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一つの手紙

作者: 赤井猫
掲載日:2026/05/06

手紙が届くなんて、何年ぶりだろうか。

拝啓、風間晴斗くん

 口元に笑みを浮かべ、ただ一心に、読み始めた。

           ◆     

「晴斗くん!」

都内某所。桜が舞い散る春の土曜日、竹下(たけした)すみれは、桜の木の下に立っている風間晴斗かざまはるとを見つけ、声をかけた。

「ん?あぁ、竹下!」

振り向いた晴斗の目は、いつものように優しかった。一年前、すみれは晴斗に告白し、無事に付き合う事ができた。だからと言って、晴斗はすみれに歪んだ愛情を持つことは無かった。まさに、理想の彼氏だ。本日は、これから二人で水族館へと行く予定だ。

「ごめんね…待たせちゃったね……」

「ううん、俺もついさっき来たところだから。ほんの一、二分前くらい」

嘘をついていることは分かっている。なぜなら、晴斗が指で挟んでいる棒のついた飴が、かなり小さくなっていたからだ。晴斗は、歩いている時には、口に何かを咥えたりしない。

晴斗は、少なくとも五分は待っているのだろう。

「晴斗くん…ごめん…」

「何が?まぁいいや。竹下、行こう」

二人は並んで歩き始めた。

「竹下、知ってる?ソメイヨシノの花言葉って、『優れた美人』っていう意味あるんだって!」

「……ねぇ晴斗くん…いい加減私の事、『すみれ』って呼んでよ!」

「あ、そっかごめん…。行こっか、すみれ」

「うん!」

水族館の中は薄暗く、人も多い。すぐにはぐれてしまいそうだ。そうならないように、晴斗は、一時もすみれから目を離さなかった。だが、常に動く大人数のなか、たった一人をずっと見ている事は不可能だ。すみれは、いつの間にかどこかへ行ってしまった。

  「……晴斗くん…」

すみれは一人、館内のベンチで座っていた。晴斗とはぐれてからの少しの間は晴斗を探して歩いていたが、一向に見つからない不安で、動けなくなってしまった。

「どこ行ったの……?」

すみれは心細さで、涙を流した。だが、その時だった。俯いた背中に、何かが触れる感覚があった。ふと顔を上げると、そこには晴斗が立っていた。

「すみれ……大丈夫…?」

「っ…!晴斗くん……!!」すみれは、思わず晴斗に抱きついていた。

「ごめんね…俺が目を離したから…」

「違う…私が変に動いたから…」

「……じゃあ、俺は目を離さないから、すみれも…どっか行かないでね……ずっと、俺のそばにいて…」

「……うんっ…!」

 その後、二人は手をつなぎ、ゆっくりと、水族館を回った。

          ◆◆


 ある朝、晴斗は、すみれからの電話で目を覚ました。今日は、すみれとのデートの日だ。

「もしもし、晴斗くん?」

「ん……?どうしたの……すみれ―――」

そこまで話したところで、晴斗はある異変に気が付いた。

「すみれ…声…どうした?」

「いやぁ…ちょっと風邪ひいちゃって…だからすごい申し訳ないんだけど…今日のデート………」

「いいよ!そんな事!!」

「ごめんね…」

すみれはいつもより枯れた声で、ぽつりと言った。

「俺、お見舞い行こっか?」

「え……いいの?嬉しい…」

「なんか欲しいものとかある?」

「ううん…大丈夫」

 晴斗はすみれの家へ、歩いて向かった。家が近い事と、自転車を停めるスペースがないことから、徒歩を選んだのだ。

「すみれ、大丈夫?」

「え……もう来てくれたの?ありがとう……」

「そりゃ…彼女が風邪ひいたんだし…心配だったから…」

晴斗はすみれのいるベッドの近くにある椅子に腰を下ろした。ベッドに横になっているすみれは、冷却シートに額に貼り、布団がすみれの身体を肩まですっぽりと覆っている。顔は火照って、少し赤くなっている。その姿を見て、晴斗は不覚にも、胸を打たれてしまった。

「……晴斗くん?大丈夫?」

「!…うん、大丈夫だよ!」

晴斗は病人のすみれに心配をかけてしまった事を、静かに反省した。

「すみれ、何か飲む?色々買ってきたけど」

「……ジュース飲みたい…」

「…よかった、あんまりひどくはないみたいだね」

自分の彼女の症状が軽いとわかり、晴斗は思わず頬を緩ませた。

 晴斗は冷えたジュースをコップに注ぐと、それをすみれに手渡した。

「ありがとう…」

すみれはゆっくりと身体を起こした。コップの中身を、時間をかけて飲み干すと、すみれは晴斗に笑顔を見せた。

「すみれ、今は体調どう?」

「大分楽になったよ。晴斗くんが来てくれたからかなな…?」

「そう言ってくれると嬉しいよ……」

 その後少しの間、沈黙が流れたが、それはすぐに破られた。

「…晴斗くん」

すみれが顔を向け、声をかけた。

「ん?どうしたの?」

「大好き」

「え―――」

思わぬ愛の言葉に、晴斗の思考が止まった。

「ふふっ、晴斗くん、顔真っ赤だよ!」

「そ…そんな事ないし!すみれは大人しく寝てて!」

「晴斗くん…照れないでよ!私たち、付き合ってるんだから……」

すみれは、顔を手で隠している晴斗を見つめた。

「…分かってるけどさ……すみれみたいな人に『好き』って言われたら……」

「かわいいね、晴斗くんは」

「……熱出してるのにからかうなよ……」

晴斗は首の後ろに手を当てると、椅子から腰をあげた。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るね」

「うん、来てくれてありがとうね」

晴斗が右手を挙げ、部屋から出ていく。ドアが小さな音をたてた。だが、閉まったすぐ、再びドアが開き、晴斗が顔を出した。

「ど…どうしたの?晴斗くん…」

「さっきさ、俺の事かわいいって言ったじゃん?」

「……うん」

「すみれの方が百倍かわいいよ。大好き」

晴斗はそう言って、ゆっくりドアを閉めた。

帰り道、晴斗はすみれの家の方を振り返った。今でも、心臓の鼓動が大きく聞こえる。朝のひんやりとした風が心地よい。晴斗は、のんびりとした足取りで、家へと帰った。

 そんな晴斗に対し、すみれは顔から火が出たようだった。

(晴斗くん……急にそんな事言うなんてズルいよ…!もっと……好きになっちゃう……)

そんな事を考えていたすみれは、いつの間にか眠りについていた。


           ◆◆◆


 「晴斗くん、今日さ、晴斗くん家行っていい?」

「え?」

デートの帰り、すみれはふいに言った。

「俺の家……散らかってるけど…」

「いいの!晴斗くん家行きたい!」

結局根負けした晴斗は、すみれを家に招待した。

 晴斗の家は清潔そのものだった。一人暮らしという事もあり、ほとんど物がない。強いて言っても、小さなテーブルの上に置かれた一、二冊の本だけだ。

(これが散らかってるなら…私の家って……)

打ちひしがれるすみれを他所に、晴斗は緑茶を用意していた。

「すみれ。はい、座って」

「あ…ありがとう…」

「横、座っていい?」

うん、と答えられ、晴斗はすみれの隣に腰を下ろした。

「で?俺ん家来たはいいけど…何するの?」

「いや、晴斗くんと付き合ってから、家行ってないなぁって……」

「確かに…」

晴斗は、突然すみれの頭に手を置いた。

「ど…どうしたの?晴斗くん…?」

晴斗は、何も言わず、すみれに優しい目を向けた。

「すみれってさ、背低いよね」

「はぁ?!いきなり何?!キュンってした私の心返してよ!」

「ごめんって。でも本当の事じゃん……」

「晴斗くんとあんまり変わんないから!晴斗くん座高高いんだもん!」

「俺姿勢いいってよく言われるんだよね」

「む〜…反論出来ない…」

すみれが頬を膨らませる。恐らく無意識なのだろう。そんなところが、晴斗は好きだった。

「すみれってさ、なんでそんなにかわいいの?」

「えっ……なんでそんな急に…?」

晴斗の表情は、至って真面目だった。本心から聞いているのだと、すみれは分かった。だからこそ、すみれは普段より動揺した。

「だってさ、こんなにかわいい人あんまりいないよ」

「晴斗くん……さ…」

「ん?どうした?」

「晴斗くんの事…今より大好きって思わせないでよ…」

すみれは、寂しいような、嬉しいような目で、晴斗を見た。

「どうしたの……?すみれ…様子変だよ?」

そう言われたすみれは、少しの間、晴斗を見つめた。その視線に気が付いた晴斗は、すみれに声をかけた。

「すみれ、どうかした?」

「えっ…ううん…」

「何かあるなら、言って。俺は、すみれの彼氏だよ」

晴斗は、すみれの手を握り、まっすぐな瞳ですみれを見た。強い口調でも、声には、底に眠る優しさが垣間見えた。すみれは、観念したように話しだした。

「私ね…引っ越すの。北海道に」

「え……」

「……いつ?」

「……来週…」

晴斗は、何を言っていいのか分からなかった。今、すみれに何を言っても、自分の今の気持ちを伝える事が出来ないと分かったからだ。

「私のお母さんが病気でね…面倒見てって言われたの……」

「……そっか」

晴斗の表情は、いつも通り穏やかだった。

「…一つ、聞いていい?」

「……うん」

「俺に言ってくれなかったのは、どうして?」

すみれは、今にも泣き出してしまいそうだった。

「……ごめんね…」

「大丈夫。怒ってないよ。落ち着いて話して」

「……晴斗くんに言ったら、今までみたいに接してくれなくなるんじゃないかって…怖くて……」

すみれは俯いて言った。それに対し、晴斗は冷静に、澄んだ目で聴いていた。

「……遠い所にいるのに、好きって思い続けるって、変じゃない……?」

 すみれ、と、晴斗の声が聴こえたすみれは、晴斗の方を見た。

「変じゃない」

晴斗は、はっきりと言った。

「好きな人に、(好きって気持ち)を伝えるのは、変じゃないし、悪い事じゃない」

「……そう?」

「想う事は、罪じゃない」

「…だよね…」

「そうだよ」

「晴斗くん…ばいばい…」

 そう言って、すみれは晴斗の家を出た。

晴斗は、もう何も考えられなかった―――


          ◆◆◆◆


 先週――すみれに言われた「ばいばい」と言う一言が、心に張り付く。すみれの見送りでも、晴斗は何も言えなかった。

 ただアテもなく過ごしていた。だが、そんな日に、()()は来た。

 家に帰り、ポストを見ると、一つの紙が入っている。取り出してみると、それは便箋だった。桃色の封筒が、猫のシールで閉じられている。表には、予想だにしなかった文字が書かれていた。

『晴斗くんへ   竹下すみれ』

「……すみれ……!?」

家に急いで入り、手紙を開く。手紙が届くなんて、何年ぶりだろうか。口元に笑みを浮かべ、一心に読み始めた。

その内容は、このようなものだった。


『拝啓、風間晴斗くん

突然お手紙ごめんね。びっくりしたでしょ!先週に晴斗くんと会えなくなってから、私ずっと悲しいよ…でも、いつかまた会えるって信じてるから!晴斗くんが言ってくれた「想う事は罪じゃない」って言葉、ずっと覚えてるから!今も、大好きって気持ちが抑えきれないんだ!私も頑張るから、晴斗くんも頑張って!またいつか、一緒に遊ぼうね!!    竹下すみれ』

 晴斗の頬をつたった涙が、便箋を濡らした。またいつの日か、会える日が待ち遠しい。

 晴斗は、自分のテーブルに新しい便箋を置いた。もちろん、すみれに宛ててだ。

 ペンを持ち、便箋に字を書き始める。

『拝啓、竹下すみれ―――』

まずはここまで読んでいただき、ありがとうございます!二作目と言う事で、あまり変化はありませんが、楽しんで頂けたなら光栄です!

これからのために、『☆☆☆☆☆』や、応援、改善点のアドバイス等のコメントを頂けたら幸いです!

では、またどこかで!


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