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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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始まりはソラール

 人口二千五百人ほどの小さな街、ヴィルス。

 寄り添うように横たわる、さほど高くないカナン山の中腹に、そのソラール兵士養成学校はあった。

 三棟ある建物は、講堂、医務室、給仕室や約二十人居る教官の待機場、図書館を兼ねた学習室が入っている三階建ての建物を挟むように、二階建ての男子寮と女子寮の二棟が建っている。 外には、広くならされたグラウンドが整備してある。

 そのなかで、現在二百人ほど居る生徒たちはそれぞれに夢を持ち、日夜鍛練している。

 ここの教育のしかたは、時間にしばられた厳しい規律に凝り固まったスパルタ学校というわけでもなく、朝と晩の決まった時間に講堂に集まり、点呼と連絡や注意事項を伝えられたあとは、基本「自由」というスタイルだ。 基本的なマナーや常識を外れないかぎり、教育を受けられる。

 教官たちのスケジュールが毎日決まっていて、生徒たちは自分が求める技術や知識を、自ら動いて得なければならない。

 教官たちは分け隔てなく、授業を受けに来た生徒に自分のペースで教育する。 ついていけなくなったら、容赦なく置いていく。

 そして、月に一度の試験に合格しなければ、すぐに養成学校を出なくてはならないという残酷な規則があった。

 生徒たちはいつも必死に生きていた。 それでも自分の夢を叶えたいがために。

 今日も養成学校のあちこちから、訓練の息遣いや覇気が放出されていた。

 

 

 夜――

 

 講堂での一通りの集会が終わり、明日の朝までは自由な時間。 皆それぞれに夕食を取ったり、図書室で勉強に励んだり、自室で休んだりと、好きな事をしている。 いつものように静かな夜だった。

 

 講堂などが入っている建物にしかない屋上では――。

 

 山の麓から吹き上げる風が、静かに建物の壁を撫でていく。

 灯りがひとつも無い屋上は、ただ月明かりがぼんやりと照らし、穏やかな時間を奏でている。

 貯水タンクの下にある鉄製のハシゴに座る人影がひとつあった。

 ストレートの藍色の髪の毛は耳がちょうど隠れるくらいに綺麗にカットしてあり、少し長めの前髪が鬱陶しいほどに目元を隠している。 少し小柄な体型の少年。 十六歳。

 名をカイル・マチといった。

 カイルは一人きりでハシゴに座り、夜空を眺めていた。

 そしてその頬には、あろうことか涙が一筋流れていた。

 

 

 カイルには、秘密があった。

 それは医務室の担当医、ミランにだけ伝えてある。

 誰にも言えない秘密。 それは、癒えない傷と共に心に突き刺さっていた。

 

 彼は一人の時間ができると、一人でいつもそこで体を休め、空を眺めていた。

 成績は優秀。 何でもソツなく、たいていの事は器用にこなしている。

 ただ、人付き合いだけは苦手だった――というより、故意に人を近づけまいとしていた。 見えない壁を作り、必要最低限の会話以外は、誰とも交わさなかった。

 ソラール兵士養成学校に入って三年。

 今のカイルに、友達と呼べる者は居なかった。

 

 彼はしばらくそこに座ったまま夜空を眺めた後、涙が乾いた頬をそのままに、屋上を出た。

 そして、自室へと戻っていった。

 夜の屋上には、静かに風の音だけが奏でられていた。

 

 

 

 翌日――

「いっっ! てててて!」

 医務室に、叫び声にも似た奇声が響いた。

 担当医のミランが、少年のこんがりと日焼けした腕に包帯を巻いている。 奇声はこの少年から発せられたものだった。

「いつもいつも怪我ばかりして! ここ一週間、ほとんど毎日じゃないかっ!」

 細い体に白衣をひっかけ、眼鏡をかけた知的な容姿とはうらはらに、意外にも男勝りな言葉遣いの女医、ミラン。 半ばやけくそ気味に包帯を締め付けるものだから、少年は余計に痛がっている。

「しょうがねぇだろ~? サライナの奴、容赦しねぇんだから!」

「教官を『奴』なんて言うんじゃないっ!」

 そう言いながら、留めおわった包帯の巻かれた腕をパンッと叩いた。

「いてぇっ!」

 飛び上がるように立ち上がり、少年は包帯の上から腕をさすった。 小柄な体は光が弾けるように輝き、健康的な色に包まれている。

「サク、また来たら承知しないからね!」

 言いながらミランは、懐から煙草を取り出して火を点けた。 一つにまとめた金髪の束からひと束が零れ落ち、顔の頬をくすぐっている。 それを細い指先で鬱陶しそうに耳に掛け、眼鏡を上げた。 サクは口を尖らせて反論した。

「怪我するのは元気な証拠だろ?」

「屁理屈を言うくらい元気なら、早く授業に戻りな!」

 ふうっっと白い息を吹きかけると、サクは逃げるように扉の方へ駆けた。

 

 すると、偶然にもサクの目の前でガラッと扉が開き、背の高い細身の少年が姿を現した。 ストレートで少し長めの紺色の髪が顔を撫で、細縁の眼鏡とその奥の細い紺色の瞳が、知的な印象を与えている。

「シリウ!」

 驚いたように見上げるサクに、シリウはため息をついた。

「また怪我をしたと聞きまして」

 丁寧な口調で呆れたように言われて、サクは

「わはははは!」

 と笑ってみせながら、黒髪がビンビンはねた頭をかいた。

「ハハハじゃないでしょうっ。 そのうち怪我だけじゃ済まなくなりますよ!」

 静かな口調で、説得するように言うシリウ。 そこにミランが近づき

「ほらほら、説教なら外でやってくれ! やかましい!」

 と二人の背中を押して追い出すと、勢いよく扉を閉めた。

「わわわっ!」

「あ、すみません、ミラン先生!」

 二人の声は、ミランが扉を閉める音にかき消された。 閉じた扉の前で、ミランはフンッと鼻を鳴らして腰に手をあてると、小さく笑みをこぼした。

「元気な証拠、か。よく言うよ!」

 嬉しそうに呟くと窓辺に寄り添った。 そして一変、切ない表情で

「死んだらおしまいなんだよ……」

 と呟いた。 ミランが吐いた白い煙が、窓から見える外の訓練風景を曇らせた。

 

 

「ほらみなさい。 また次に行ったら倍返しされるかも知れませんね」

 シリウがからかうように笑う。 冷静そうな白肌の表情がニヒルに歪む。 サクは白い包帯が映える褐色に日焼けした腕を一回転させた。

「でもオレ、母ちゃんみたいな感じがして、好きだぜ!」

 ニッと笑うと、白い歯が眩しい。 そんなけろっとした表情のサクを見下ろすようにシリウも微笑み、並んで廊下を歩いた。 この会話もいつもの事なのだ。

 

 

 元気の塊、十五歳のサク・パクオラと知的で冷静な十九歳のシリウ・ソム・イクシード。 このデコボココンビは、まるで兄弟のようにいつも一緒に居る。

 出会いは、サクの入学の時だった。

 入学試験と称して、体力測定をしていた時の事。

 小柄で元気が良く、豪快に動き回るまでは良かったのだが、勢い余って壁に激突したサク。 当たり所が悪く気絶していたサクを医務室まで連れて行ったのが、偶然居合わせたシリウだった。

 目を覚ましたサクが、何の反省も無くくったくのない笑顔を見せて礼を言ったのは言うまでもない。

 シリウはそれから、何かにつけてサクの傍にいるようになった。 周りからは暴走するサクのお守り役に見えたようだが、シリウにとっては、何事にも真っ直ぐで、凝り固まった考えを持たない彼に魅了されたのかもしれない。

 

 

「午後から試験があるんでしょう?」

「おう! 今回もバッチシだぜ!」

 シリウの問いに意気揚々と拳を上げるサクの鼻っつらを指先で弾いた。

「なぁにが! また怪我をしないように!」

 弾かれた鼻には、既に絆創膏が貼ってある。 他にも頬や膝……一体どうしたら、と思うくらい、あちこち怪我だらけのサク。

「分かってるよ!」

 サクは舌を出し、アカンベーをしながら走っていった。 シリウはその後ろ姿を見送りながら、呆れたように息をつき、眼鏡を上げた。


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