。 器用に上までのぼると、懸垂の要領で目の辺りまで覗かせた。

「湯気でぼんやりとしか見えねえ……」

 残念そうに言っていると、急に激しい風が吹き、湯けむりを揺らした。

「うわお!」

 サクが思わず声をあげた途端、彼に軽い物体がぶつかる音と共にサクが落ちた。 湯しぶきが勢い良く上がり、起き上がったサクにヤツハの怒号が刺さった。

「なに見てんのよ? バカ! 変態!」

「お前なんか見るわけねえだろ! 他にいねぇのかよ、姉ちゃんがさぁ!」

「なんですってーーっ?」

 いきなりヤツハの顔が壁の上に現れ、桶を振り上げた。

 

 カコーーン!

 

 再び軽い音が露天風呂に響き、サクの頭には二つのこぶが出来ていた。

「やるか、このやろう!」

 サクが構えると、ヤツハは鼻で笑い

「そぉんなちっちゃい奴に負ける気がしないわ」

 と言うと、サクはヤツハの視線をたどって自分の股間に手を当て、慌てて湯の中に沈んだ。

「見んなよ、こらぁ!」

「あはははっ!」

 ヤツハはサクを笑い飛ばし、サクは必死に言葉で返すが、事は明らかにヤツハが優位に立っていた。 その様子を見ながら

「二人は、本当に仲が良いですねぇ」

 と湯に浸かったままのシリウは、桶を二つ持って微笑んでいた。

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