落ちた花。
春は、出会いの季節だと言われています。
けれど同じくらい、
別れの季節でもあるのかもしれません。
これは、桜が散る頃に終わってしまった、
ある少女たちの、小さな日常の話です。
これは、どこにも存在しなかった春の記録です。
登場する人物、団体、出来事はすべてフィクションです。
さくらが散る日、冬紅が落ちた。
「おーか!元気してた?」
勢いよく背中に飛びつくとおーかは「重いって」と笑った。
「つばきぃ!手ぇ冷たいよ?大丈夫?」
この子は朝霧 桜華。コートの中では誰よりも自由に跳び回るのに、勉強の話になるとすぐ顔をしかめる。
同じバスケ部のキャプテン。
私のライバルで、最高の親友だ。
「おーかが温めてくれてもいいんだよ?笑」
私は冗談っぽく言ってみた。
「しょうがないなぁ」
おーかが両手で私の片手を包んだ。
「おーか手温かい…。」
じんわりと熱が移ってくる。
その瞬間、視界がぼやけて揺れた。
「大丈夫?」
おーかの声が、少しだけ遠い。
「ごめ〜ん、最近ちょっと貧血気味でさぁ。」
そう言って笑うと、胸の奥がわずかに軋んだ気がした。
「そっか、無理しないでね?つばき。」
おーかの声が優しかった。
「無理なんかしないよぉ!じゃあ。行こっか。おーか!」
そう言って、私は一歩踏み出した。
ほんの少しだけ、足元が頼りなかったけど、気づかれないように歩幅を合わせた。
「うん!行こっか。」
おーかの笑顔が、ぱっと咲いた。
その明るさが、少しだけ眩しくて、私は目を細めた。
目的地は目と鼻の先だった。
「着いた!」
コートには桜が舞い落ちていた。
私は素早く準備をし、バスケットボールを取り出しおーかに投げつけた。
「ちょっ!まだ準備してないってぇ!笑」
おーかは楽しそうに笑った。
「ごめんごめん。笑ヘイ!パス!」
おーかはいつも通りパスしてきた。
「あッ……いったぁぁ…」
ボールで指をついてしまった。
「ごめん!気にしないで!1on1しよ!」
おーかは少し心配そうだったが笑ってみせた。
「いいよ!指大丈夫なんだね!?」
私はボールを突き始めた。
「今日こそは勝つ!」
ドリブルしボールをネットに叩きつけようと高く跳ね上がった。
「うわッ!」
膝が崩れた。
「ごめん!なんか力が抜けちゃった!」
おーかが駆け寄ってきた。
「ほんとに大丈夫なの?」
「バスケすれば治る!」
だがその後すぐ息が上がってしまった。
「つばき。今日はやめよぉ?」
正直バスケができないのは残念だったけど。おーかに従うことにした。なんだかそうしたほうがいい気がした。
「つばき。大丈夫?今日変だよ?」
帰り道。おーかが顔を覗き込んできた。
「うぅん、最近疲れやすくなっちゃって。」
軽くおーかに寄りかかりながらあるく。
「つばき。バスケがしたいのは分かるけど。無理は禁物だよ?」
私はおーかと別れ、家の玄関に着くと私はそっと靴を脱いだ。
「ただいまぁ…まだ…お母さん居ないのか…」
自分の部屋に行こうと、階段を登ろうとすると足がほつれてしまった。小さなため息が溢れた。
私はリビングに向かって廊下を歩いた。
ソファに深く座り、手を膝に置き、深く息を吸う。外はまだ明るいのに、心臓の鼓動がどきどきと大きく響く。
少し休めばきっと大丈夫だと自分に言い聞かせて、横になった。
「んぁ……、」
1時間たったかな…体調の変化はない……
「直んないなぁ。」
溜め込んでいた不安が蓋をこじ開け押し寄せてくる。いや、きっと明日には治る。きっと……私は布団にくるまり再び眠りについた。
「…………」
目が覚めると朝日が昇っていた。布団がきれいに掛けられていた。お母さんが掛け直してくれたのだろう。だが体調には変化がなかった。
「どぉして…そんなわけッ………」
目線を上げるとお母さんがみていた。
「つばきちゃん、どうしたの?体調でも悪い?」
私は少しでも、心配をかけまいと笑顔になり言った。
「全然…?大丈夫だよ。」
お母さんは少し考え込んでいった。
「お母さんの長年の勘が言っている。つばきちゃん体調悪いね?病院行くぞ!」
うちのお母さんはこうなると止めようがない……諦めよう……
「はぁ〜い。」
きっと、ただの貧血だ。風邪だ。そう信じたい。
私は流れるように車に乗せられ、病院に連れて行かれた。
その後は早かった。1時間もかからなかっただろう。
お医者さんは少し優しい顔をして言った。
「少し様子を見るから、入院しようか。」
「へ?私、どうかしたんですか?」
「様子を見るだけですので安心してください。」
安心出来るはずがない。だがお医者さんには、逆らいたくない。お母さんは目をそらし、お医者さんは話をそらした。
「つばきさんのお部屋はこちらですね。」
「あ…はい!」
どこへ行っても薬の匂いしかしない。早く直して帰りたい。
「あーあ。」
なんだかため息が出た。
布団にくるまったが眠りにつくことはできなかった。
月が人を見下す時、痛みに目を覚ました。
「はッ。いだ……」
私はナースコールを連打した。
脈が、早まっているのを感じた。
ナースさんが来るまでがどんなものよりも長く感じた。
「どうしましたか?」
声が出てこない。私は胸のあたりを掴んだ。
「お医者さん呼んできます。」
私はよくない病気になってしまったっぽい。
悪い病気じゃない。本当はそうじゃない。冗談って否定したかった。あーあ。なんか。こんなあっさり終わるんだなって。なんだかおーかの笑い声が聞こえた気がした。まだまだおーかといろんなとこに行って、いろんな話したかったな。
私に奇跡が起きることはなかった。
「ねぇねぇ、つばき」
おーかは私に話しかけてきた。
「…………なーに?」
今までみたいに元気な声は出せないけど。
「バスケ…………する?」
少しでも元気づけようと冗談を言ってみた。
「あはは……つばきはいつまでたっても変わらないね。」
おーかが笑ってくれるだけで少し元気になれた気がした。その日の夜誰一人として病室に入れないと誓った。一人は辛い……けど周りの人が集まるのに耐えれなくなってしまった。
「ピッピッピッ」と機械の無機質な音が部屋に響いていた。私は時計から目をそらした。今になって何でお母さんが目をそらしたのかが分かったよ。
不在着信。
不在着信。
不在着信。
不在着信。
不在着信。
――着信。
「もしもし!椿!大丈夫だった?本当に心配したじゃん!」
帰ってきたのは椿の声ではなかった。
「おうかちゃん?」
咽び泣く声が聞こえた。
「うちの椿は………。……。…。」
私は電話を切ってしまった。認めたくなかった。そんなわけがないと否定したかった。
「つばき……?そんなッ!嘘って、嘘って言ってよッ!またいつもみたいに…冗談って…………言ってよ…………お願い…………」
手からスマホが抜け落ちた。
音が遠く聞こえた。
目の前が真っ暗になった。
全身の力が抜け崩れた。
私は………私は……。
抑えつけていた、はずだった。
涙があふれ出してきた。
さくらが散る日、人知れず椿が落ちた。
読んでくださり、ありがとうございました。
この春の記憶が、
あなたのどこかに残りますように。




