真実と絆
外にはまだ残党が散らばって屋敷の中を伺っていたが、サクたちの姿を見た途端、怯え震えて後ずさりをした。 ボスのガラムが落ちたことを知ったからだ。
サクたちは残党たちの視線を気にする素振りも無く、村の外へと向かった。 その時
「お前ら! 絶対! 許せない!」
と甲高い声が響いた。
見ると、母親と見られる女性の制止を振り切って、まだ五、六歳ほどの少年がサクたちに駆け寄ってきた。 見ると、小さな体には不釣合いに煌めくナイフをしっかりと両手で握っている。 そのままの勢いで、少年はサクへとナイフを振りかざして襲い掛かった。
「おっと!」
サクは、軽々と襲ってきた少年の攻撃をかわし、その細腕をつかみ上げた。 その拍子に、手にしていたナイフも金属音を立てて地面に落ちた。
「くっ! 離せ! 離せってば!」
「サク!」
ヤツハが戸惑いながら少年を見つめた。 少年はもがきながら、今度はサクの体を蹴ろうと足をバタつかせている。 だが、その短い足ではかすりもしない。
「ヤンバス!」
母親らしき女性が近づけないまま、地面に膝をついて少年の名を悲痛に呼んだ。
「お前、この村の子供か?」
サクが人懐っこく微笑み、軽い口調でヤンバスに尋ねた。 ヤンバスはサクの頬につばを吐きかけた。
「!」
シリウとカイルの緊張が走った。 怒らせたら、例え相手が子供だろうが、何をするか分からない。
だがサクは、ゆっくりと頬を腕で拭き、少年を見つめ返した。
「ヤンバスって言うのか」
「強盗のお前らなんかに、名前で呼ばれる筋合いなんかない!」
「強盗?」
ヤツハが驚いて尋ねた。
「そうだろ? 父ちゃんたちが一生懸命稼いできた物を、お前らは盗んだんだ! 村もこんなに滅茶苦茶にして! お前ら、絶対許せない!」
「そうか……」
カイルが呟いた。
「この村の男たちは、家族に自分が流族だってことを言ってないんだ」
シリウはそれを聞き、小さく頷いた。
「その様ですね。 彼らにとっては、僕たちはただの強盗……ということですか」
サクはじっと少年を見つめ、そして突き放すようにその手を離した。
しりもちをついて地面に転がったヤンバスは、それでも心は折れなかった。 睨む瞳は、憎悪で輝いている。
「ヤンバス! 今はわかんねえかも知れないけど、聞け!」
「っ!」
ヤンバスはサクの気迫に押され、言葉をつぐんだ。
「大事なのは、真実を知ることだ! 見えない所に、真実は隠れてる!」
ヤンバスは呆然と聞き入っていた。 サクはニッと微笑んだ。
「お前、将来絶対強くなる! オレが保障する! 村を荒らしたことは謝る。 すまなかった!」
すっかり言葉を失ったヤンバスを残して、サクは歩き始めた。 その後を、他の三人も追いかけた。 後ろ髪を引かれる思いでヤツハが振り返ると、まだ膝を付いている状態で、じっと見つめるヤンバスの姿が見えた。 その表情に、もう憎悪の気配は無かった。 というより、ただサクの気迫に押さえ込まれたのだろう。
「あの子……」
ヤツハが心配そうに言うと、カイルが言った。
「大丈夫だ」
「え?」
「目は死んじゃいなかった。 あの子は、大人になって全て分かった時、自分で行くべき道を選べる男だ」
そう言うカイルに、シリウは微笑んだ。
「そうですね」
不信感をあらわにする村人の視線を浴びながら、サクたちはタニヤ村を後にした。
タニヤ村を出てしばらく行ったあと、戦いで受けた怪我の手当てをするために安全な場所を確保した四人の口論は激化していた。
「まったく、ちゃんと持っとけよな!」
ヤツハにキズの手当てを受けながら、サクはシリウを責めた。 彼は申し訳なさそうに
「すみません。 僕も油断していました。 まさかあそこまで睡魔に襲われるとは思いませんでした」
「シリウだけの性じゃないわよ! 料理の中に何か入れられていたのかもしれないし、何より、シリウが持っているのを知っていたあたしたちだって、守らなきゃならない責任があるのよ。 皆の責任だわ!」
ヤツハが弁護するように言うと、カイルもうつむいた。
「見張りするって言ったのに、俺まで眠ってしまった……」
「カイル、自分を責めることはないわ! サクの方が、一番先に寝たじゃない!」
キズに巻いた包帯を無理やり絞られ、悲鳴を上げるサク。
「分かってるよ……オレも油断してた。 シリウの性だけにしちゃ悪いよな。 ごめん!」
シリウは首を横に振った。
「これからは、もっと気を引き締めて行かないと! 何があるか分かりませんから」
それから、胸のポケットを軽く叩いた。 シリウはヤツハに頼んで、内ポケットを厳重に縫いこんでもらうことにした。
その後、休み無く半日以上を歩き続け、時々襲ってくる獣たちと戦いながら進み、さすがにへとへとになった四人は、森に囲まれた泉のほとりで野宿をすることにした。 ひとりひとりが交代で見張りをしながら、数時間ずつの睡眠を取ることにした。
月明かりにぼんやりと照らされ、虫の鳴き声だけが響く森の中は風も穏やかで、ゆっくりと時間が流れているようだった。
「静かですねぇ」
シリウの声に、見張り役だったカイルが振り向いた。
「まだ起きていたのか? 少しでも眠っておいた方が良い」
シリウは答えずに、カイルの横に座った。 サクとヤツハは同じ木の幹にもたれて、毛布にくるまって眠っている。 寝顔を見れば、まだ十代半ばの子供の顔だ。 気を張り続けた末の、短い安息の時。
「シリウ、いいから眠って――」
カイルの言葉を遮って、シリウはシーッと自分の唇の前で人差し指を立てた。
「人にはね、適当って言葉があるんですよ。 充分、休息は取らせていただきました」
そう言って微笑むシリウに、カイルは思わず見入ってしまいそうになった。
「!」
我に返り、慌てて視線を逸らすと、カイルは緩やかな波を立てる水面を見つめた。
「これからも、学校では味わえないことがたくさん起こりそうですね」
シリウが穏やかに言った。
「まだ先は長い」
カイルが呟くと、シリウはその顔を覗き込んだ。
「怖い、ですか?」
するとカイルはキッと睨んだ。
「そんなことはない! 俺も厳しい訓練を乗り越えてきている。 それにこの旅が危険なことくらい、最初から覚悟している!」
カイルは、眠っているサクとヤツハを起こさない程度の音量で言った。
「そうですか。 僕は怖いですけどね」
シリウはそう言って微笑んだ。 思わず見つめるカイルに
「意外そうな顔ですね? でも僕は、一度過ちを犯しました。 ハミウカ紙は、命を削ってでも守らなくてはならない。 その重圧を、今更ながら思い知っています」
シリウは、胸を強く押さえ、カイルもその胸元を見つめた。
「そうだったな……この旅は、シリウが一番気が重いのかもしれない。 でも俺たちは、あの事があったことで、一層絆が深まったはずだ! もう間違いはないと思う」
「絆……フフッ……カイルからその言葉を聞くとは」
シリウは嬉しそうに笑った。 カイルの頬が赤くなったようだったが、夜の薄暗さにうやむやにされた。
「と、とにかく、俺たちはファンネル校長に信用されて依頼されたんだ。 その期待を裏切ることはできないってことだ!」
まるで自分に言い聞かせるように言うカイルに、シリウは微笑んで頷いた。 そしておもむろにカイルに寄り添うと囁くように言った。
「ところで、旅立つ時に、あなたがミラン先生から受け取った物が気になっているんですが……」
カイルは驚いたように体を離した。
「知っていたのか?」
シリウは微笑んで頷いた。
「それに、月に一度、医務室に通っていることも気になります」
カイルはそこまで知ってるのか、と観念したようにため息をついた。 そして懐から布袋を取り出した。 旅立つ時に、ミランがそっと手渡したものだ。
「痛み止めだ」
カイルは袋の口を開き、手のひらにそのいくつかを取り出した。 錠剤の形をしているそれは、確かに薬のようだった。 シリウはそれを興味深そうに見つめ、次にカイルの顔を見た。
「何か持病でも?」
心配そうに尋ねるシリウに、カイルは視線を逸らせて答えた。
「持病……まあ、そうだな……」
そして、錠剤を布袋に戻した。
「あまり聞かれたくないことも、人にはある」
と、それ以上は黙った。 シリウはあきらめたように息をつくと、木の幹にもたれた。
「そうですよね。 でも、無理しないでくださいね。 薬があると言っても、気休めにしかならないと思って」
「それはミラン先生にも言われた。 薬に頼るな、と。 でも……」
続けようとしたカイルだったが、口をつぐんだ。
「助け合うのが仲間です。 薬よりも仲間に頼った方が、健康的かもしれませんよ。 あとは、睡眠も。 さ、時間ですよ、カイル」
優しい口調のシリウに、カイルは穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、シリウ。 感謝する」
そして静かにサクとヤツハの所へ近づくと、上着を後頭部まで深く着こんで、眠りに付いた。
「おやすみなさい、カイル」
シリウは、カイルが小さくうずくまるのを見届けると、ひとり微笑んで再び泉を見つめた。
静かな時が、一時の安息を包んでいた。