街中の少年
連載していた「トランプ」という話の番外編です。
某所で、ちょっとした記念に書きました。
ですので、もしもお時間があるのならば、そちらを先に読んでから、このお話を読んで頂けると嬉しいです。
*
「それ、どうするんだ?」
晴れた空の下、少女が指差した『それ』を見て、少年は肩を竦めた。
【街中の少年】
真っ白な少年と少女は、様々なショーウィンドウが並ぶ街中で、人目を避けるようにして路地にひっそりと佇んでいる。気を付けて見ていないと見過ごしてしまうような、存在を主張しない路地だった。
少年の手には、鮮やかな黄色い傘が握られていた。肌も髪も着ている服も白い少年に、黄色い傘はやや不釣り合いで異質なもののようにも見える。同じように白い肌と髪をもち、白袴を身に付けた少女は不機嫌そうに腕を組んだ。
「黄色」
少女はもう一度、黄色い傘を指差す。まるで、黄色いことが悪いことであるかのように、傘を責めているかのように、低い声で囁かれた言葉だった。
少年が手にしている黄色い傘は、見知らぬ少女から貰ったものだ。雨の中、傘も差さずに公園のベンチに座っていた少年に、その見知らぬ少女から差し出されたもの。
「捨てるわけにもいかないよ」
僕達が見守るべき生命がくれた優しさなんだから、と少年は続ける。そんな少年を咎めるように、少女は少年を睨みつけた。
「黄色は駄目だ」
「なんで、黄色は駄目なんだろう?」
「……知ってるくせに」
「……うん、知ってる」
少女はますます不機嫌な表情を浮かべると、少年からぷいと顔を逸らした。そんな少女を見て、少年は苦笑する。
「ごめん」
少年がぽつりと落とした謝罪の言葉を聞いても、少女が少年に顔を向けることはなかった。
「雨は止んだし、晴れたし、もう僕達には必要ないものだね」
どこか淡々とした響きを持った少年の言葉に、少女は少年へと目を向けた。ふと視線が絡み合うと少年は嬉しそうに微笑む。
「だから、これを必要としている子にあげることにするよ」
そう言って少年は路地の奥を徐に指差す。薄暗い路地。少女は身を乗り出すようにして路地の奥を覗き込むと、小さなダンボール箱があることに気付いた。
「……捨て猫か?」
「多分。まだ小さい」
そう言って、少年はダンボール箱へと歩み寄っていく。少女もそっと後を追った。少女の髪飾りの鈴が、リンと小さく音を立てる。
ダンボール箱の中には、少年の言った通り、小さな猫がいた。本来は真っ白だったと思わせる猫の毛は、今は薄汚れた灰色をしている。少年は柔らかな仕草でしゃがみ込むと、そっと猫の体を指で撫でた。
「……ここまでよく、頑張って生きたね」
少年は呟く。猫は少年の指に撫でられる度に、気持ち良さそうに目を細めた。
「可愛いな」
少女がそう言うと、少年は小さく頷いた。そして「ファテも撫でたら?」と少女に向かって微笑む。少女は視線を彷徨わせると、少し躊躇うようにして口を開いた。
「猫は鳥を食べるだろ」
「――そっか」
その言葉を聞いた少年は、どこか残念そうだった。少女は少年と同じようにしゃがんで、温かな表情を浮かべながら猫を眺める。
「少し、濡れてるな」
「うん、雨が降ってたからね」
「……こんな路地の奥じゃ、人に気付いてもらえないだろうな」
「うん、だから――」
少年は手に握った黄色い傘を、少女の目の高さまで持ち上げた。
「これを差してあげれば雨に濡れないし、色も目立つ」
きっと誰かが見つけてくれる。自分達が連れて歩くことは出来ないから、その誰かにこの生命を託す。
少年は傘を開くと、ダンボール箱を覆うようにして差した。そして、傘と箱の隙間から手を差し込み、もう一度猫を優しく撫でる。少女はその光景を静かに見つめていた。
「――さて、行こうか」
少年の唇が紡いだ言葉は、空間に溶けていった。名残惜しげに、白い指が猫から離れる。少年は大きな黒い目を細め、愛おしげに猫を見つめてから、ゆっくりと瞳を閉ざした。
それから少女へと視線を向ける。少女は小さく頷いた。
やがて二つの白い影は路地から消えた。残された小さな生命は、流れゆく時の中でうずくまる。優しい黄色い加護を一身に受けながら――。