ファンネル校長の依頼
「こんなところにいたのか、お前たち!」
四人が驚いて声のした方を見ると、風紀教員のゴンドル教官が巨体を揺らして近づいてきていた。
巨体の割に動きが素早く、いつも校内を走り回り、学校の風紀を乱すものを注意し正すことを担っている。 黒い短髪に、四角い顔。 小さい三白眼が鋭い輝きを放っている。 生徒たちの苦手とする教官だ。
「うわ、やべっ!」
思わず逃げようと背中を向けたサクに俊足で近づき、その首根っこを掴むと、自分の目の高さまで軽がると持ち上げた。
「探すのに苦労したぞ! まさか揃って外にいるとはなぁ!」
「なんだよ! 別に悪いことなんてしてないだろ?」
「じゃあなんで今逃げようとしたんだ?」
ゴンドルは目の前で手足をばたつかせるサクを鼻で笑い、放るように下ろした。 器用に着地したサクは、拳を握って構えた。
「やるか、このっ!」
ゴンドルは臨戦態勢のサクを無視して、他の三人に言った。
「ファンネル校長がお前たちを呼んでいる。 早急に校長室へ行くように! それと……」
三白眼をもって、ゴンドルは四人を流し見た。
「仲が良いのはいいことだが、くれぐれも試験を落とさぬように! 落ちたら、例外なく即刻退学だからな!」
ゴンドルはイヤミっぽくそれだけ言って、踵を返すと風のように消えた。
「校長が、僕たちに何の用なんでしょう?」
首を傾げるシリウに
「行けば分かるだろ!」
と、まだ動き足りなそうに体を動かすサク。 ともすれば、本当にゴンドルとやりあうつもりだったのだろうか。
「そうね、とにかく行ってみましょう」
ヤツハの言葉に異論はなく、早々に荷物を片付けると、四人は養成学校へと戻って行った。
「お楽しみのところ、邪魔をしたかいのう?」
たっぷりと蓄えた白いあご髭をゴツゴツした指で何度もさすりながら、ファンネル校長は笑って言った。 小柄な老体に似合わず、いつも隙がない。 少し訓練をした生徒ならばその柔らかい表情の裏にある、鋭い切っ先のような気迫を感じるはずだ。
「ファンネル校長、僕たちに用とは何でしょう?」
シリウがしっかりとした丁寧口調で尋ねた。 ファンネル校長は少し真面目な表情になった。
「うむ。 君たちはこの間の試験を見事に通過した。 毎年やってはいるが、なかなかあれだけの素晴らしい仲間同士の助け合いは見られない。 私は感動した」
「だから、用事って何だ……っぷ!」
結論を急かそうとしたサクの口を慌てて塞ぐヤツハ。
「つ、続けてください!」
「それでだね、ひとつ君たちに頼みたいことがあるのだ」
「頼み……ですか?」
シリウが眼鏡を上げた。 四人は想像が出来ず、顔を見合わせた。
「そうじゃ。 君たちに、この手紙をある人に届けて欲しいのじゃ」
「普通の手紙のように見えますが……」
ファンネル校長から封筒を受け取ったシリウが、中身を窓から差し込む陽の光に透かしてみたが、何も違和感はなく、ごく普通の白い封筒にしか見えなかった。 宛名も書かれていない。
「そんなの、普通に郵便で送れば……っつ!」
今度はカイルのげんこつがサクの頭に落下した。
「少しは黙ってろ!」
ファンネル校長は動じずに、笑って答えた。
「それは普通の郵便では運べんのじゃよ。 そこには、ハミウカ紙が入っておる」
するとカイルが乗り出した。
「ハミウカ紙? あの、浄化作用があるという?」
「そうじゃ。 水に浸すと溶けて広がり、周りの土壌を浄化する」
「では、これを運ぶ先というのは、アルコド国……?」
カイルの呟きに、ファンネル校長はゆっくり頷いた。
「そうじゃ。 詳しい話は、カイルから聞けば分かるじゃろう。 事は急ぐ。 早速明日にでも出発して欲しい。 くれぐれも、気を付けてな」
ファンネル校長は白髭をさすりながら、頼むぞ、と微笑んだ。
四人が所長室を出て行った後
「本当に、彼らに託しても良いのでしょうか? まだ十代の生徒たちですよ。 私たちに任せて頂けた方が、よっぽど安心で早いでしょうに」
部屋の隅に立って話を一緒に聞いていたゴンドルが、不満そうに言った。 事の大きさと緊急性を考えれば、実力のある大人の教官たちに託したほうが良い。 そう思うのが普通だろう。
だがファンネル校長は、首を横に振った。
「あの子たちに任せる。 アルコド国は、大人では救えないんじゃ……」
希望を託し、微笑みすら浮かべるファンネル校長の前で、ゴンドルは終始あまりいい顔をしなかった。
「カイルに聞けば分かるって、どういうことだ?」
その日、夕方の集会が終わってから食事もそこそこに、サクたちは図書室に集まり、地図を広げて明日からの旅の予定を立てはじめていた。
「そうよ。 そもそもカイルは今回のこと、知ってたわけ?」
ヤツハがペンを器用に回しながらカイルに聞いた。 カイルは首を横に振って言った。
「いや、依頼のことは知らなかった。 噂に聞いたことがあるだけだ。 アルコド国は森と水が豊かな国で、ずっと平穏に過ごしていたんだけど、ある日急に泉の湧き水が濁りだして、周りの土壌も汚れはじめたらしい。 やがて食物も育たなくなり、人々の生活にも困るようになった。 五年ほど前の話だ」
「ハミウカ紙は、特別な草で作った紙に呪文が封印してあるもので、それも強靱な魔導士が相当の念を込めなくてはならない」
シリウが補足すると、ヤツハがぽんと手を打った。
「そうか、ファンネル校長!」
「それに、他にも何人か力のある教官はいるし、協力すればハミウカ紙を作ることも可能です」
シリウの言葉に、カイルは頷いた。
「そぉんなすごい紙切れには見えないけどな!」
サクが封筒を灯りに透かしている。
「でも、校長ともあろう人が、オレたちを信用して頼んできたんだよな? じゃあその期待、裏切るわけにはいかねえよな!」
サクは冒険の匂いに瞳を煌めかせている。 そして目の前に広げられた地図を見下ろした。 続くように、他の三人も地図に目を落とした。
「さあ、どんな道順で行く?」
シリウがペンを取り、ソラール兵士養成学校を囲むように丸く印を付けた。
「ここが養成学校。 山は極力登らずに、避けるように麓を行こうと思います」
言いながら、地図に道となる線を書き込んだ。 それを見ながら、サクが呟いた。
「ずいぶん曲がりくねってるな」
「山は方向を見失いやすいし、何が出るか分かりません。 多少遠回りでも、この道を行ったほうが安全でしょうから」
「腹が減ったらどうするんだ?」
「サク、あんたはそればっかり!」
ヤツハがあきれ顔をし、シリウは笑いながら言った。
「途中、幾つか町や村がありますから、そこで休んだり食糧も調達できます」
サクは、地図を見ながら線をたどった。
「タニヤ村、ザック町、モノリス村……美味いもんあるかなぁ?」
「もう、あんたはぁ! ちゃんと分かってる? 遊びじゃないんだからね!」
ヤツハがサクに拳を挙げる横で、カイルは皆に聞こえないほどの小声で呟いた。
「ザック……」




